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星を超えて世界を変えた日~星が導くのは、希望か、それとも終焉か。~  作者: 廻野 久彩
第6章 名もなき祈りと、選ばれぬ意志

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開かれた封印記録

旅を始めて三日。


街道に舞い散る花弁が、風と共にひらひらと踊っていた。

セシリアとティナは王都から南西へ向かう道を歩み、忘れ去られた教会遺構をひとつずつ巡っている。


小さな村の片隅で眠る石造りの礼拝堂。山の中腹にひっそりと佇む古い修道院の跡。そこに残るのは、今の星神教会とは異なる──より素朴で、より人に近い信仰の痕跡だった。


木陰で昼餉をとりながら、ティナが素朴なパンをかじる。


「ねえ、セシリア」


「はい?」


「昔の教会って、今とずいぶん違うのね。もっと……自由って感じ」


セシリアは頷いた。


昨日訪れた小さな礼拝堂の壁画──そこに描かれた星神は、現在の厳格な聖像とはまるで違っていた。穏やかで、親しみやすく、まるで隣人のように微笑んでいた。


「星神教会も、昔はもっと人々に寄り添っていたのかもしれません」


「それがどうして、今みたいに堅苦しくなっちゃったの?」


セシリアは少し考え込む。


「……きっと、組織が大きくなるうちに、形式や規律を重んじるようになったのでしょう。それ自体は悪いことではありませんが……」


言葉が宙に漂う。


「大切なものを、見失ってしまったのかもしれません」


「大切なもの?」


「人への愛です。星神の教えの根本は、きっとそれだったはず」


ティナはパンを噛みしめ、感心したように言った。


「セシリアって、本当に優しいのね。自分を苦しめた組織のことでも、そうやって理解しようとするなんて」


「そんな……」


「もっと怒ってもいいところだよ」


率直な言葉に、セシリアは苦笑をこぼす。

確かに怒りを覚えたことは何度もあった。けれど、それよりも「理解したい」という気持ちの方が、いつも少しだけ勝っていた。


「次はどこへ?」


「地図を見ると……」


ティナは懐から丁寧に折りたたまれた地図を広げた。シエルが用意してくれたその地図には、古い教会施設の位置までも細かく記されている。


「ここから半日ほど東に、『聖テレジア修道院跡』。規模も大きそうだし、何か手掛かりがあるかも」


「聖テレジア……」


セシリアは記憶を辿る。


「確か、星神印を持った修道女が建てた修道院だったはずです」


「星神印持ち。じゃあ、セシリアと何か関わりがあるかもしれないわね」


昼餉を終えると、ふたりは再び歩みを進めた。


街道から外れた山道は、予想以上に険しかった。ティナは慣れた足取りで先頭を行き、時折振り返ってはセシリアの様子を確かめる。


「大丈夫? 少し休む?」


「いえ、まだ平気です」


息を切らしながらも、セシリアは懸命についていく。教会での生活に、こうした山歩きはほとんどなかった。


「無理しないでよ。急ぐ旅じゃないんだから」


「ありがとうございます。でも、ティナはとても慣れていらっしゃるのですね」


「《紅牙》の訓練で、山岳行軍なんて日常茶飯事だったからね。あ、でも安心して。今日中には着くから」


ティナの言葉どおり、夕刻前に目的地へとたどり着いた。


──聖テレジア修道院跡。想像以上に大きな遺構だった。石造りの建物群が山の斜面に沿って並び、中央には立派な聖堂の廃墟がそびえ立っている。長い年月で一部は崩れ落ちていたが、往時の荘厳さを偲ばせる威容を保っていた。


「うわあ……すごいわね」


「本当に。こんなに大きな修道院があったなんて」


慎重に遺構の中へ足を踏み入れる。夕日が石壁を朱に染め、廃墟全体に神秘的な空気が満ちていく。


そのとき、セシリアの星神印が、かすかに光った。


「あ……」


「どうしたの?」


「星神印が……何かに反応しているようです」


胸元に手を当てる。光は弱々しいが、確かに何かの存在を感じ取っている。


「何かあるのかもしれないわね。探してみましょう」


祭壇の背後に、小さな扉があった。


「……書庫でしょうか」


扉は朽ちかけていたが、力を加えれば開けられた。中は薄暗く、石造りの棚に古びた書物や巻物がぎっしりと並んでいる。多くは湿気で傷んでいたが、一部はまだ文字を読み取れそうだった。


