表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星を超えて世界を変えた日~星が導くのは、希望か、それとも終焉か。~  作者: 廻野 久彩
第6章 名もなき祈りと、選ばれぬ意志

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

89/91

第二の記録、六つの死

星見の丘は、その名に恥じぬ美しさだった。


なだらかな丘陵が夕空に溶け込み、頂上に建つ古い祠が最後の陽光を受けて淡く輝いている。眼下には緑の平原が地平線まで続き、遠くに点在する町の灯火が、まるで地上に降りた星座のようだった。


「うわあ……綺麗」


夕暮れ時に到着した二人は、息を呑むような景色に足を止めた。


「こんな場所で祈りを捧げていたなんて……」


セシリアは古い祠を見つめた。

石造りの小さな建物は質素だが、長い歳月を経た威厳を湛えている。星神教会の豪華絢爛な聖堂とは対照的な、素朴で温かみのある佇まいだった。


扉に手をかける。


「きっと……ここに次の手がかりが」


セシリアは小さく息を整えた。


祠の扉は古く、きしみながらも開いた。中は薄暗かったが、ティナが持参した魔法の灯りで照らすと、壁一面に古い文字が刻まれているのが見えた。


「これは……祈りの言葉ですね」


セシリアは壁の文字を読み上げた。


「『星よ、我らの声を聞き給え。選ばれし者にも、選ばれざる者にも、等しく光を与え給え』……」


「選ばれざる者にも、か」


ティナが呟いた。確かに現在の星神教会では、「選ばれた者」と「そうでない者」を明確に区別する傾向がある。


祠の奥に、小さな石の台座があった。そこに、また一つの巻物が置かれている。封印の印章は、やはりセオドア=ルヴェールのものだった。


「またセオドアの記録……どうして、こんなに各地に残してあるのかしら」


「きっと、誰かに見つけてもらいたかったのでしょう。わたしのような人に」


セシリアは慎重に封印を解いた。巻物を広げると、最初は何も書かれていないように見えたが──セシリアの星神印が光ると同時に、淡い光の粒子が紙面に滲み、やがて古の文字が浮かび上がってきた。


「『器創出計画詳細記録』……」


セシリアの声が震える。


「『星歴1707年、七曜星交錯の夜。星神アストレアの神託により、七名の妊婦を選定』……」


一人一人の詳細な記録が続く。そして最後に──


「『第一候補者:商人の妻、既往歴なし』……『第二候補者:農家の娘、星神印の血筋』……」


セシリアの呼吸が浅くなっていく。心臓の鼓動が、耳の奥で大きく響く。


「『第七候補者:身元不明の女性、強い星神印反応』……『翌未明、第一から第六候補者は全て死産または重篤な異常。第七候補者のみ、星神印を有する健康な女児を出産』……」


声が途切れた。


「『産母は出産直後に死亡。女児の実母の身元は最後まで不明』……」


巻物が、セシリアの手から滑り落ちた。支えてくれるティナがいたが、体の震えは止まらない。


──お母様……名前も、顔も、声すら知らない。

──六人の命と引き換えに、わたしは生まれた……。


胸の奥で、言葉にならない痛みが膨らんでいく。その重みは、身体を内側から押し潰すようだった。星神印が、不安定に脈動し始めた。それは悲しみと罪悪感を映すかのように、鋭く、そして苦しげに光を放つ。


「セシリア、落ち着いて!」


ティナの声が遠くなる。光が強まり、視界が白く霞んでいく。


「他の六人が死んで、どうしてわたしだけが……」


──わたしは、作られた存在。


そんな言葉が心を侵し、さらに光を煽る。暴走すれば、この祠ごと全てを呑み込むかもしれない。


「そんなこと言わないで!」


肩を掴まれ、現実へと引き戻される。ティナの瞳はまっすぐで、揺らぎがなかった。


「あなたが生まれてきたのは偶然じゃない! きっと意味があるのよ!」


「でも……でも、わたしは……」


「あなたの命が偽物だって言うの? あなたの気持ちが嘘だって言うの?」


ティナの声は、怒りにも似た熱を帯びていた。けれどその熱は、セシリアの胸に染み込むように温かかった。


「あなたは優しくて、強くて、誰よりも他人を思いやれる人よ。それが偽物だって言うなら、この世に本物なんてないわよ!」


「ティナ……」


「それに、あなたのお母様のことを考えてみて。きっと、命をかけてあなたを産んでくださったのよ。その気持ちを無駄にしていいの?」


その言葉が、鋭く胸を打った。知らないはずの母の姿が、ぼんやりと心に浮かぶ。


──わたしを抱いてくれたかもしれない腕の温もり。

──名前を呼んでくれたかもしれない声。


「……お母様……」


星神印の光が、少しずつ穏やかになっていく。暴れる波が鎮まり、心の奥に静けさが戻ってくる。


「そうよ。あなたのお母様は、あなたに生きてほしかったから命をかけたの。それを『意味がない』なんて言っちゃダメ」


「……わたしは……生きていていいの?」


「当たり前よ!あなたは生きてるだけで、みんなを幸せにしてる。クラリス殿下だって、アルヴィス殿下だって、きっとレオンって人だって……あなたがいるから救われてるのよ」


