〜 日本の夏 ③ 〜
〜 日本の夏 ③ 〜
コスプレ衣装の最終調整を終えた数日後の午後……
僕の携帯電話に一本の登録されてきないアドレスからのメールが入る。
最近導入されたアドレス検索機にかけると正規登録された個人の携帯電話アドレスであり迷惑メールの類で無い事がわかる。
激増する携帯電話での犯罪を未然に防ぐために世界の国々が連携して導入されたシステムである。
新規購入の携帯電話は全て登録を義務化されており、既存の携帯電話も登録しなければアドレスが凍結されるようになっている。
少し不審に思いながらも僕はメールを開く。
「あれっ?」
メールを読んで僕は少し驚いた。
送信者はソヒョンであった。
どうやら以前のメールアドレスから新しいメールアドレスに変更しているようだ。
メールの内容はと言うと……家族で来週末から日本に旅行する事になったこと。
そして、両親が僕に会いたがっていることが記載されている。
そして……ソヒョンの両親は僕が女性だと思ったおり男性だとは知らない事が書かれている。
「へっ?どう言う事?」
ソヒョンのメールを読んで僕は何の事なのかよく状況が理解できずにいる。
ソヒョンもその事情を対面で詳しく説明したいらしくオンラインの会議室と時間が記載されている。
明日の午前10時と時間指定されている。
"明日の午前10時か……"
僕は心の中で呟くと忘れないようにリビングのカレンダーにボールペンで書き込みを入れるのであった。
ソヒョンがわざわざこの日時を指定したのは父と母が買い物に出かけて家に居ないからである。
僕がこのメールを受け取る時間から遡ること2日前……
ソヒョンが住んでいるのはソウルの中心部にある30階建の高層マンションの25階である。
午前8時過ぎ、いつもようにソヒョンが起きてくると珍しく父がコーヒーを飲みながらリビングのソファーに座ってテレビを見ている。
「あれ?お父さん?」
普段なら仕事で居ないはずの父がいるのでソヒョンは首を傾げると……
「どうして思うお父さんがいるの?」
「仕事は?……もしかして……」
「リストラされたの?」
ソヒョンは恐る恐る父に尋ねる。
「……違うよ……」
「今日は先週の日曜日の振り替え休日だよ……」
ソヒョンの笑えない言葉に父は少し嫌そうに答える。
何故なら、韓国も米国と同じような労働環境だからである。
ソヒョンの父、キム・テヒョンは年齢46歳、やや小太りの如何にも中年オジサンと言った風貌である。
韓国でも有名な大企業の管理職(課長)で韓国の過酷な出世競争を勝ち抜いてきた、韓国の東大と呼ばれるソウル大学卒業の勝ち組エリートサラリーマンである。
ソウル中心部のマンションに住んでいる事自体が勝ち組である事を証明している。
韓国では住んでいる所でその家庭の経済レベルがわかるとさえ言われる程である。
ソウル中心部のマンションに住む事はステイタスでもある。
なので、ソヒョンの家庭は韓国でも裕福な家庭という事である。
そして、ソヒョンはその1人娘でもある。
当然だが、父のテヒョンはソヒョンの事をとても大事にしている事は言うまでもなく……
ましてや米国の超名門スタンフォード大学に合格した自慢の1人娘でもある。
これもまた、超学歴社会の韓国社会からすれば当然のことである。
今の今までに浮いた話の1つも無い自慢の1人娘のソヒョンに男友達が居ると知れたらどうなるかは大体の察しがつくだろう。
「あっ!そうだソヒョン……」
「来週末から長期休暇がとれる事になったんだ……」
「なので来週の土曜日から5日間日本に旅行に行く予定だ……」
「もう、予約もしてある」
ソヒョンは"えっ?"っと言う表情になる。
「何か都合でも悪いのか?」
「以前からお前も日本旅行に行きたいと言っていただろう」
ソヒョンの意外な表情にテヒョンは少し心外そうな表情である。
テヒョンからすればソヒョンの里帰りのサプライズのつもりなので当然である。