「すごい量の本……でも、ほとんど判別できないわね」


ティナが古語で書かれた文書を手に取り、眉をひそめる。


「わたしが見てみますね」


セシリアは聖女教育の一環で古語を学んでいた。一つずつ文書を確認していく中で──ある巻物に目が止まる。


「これは……」


それは他の文書とは明らかに異なっていた。紙質は新しく、文字も比較的鮮明。そして、封印に使われている印章に、見覚えのある名が刻まれていた。


「……セオドア=ルヴェール」


「セオドア=ルヴェール? どこかで……あ! 教会の人で、失踪したって噂の人……?」


「はい。間違いありません」


セシリアは慎重に封印を解く。巻物を広げた瞬間──何も書かれていないはずの紙面に、星神印の光とともに淡い文字が浮かび上がった。


「星神印による封印術でしょうか……セオドアさんは、星神印を持つ者だけに読ませるつもりだったのですね」


「で、なんて書いてあるの?」


ティナが身を乗り出す。


セシリアは視線を紙面に落とし、ゆっくりと読み進める。しかし、その顔色は読み進めるごとに蒼白へと変わっていった。


「……星歴1707年、『器創出計画』に関する記録……」


「器創出計画?」


「『神託に応じ、七名の妊婦を選定』……『実験的育成環境の構築』……『星神印発現の人為的誘導』……」


セシリアの声が震え始める。


「『七名中六名は死産または異常』……『生存一名のみ』……『当該女児に識別名セシリア=ルクシアを付与』……」


指先から巻物が滑り落ちた。


「セシリア!」


ティナが慌てて支える。

セシリアの顔は血の気を失い、体は小刻みに震えていた。


「……うそ……そんな……」


「セシリア、落ち着いて」


「わたしは……作られた存在……? 自然に生まれたのではなく……計画で……」


星神印が不安定に明滅を繰り返す。それは、先ほどまでの穏やかな輝きとはまるで違う──混乱と動揺がそのまま光となってあふれ出しているようだった。


「そんなのおかしいよ!」


ティナの声は、迷いなく響いた。


「計画だろうが何だろうが、セシリアはセシリアでしょ! 作られたからって、あなたの気持ちが偽物になるわけ? あなたの優しさが嘘になるわけ?」


「でも……でも、わたしは……」


「何も変わらないわよ!」


ティナはまっすぐに言い切った。


「あなたはあなた。みんなに愛されてる人。それ以外の何者でもない!」


その言葉に、セシリアの震えが少しずつ収まっていく。


「……本当に?」


「当たり前よ。生まれ方なんて関係ない。大事なのは、今のあなたがどう生きているかってこと」


セシリアは涙を拭い、小さく頷いた。胸元の星神印の明滅も、徐々に穏やかな光へと変わっていく。


「……ありがとう、ティナ。あなたがいなかったら、わたしは……」


「そんなの言わないで。友達でしょ?」


ティナが微笑むと、空気が少しだけ柔らかくなった。


「でも、この記録は重要ね。もっと詳しく調べる必要があるわ」


セシリアは巻物を再び手に取り、今度は震えることなく読み進める。


「……後記があります。『この記録は、選ばれざる者たちのために残す。真実を知り、自らの意志で歩むための道標として』」


「選ばれざる者たち?」


「わたしのような存在……かもしれません。それとも……」


視線を最後の一行へ。


「『神託巫女オラクルの復活を願う。星神と人を繋ぐ、真の祈りの担い手として』……オラクル?」


「初めて聞く言葉ね」


「わたしも。でも……きっと重要な手がかりです」


巻物を丁寧に巻き直し、セシリアは深く息をついた。


「この記録を持ち帰って調べましょう。他にも、セオドアさんが残したものがあるはずです」


「そうね。でも今日はもう遅い。野営の準備をしましょう」


外はすでに日が落ち、山間部の空気は冷え始めていた。


「修道院の中なら、屋根もあるし風も防げるわ。大丈夫」


二人は聖堂の一角に寝床を設け、小さな焚き火を起こした。炎が石壁に影を揺らめかせ、冷えた空気の中に不思議な安心感を広げていく。


「ねえ、セシリア」


「はい?」


「怖くないの? 真実を知るのって」


火を見つめながら、セシリアは静かに答えた。


「……怖いです。でも、知らないままでいる方が……もっと怖い、と思いました」


「なるほどね」


「それに」──微笑みを浮かべる。「ティナがいてくれるから、大丈夫です」


「まったく、褒めても何も出ないわよ」


ティナは照れくさそうに笑ったが、その眼差しは優しかった。


夜が更けても、焚き火は静かに燃え続けた。


セシリアの星神印も、今は穏やかに光っている。


明日はまた、新たな発見があるかもしれない──そして、その道をもう一人で歩く必要はなかった。


「明日は、どこへ向かう?」


「この記録に書かれた場所を、順に回ってみましょう。きっと、もっと詳しいことがわかります」


「そうね。真実を……必ず見つけましょう」


石壁に映る二人の影は、まるで寄り添う姉妹のようだった。


焚き火の炎が小さく弾け、静かな夜気に溶けていく。


外の風は遠く木々を揺らし、修道院の古い壁がその音を受け止めていた。二人の胸には、それぞれの真実がまだ形を持たぬまま、確かに息づいている。


明日もまた歩き出す。


その道がどれほど険しくとも──並ぶ影は、それぞれの形を保ったまま進む。

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