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星を超えて世界を変えた日~星が導くのは、希望か、それとも終焉か。~  作者: 廻野 久彩
第5章 星を蝕む座標

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幕間:観測者たち2──名を与える者

アルセール大世界中央大陸、東方の帝都サンクレティア。


魔術ギルド本局、最上層の議論室──。


銀灰の髪を高く結い上げ、冷たい紫の瞳で報告端末を睨む女が一人。漆黒の魔導衣の左肩には、封印術と危険術式を統括する技官長の徽章。


その名は、エリセナ=ヴァルアメル。


「……《YA-04》、凍域座標にて再び揺らぎ」


端末に浮かぶ観測結果に、彼女は眉ひとつ動かさず小さく呟いた。


「観測座標の固定ではない。“自律的干渉”……。名を与えたことが、因果の発端となったのだな」


静かに椅子へと身を沈め、記憶の底へと意識を沈めていく。



ある夜、ユリアナは夢を見ていた。


冷たい観測灯の下、一人閉じ込められた小さな影。その瞳に宿る“祈りのような涙”は、奇妙な既視感を伴って胸を刺した。


目を覚ました瞬間、胸に焼き付いたのはただの夢ではなかった。彼女の星神印──アグニアの刻印が、淡く輝いていたのだ。


それは、“啓示”だった。未来の記録に選ばれた、ひとつの運命への通告。


それが、ユイとの出会いの始まりである。


ユリアナ=アルヴァと名乗るその若き女性は、帝都において特例的な立場にあった。術式研究の一部において、特例的な立ち入りと技術協力を“許されていた”のだ。その背景には、本人の素性と“ある家系”の権威が密かに作用していた。


しかし、ある日偶然に知ってしまった。封印指定区域。表向きの研究区画のさらに奥──“存在しないはずの施設”に、名を持たない子供たちが幽閉されている事実を。


その中にいたのが、コードネーム《YA-04》。言葉も名前も持たぬドレイン、人工生命体の少女。だが、その淡桃の瞳には確かに感情が宿っていた。


「ドレインに心などない。ただの器だ」


冷たい声でそう告げたのは、同じく中枢に属する血族のひとりだった。だがユリアナの星神印は、そうではないと告げていた。あの子は、“選択された”存在なのだと。


彼女は決意する。自らの星神印に託された“選択”を、現実へと変えることを。


協力者はいた。星神印を介した契約によって現界可能な召喚獣、シェルム。そして──少女の中にだけ眠る、“未だ名を持たぬ座標”。


誰にも知られぬまま、計画は静かに進行していく。


そして、その日──。


禁域の観測室、記録管の前に膝をつき、ユリアナはそっと語りかけた。


「名がないのなら、今から持てばいいわ。そうね……あなたは“ユイ”よ。素敵な名前でしょう?これで、あなたも“誰か”になれる」


少女の手が震える。淡く瞳が揺れ、微かに何かを理解しようとしていた。


背後では警報が鳴っていた。

それでも、ユリアナは祈っていた。


──どうか、自由であれ。

──どうか、その名が、“あなた”のために在りますように。


「わたくしは、ユリアナ=アルヴァ。……いつか、また会いましょう」


その瞬間、彼女の左手首に刻まれた星神印が、ほのかに光を放つ。


──そして、少女の左手にも、同じ印が。


それは、命令でも祝福でもない。ただ静かに、“因果”が交差した証だった。


少女の頬を伝った雫は、涙ではなかった。それは、祈りのように静かな記録だった。



エリセナはひとつ息をつき、議論室を出る。向かうのは、本来閉鎖された旧観測室。


(あの失敗から、もう五年が経つ)


廊下を歩きながら、彼女は左手首の古い傷跡を無意識に撫でた。実験体の制御を失った日の記憶。完璧なはずの計画が、たった一人の介入者によって破綻した屈辱。


施錠を解除し、薄暗い室内へと入ると、空の保存管が迎えた。そこに残るのは、かつての記録の断片。


「《YA-04》……今度こそ、完全な制御下に置く」


保存管の前で、エリセナは静かに誓った。あの日の屈辱を雪ぐために。そして、真の"器"を完成させるために。


彼女は低く呟いた。


「名を与えたなら──」


その声は怒りではなく、ただの観測者の記録だった。


「……“干渉”の責は、名を与えたものが引き受けるべきだな」


灯がひとつ、静かに落ちる。


誰もいない観測室に、静かな余韻だけが残っていた。

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