すると、ソヒョンの母がソヒョンの朝食を持ってくる。
韓国の朝食の定番のチュッと言われるお粥であるが日本のお粥とは違いアワビやエビなどが入った栄養満点のお粥である。
ソヒョンの母キム・ジミン年齢44歳、細身で如何にも韓国のお母さんと言った風貌の女性である。
韓国の早稲田や慶應義塾と呼ばれる延世大学を卒業している。
父のテヒョンとは同郷の幼馴染である。
「そうそう、ソヒョン……」
「日本に行った時にこの前にビデオ通話でお会いした……」
「えっと……カ……カネツグちゃん……だったかな……」
「……に会えないかしら……」
母のジミンの問いかけにソヒョンは呆然とする。
「えっ!カネツグに?」
暫くして我に戻ったソヒョンが問い直す。
「そうよ、随分とあなたと仲良くしてもらっているみたいだし……」
「この前の贈り物の送り先の住所が……」
「旅行先で訪れる予定の観光地のすぐ近くだったから……」
「カネツグちゃんに連絡してもらえない?」
母のジミンの話を聞いたソヒョンは困惑してしまう。
「えっ、カネツグと……」
「その……えっと……」
「どうかな……カネツグにも予定があると思うし……」
ソヒョンは慌てながらも何とかこの場を誤魔化そうとするのだが……
「すぐ近くまで行くのに挨拶もしないなんて……」
「失礼と言うものだからな……」
厳格なところのある父のテヒョンは悩んでるソヒョンの方を見る。
"あ〜これは誤魔化せないわね……"
生真面目で厳格な父テヒョンの性格をよく知っているソヒョンは諦めたように心の中で呟く。
「わかった……カネツグに連絡してみるわ……」
ソヒョンは平静を装いながらそれとなく返事をすのだが……
"ヤバいっ!これはヤバいっ!"
"早くカネツグに連絡して何とかしないと……"
ソヒョンは内心で無茶苦茶に焦っているのであった。
……そして、次の日の午前10時……
僕は、ソヒョンとビデオ通話をしている。
「……と言う事なのよ……」
僕にソヒョンがこれまでの経緯を詳しく説明してくれた。
「……そう言う事なんだ……で僕はどうしたらいいの?」
ノート型パソコンの画面の向こうのソヒョンに尋ねる。
「……お願いっ!カネツグっ!」
「女装してなんとか誤魔化してっ!」
ソヒョンはそう言うと両手を合わせて僕にお願する。
「ソヒョン……それは……」
「いくらなんでも……無理が……」
僕は画面の向こうで手を合わせて必死にお願いしているソヒョンに答える。
「そんな事ないわっ!」
「カネツグなら絶対に大丈夫よっ!」
「だからっ!お願いっ!この通りっ!!」
ソヒョンは土下座しそうなほどの勢いである。
「もし、バレたらどうするんだよ?」
僕が不安そうに尋ねる。
「大丈夫っ!普通にしてても女の子だと勘違いされるのに……」
「少しお化粧して、可愛い服着て……」
「ウィッグ付けて、胸を少し盛れば……」
「そこら辺の本物の女の子よりも数段可愛く見えるっ!」
「まず、男だと気付かれる心配は絶対に無いといいきれるわっ!」
あまりに自信満々のソヒョンに僕の心は大きく傷付く。
「……ソヒョン……」
僕は哀しそうに呟く。
「あっ!カネツグっ!気を悪くしないでっ!」
「決して、悪く言ってるんじゃないからっ!!」
僕の哀しそうな様子にあわてたソヒョンはなんとかその場を取り繕うとする。
「カネツグっ!お願いっ!」
「キム家の平穏のために一肌脱いでよっ!」
パソコンの画面からもソヒョンの必死さが伝わってくるのがわかる。
「……わかったよ……でも……」
「バレても知らないよ」
結構、僕はソヒョンの必死のお願いに押し負けるのであった。
……とは言え、ソヒョンと約束してしまったからにはできるだけのことはしないといけないと思うのであった。
"ソヒョンが来るの来週か……"
"とりあえず、絵梨香や島本さんに相談して見るかな……"
この僕の安直な考えが後に思いもよらない悲劇に繋がるのである……
〜 日本の夏 ③ 〜
終わり




