名もなき少女3:閉ざされた導
少女は、遠くの木陰に立っていた。見下ろすその瞳は、いつもと変わらぬはずの淡桃の光を湛えているのに、なぜか微かに揺れている。
「やっぱり、みんな、来たのね」
彼女の横で、シェルムが静かに羽を鳴らす。
「フラムは、あくまで警戒のための召喚。けれど……主の心は、揺れている」
「……そんなことない」
(違う……でも、どうして?)
(わたしは、ただ……誰かに、“名を与えたかった”のかもしれない)
(誰にも与えられなかったから。だから、今度は──わたしが)
「主は、気づいている。“あの者”は、過去の誰かに似ていると」
少女の指先が微かに震える。
「なぜ、わたしを追うの……?なぜ、“あんな目”で見るの……」
誰にも届かぬ問いを、風だけがさらっていった。
★
「気をつけろ。今、空間が……揺れた」
レオンの声に、全員が足を止める。
周囲の森が、どこか違って見えた。空気の密度が変わったように、音が籠もり、風が途絶えている。
「結界、ですね」
ミリアが即座に呟いた。
「外界との繋がりを断つ封印系……多重偏差の展開式。簡易なものではありません」
「つまり、本気で隠れるつもりってことか」
カイルが唸る。
木々の間に、微かに浮かぶ淡い文様。封印術式の一端が露出していた。
「この封印、誰が……?」
ミリアが無意識に問うた瞬間、遠くから風が鳴った。それはただの風ではない。明確な“警告”としての風。鋭く、冷たく、意志を持って吹き抜けた。
あの隼。少女が連れていた召喚獣の姿が、無意識に脳裏をよぎった。
「来るぞ」
咄嗟に身構えたその前方、空間が捻れるように歪んだ。次の瞬間、裂け目から溢れるように現れたのは──
咆哮と共に、紅蓮が森を焼いた。獅子の姿をした獣。燐光を帯びた鬣が翻り、焔の印が空間に刻まれる。
「この魔力……あの紫の髪の少女と、同じ系統……」
「……!?さっきの隼とは、別の召喚獣……?」
★
少女は、そっと手を伸ばした。
その先に立つ獣へ向けて、ためらいがちに言葉を紡ぐ。
「……じゃあ、君の名は“フラム”。応えて。わたしの声に──」
獣は、その問いに応えるかのように、ただ咆哮と共に躍りかかった。
★
地を砕くほどの加速、熱波と斬撃の交錯。
レオンは即座に剣を構え、ライナとカイルが連携して側面を取る。
「ライナ、前に!カイル、右へ──」
「わかった!」
「任せろ!」
刹那の連携。風を裂く音、炎を切り裂く爪撃。だが──その獅子の姿をした召喚獣、フラムは、ただの“敵”ではなかった。
「様子がおかしい……攻撃が、まるで俺たちを試しているみたいだ」
レオンが低く呟く。
「……君が、何を恐れているのかは知らない。だが──お前が一人で閉じこもるなら、俺は、俺たちは、扉を叩き続けるだけだ!」
──バァン!
封印結界が、音を立てて砕けた。光の破片が舞い、視界が一気に開けていく。
あの淡桃の眼が、確かにそれを見ていた。
ミリアは眉をひそめた。
「この魔力波……構造が……まさか、これ……星神印の……?」
言いかけて、口をつぐむ。
けれど、その揺らぎは確かに、何かを“思い出させる”ものだった。