ティナの言葉に、胸の奥がじんわりと温まった。それは初めて感じる、自分の存在を肯定する熱だった。


「なにより……」ティナは微笑んだ。


「あなたに出会えて本当によかったと思ってる。あなたじゃなければ、こんなに大切な友達を作れなかった」


「……ティナ……」


「だから、もう自分を責めるのはやめて。あなたはあなたのままでいいの。作られた存在だろうが何だろうが、セシリアはセシリアよ」


セシリアは長く泣いた。それは悲しみの涙でもあったが、同時に、凍りついていた心を溶かす安堵の涙でもあった。


やがて涙が止まると、セシリアはもう一度巻物を手に取った。今度は震えも迷いもなく、最後の一文字まで読み進めていった。


「セオドアさんの後記……『この記録を読む者へ。あなたが何者であろうと、どのような経緯で生まれようと、あなたは確かに存在している。その事実こそが、何よりも尊い真実である』……」


読み上げる声が、少しずつ安定していく。つい先ほどまで震えていた心が、この言葉に優しく包み込まれていくようだった。


「『星神は言った。選ばれし者も、選ばれざる者も、等しく愛される存在であると。神託巫女オラクルとは、その真理を人々に伝える者のことである』……」


「オラクル……前にも出てきた言葉ね」


「『聖女制度は政治的必要性から生まれたものだが、オラクルは信仰の根源から生まれる。星神と人とを繋ぐ、真の媒介者として』……」


セシリアは巻物をそっと置き、祠の外を見た。


夜の帳はすっかり降り、満天の星が瞬いている。あの光のひとつひとつに、選ばれざる者たちの声が宿っているのかもしれない。


「わたしは……オラクルになれるでしょうか」


「なれるもなにも、もうなってるんじゃない?」


ティナの言葉はあまりにあっさりしていて、セシリアは思わず笑みを漏らした。


「あなた、さっきの戦いでも今の件でも、確実に変わってる。もう昔の『器』じゃない」


「そうでしょうか……」


「そうよ。今のあなたは、自分の意志で祈り、自分の意志で戦い、自分の意志で真実を求めてる。それって、誰かの『器』じゃなくて、立派な一人の人間よ」


胸元の星神印に手を当てる。そこから伝わる光は、穏やかで温かく、これまでにない安らぎを帯びていた。まるで、星神がそっと頷いてくれているようだった。


「星神様」


セシリアは夜空を見上げ、静かに誓いを紡ぐ。


「わたしは、わたし自身として生きることをお許しください。そして……もしできるのなら、選ばれざる者たちの声を、星に届ける役目を、わたしにお与えください」


星神印が優しく脈動した。それは否定ではなく、確かな承認の合図だった。


「決まりね」ティナが軽く手を叩いた。「オラクル・セシリアの誕生よ」


「まだ早いです」セシリアは小さく笑った。「でも……道筋は見えました」


「で、次はどこに向かう?」


「神域アウレリウムです。セオドアさんの記録によれば、星神信仰の最古の記録がそこにあります。きっとオラクルについても……」


「神域かあ。遠いけど、行く価値はありそうね」


「はい。でも、その前に……」


セシリアは振り返る。


「レオン様を探したいのです。あの共鳴……きっと彼も、同じように感じているはず」


「その人、そんなに大切なの?」


少し頬を染めて頷く。


「わたしを『セシリア』として最初に呼んでくださった方です。『星神の器』ではなく、一人の人として……」


「なるほどね。それは確かに大切だわ」


ティナはにやりと笑った。


「じゃあ神域に向かう途中で、その人の手がかりも探しましょう。一石二鳥よ」


「ありがとうございます、ティナ。本当に……あなたがいなかったら、わたしは──」


「もう、そんなこと言わない。友達でしょ? 困った時はお互い様」


二人は祠を出て、星空の下に腰を下ろし、焚き火を囲んだ。火の温もりと星の光が交じり合い、静かな夜が二人を包み込む。


「明日から、また新しい旅が始まるのね」


「はい。でも、もう怖くありません」


セシリアは夜空を仰ぎ、胸の奥から言葉を放った。


「わたしは、わたし自身の意志で歩きます。選ばれざる者たちのために。そして……いつか、レオン様にお会いするために」


星神印が柔らかな光で応えた。それは祝福のようだった。


夜が更けても、二人は星に見守られながら眠りについた。明日からの道は険しくとも、もう一人ではない。そしてセシリアは、自分自身を受け入れた。


器ではなく、一人の人間として。 選ばれざる者の祈りを星に届ける、オラクルとして。


風が草原を渡り、星々が静かに瞬く。


新しい夜明けは、すぐそこまで来ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