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星を超えて世界を変えた日~星が導くのは、希望か、それとも終焉か。~  作者: 廻野 久彩
第5章 星を蝕む座標

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名もなき少女2:竜胆の髪、淡桃の眼

風は止まっていた。


森の奥、常に揺れていたはずの梢が、まるで時間を忘れたように静止している。耳を澄ませば、わずかに葉擦れと、鳥の囁きが聞こえる。だがそれらすら、どこか人工的に切り取られた“音の残像”のようだった。


「……途中で、消えてるな」


カイルが地面に手を添えながら呟いた。獣道に残された足跡は、そこから数歩先で唐突に途切れている。


「いや、消された、か……?」


「魔術の痕跡はない。でも、空気が歪んでるわ」


ミリアが、低く言った。杖の先を軽く地につけながら、周囲の空間を睨むように見渡している。


レオンはその視線を追い、足元の小石に指先を当てた。


微かに、反応する。


魔力。それも、精緻な式による“封印系”。召喚術とは異なる、「静かな、けれど深く根を張った印象」。


(……この気配)


この地で“異常個体”が活動していたのは確かだ。だが、今感じている魔力は、それとはまるで異なる波長だった。まるで、もっと「人の手に近い、意思を持った術」のような――


「何かが来るよ!」


ライナが声を落とした。


同時に、木立の向こう。淡い光が、銀の水面のように揺らいだ。


そして、その中から、一人の少女が現れた。



髪は、光に揺れる薄い紫、竜胆色だった。


長く伸びたストレートの髪が、風もないのにわずかに靡いている。瞳は淡い桃色。だが、その奥には焦点の合わない深さがあった。


年の頃は十代半ば──だが、その雰囲気はあまりに静かすぎた。


「あの髪の色……あれ、生まれつき?」


ライナがぽつりと呟く。


「いや、あの眼も。あれは──」


カイルの目が細くなる。


「どの種族でも、あの組み合わせはまずない。何らかの“加工”を経た可能性がある」


その後ろ。


空気がひとつ震え、灰色の羽を持つ隼型の獣が現れる。異形の獣──その鋭い双眸は、影を裂くように隊を見据えていた。


「……それ以上、進まないで」


少女が口を開いた。


その声音は、冷たいというよりも、ただ平坦だった。怒りも怯えもない。ただ、警告だけを口にするための声。


「あなたたちには、関係のない場所」


レオンは、一歩前に出た。


「……君は、このあたりに住んでいるのか?」


「違う。あなたたちは、通ってはいけない」


短い言葉の応酬。


だが、それ以上の情報は得られそうにない。レオンが答えに詰まりかけたとき、少女の後ろにいた隼が静かに言った。


「私たちは、誰にも属さない」


低く、けれど澄んだ声。


それが、人語を解する召喚獣シェルムの声だった。


「この地には、主の意思がある。私たち召喚獣は、それに従ってここにいる。君たちが干渉すれば──災いに触れることになる。それでも問うのか?」


レオンは、わずかに目を細める。その問いに、怖れはなかった。


「それを決めるのは、俺たち自身だ」


わずかに沈黙。


だが、その少女は、それ以上言葉を返さなかった。


ただ一歩、二歩と後退し、森の奥へと視線を向ける。その瞳には、隊の誰一人を“視ていない”ような空虚さがあった。


やがて。


「さようなら」


その一言だけを残し、少女は踵を返した。



「……行っちゃった、ね」


ライナがぽつりと呟く。


「何者なの、あれ……?」


「魔術の質が、違ったわ。……召喚獣と言ってたけど、召喚術とも、また違う感じがした」


ミリアが呟き、そっと杖を引いた。


「式が多重層で構成されてる。基盤に“封印系”、上部に転送の補助陣……ただの使い魔じゃないわね」


カイルも腕を組んで、地面に目を落とす。


「まるで“異常個体”が避けてるような気配だった。……人を避けるんじゃなくて、“あの子たち”を避けているみたいだった。それに、あの髪と眼の色……」


レオンは無言のまま、その残留魔力が染み込んだ地面に触れた。


(あれは……自分を孤立させている。誰かに見つけられることすら、望んでいない目だった)


だから、名前も、立場も、語らなかった。


その背中に、かつての誰かの姿を重ねていた。星の加護を受けながら、孤独の中にいた“あの少女”を。



……セシリア。



だが、口には出さない。


レオンはゆっくりと立ち上がり、仲間の方を見やった。


「追うぞ。まだ、終わってない」


その一言に、全員が頷いた。


風は再び吹きはじめていた。


あの淡桃の眼が、どこかで再びこちらを見るならば──そのときこそ。


すべてを、訊くことになる。

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