沈黙の記憶たち3:カイル=ヴァンハルト
夜の野営地で、焚き火が揺らぐ音の中、カイルは黙って剣の手入れをしていた。
「……ねぇ、カイル」
ライナが、薪をくべながら不意に声をかけた。
「前に言ってたよね。訓練所にいたのに、騎士団には入らなかったって」
カイルは一瞬だけ動きを止めたが、やがて静かにうなずく。
「そうだな。……家の意向に、背いた」
ライナが首を傾げる。
「家の意向?」
「俺の家は、“ヴァンハルト”家。王国ではそれなりに名の知れた軍閥の家系だ」
火を見つめながら、カイルは淡々と語り出す。
「戦争があれば前線に立つ……そう思われがちだが、実際は違う。うちの家系は、常に“作戦を練る側”だった。参謀、戦術家──いわば、知略を継ぐ家だ」
「へえ……なんか、カイルっぽいような、違うような……」
ライナが呟くのに、ミリアが笑った。
「確かに、“考える人”って感じはするわね。でも、カイルの剣って、すごく……まっすぐよね」
「……それが問題だったんだ」
静かな声で、カイルは言った。
「俺は、小さい頃から剣が好きだった。朝も夜も、ひたすら鍛錬してた。兄弟たちよりも、ずっと、夢中で」
「……でも、お父様は、それをよく思わなかった?」
「“剣は下賤のものだ”とまで言われたよ。『剣を振るう時間があるなら、地図を読み、戦況を想像しろ』ってな」
カイルはわずかに肩をすくめた。
「騎士団の訓練所に入った時も、父は最初から“通過点”としか考えていなかった。“卒業したら帰ってこい。お前には家を継がせてもいい”って──当然のように言われた」
「……でも、帰らなかったのね」
ミリアの問いに、カイルは、しばし答えなかった。
火の中で弾けた火花が、宙を舞った。
「俺は、作戦を考えるために剣を学んだんじゃない。剣そのものが、好きだった。ただ、それだけだったんだ」
静かだが、揺るぎない声だった。
「それじゃいけないのかって、何度も思った。でも、誰も答えてくれなかった。だから俺は、答えを探すために家を出た。自分で、生きていける道を選びたかったんだ」
少し間を置いて、カイルは続けた。
「父は……激怒した。兄弟たちにも、馬鹿なことをするなって言われた。結局、正式に騎士団を断ったその瞬間、俺は勘当されたよ。──けど、俺は“追い出された”わけじゃない」
その瞳は、迷いなく炎を見つめていた。
「俺がヴァンハルトの名を今でも名乗ってるのは、家に未練があるからじゃない。自分で選んで外に出た、という誇りのためだ。──名前まで捨てたら、それすら嘘になるからな」
しん、と夜が静まった。
「……そうだったんだね」
ライナがぽつりと呟いた。
「なんか……不思議と、わかる気がするよ。“好き”っていう気持ち、誰かに否定されたら、つらいもんね」
「……ああ」
カイルはそれだけ言って、再び剣に視線を戻した。けれどその横顔には、どこか、柔らかな色が差していた。




