名もなき少女4:解かれる縛め
封印が解かれた森は、まるで何事もなかったかのように静かだった。だが、そこに立つ誰もが、その“静けさ”の意味を知っていた。
「……やっぱり、あれは試されていたんだね」
ライナが低く言う。
レオンは頷き、前方の空間に残された術式痕を見つめた。
「結界の式、これは……警戒よりも、“対話”に近い構成ですね」
ミリアがそっと触れた封印陣の残滓が、淡く光って消える。
風が舞った。
次の瞬間、空の上から羽音が降る。
──灰羽の隼が舞い降りた。
「……来たな」
レオンは剣を下ろす。
その姿に敵意はない。むしろ、どこか“言葉”を携えているようだった。
「主の命ではなく、私の意志で来た」
シェルムが静かに言った。
「私の名は、シェルム。君たちは、“彼女”に干渉しつつある。だからこそ──私は観測に徹することとした」
「その“彼女”は、どこにいる?」
「すぐ近くに。……だが、主はまだ、決めかねている」
風が揺れ、木々の隙間にひとつの影が現れる。竜胆色の髪。淡桃の眼。無表情の少女が、静かに立っていた。
「わたしは──誰とも組まない」
その声は冷たく、平坦だった。だが、どこか震えているようにも感じられた。
(……誰にも信じられず、誰にも選ばれず、そうして孤独を選んだ姿は、かつての──俺自身に、よく似ている)
(だから、俺は手を伸ばす。あのとき、誰かにしてほしかったように)
「それは、なぜだ?」
レオンが一歩、踏み出す。
「……誰も、信じてくれなかったから。誰も、わたしを見ていなかった。ただ“使い方”だけを、決めた」
その言葉の裏にあるものを、レオンは直感で察した。
「……過去に、何があった?」
少女は、何も言わない。
だが、風がまた揺れ、彼女の視界に、かつての記憶がよぎる。
──焼け焦げた召喚陣。
──怒号と、倒れる霊獣の影。
──「君は、失敗作だ」と冷たく突きつけた声。
あの場所。あの組織。
わたしを“術者”として育てたくせに、何も守ってはくれなかった。
「だから、わたしは逃げた。……“もう壊れる”って、自分で分かったから」
誰かを傷つける前に。誰かに殺される前に。
レオンは、その目をまっすぐに見据えて言った。
「……君が、何を恐れているのかは知らない。だが──」
「それでも、俺は君の隣に立とうとする。君が立ち止まっても、待つつもりだ」
風が止んだ。
誰も、言葉を挟まなかった。
ただ、ライナがふっと微笑み、カイルが少しだけ視線を逸らし、ミリアが静かに少女を見つめていた。
少女は、しばらく立ち尽くしたまま、何も言わなかった。
だが次の瞬間、彼女は踵を返し──レオンたちの歩く方向へ、無言で歩き出した。
ミリアは、そっと少女の背中を見つめた。
(この子には、まだ選べる未来がある。自分の足で立つ力がある。それが見えたから……わたしは)
静かに、歩を重ねた。
誰も声をかけなかった。ただ、その背中を、仲間たちが自然に受け入れていった。
カイルは手元の術式端末にちらりと目をやる。
「魔力座標が……異常個体よりも不安定、かつ……興味深いな。“存在の揺らぎ”に近い波形……これ、どう記録すべきか……」
独り言のように、淡々と呟いた。それが、“縛め”のほどける音だった。




