〜 日本の夏 ② 〜
〜 日本の夏 ② 〜
中野さんの留学の件から数日後……
僕の携帯電話に長澤さんからのメールが届く、内容は以前の◯△◯◯の映画とゲームのキャンペーンイベントのコスプレの件である。
大体のイベントのスケジュールは既にメールで長澤さんから知らされているので僕もそれに合わせてスケジュールを調整している。
契約上、全てのイベントに参加する義務はないが時間的に余裕があるので東京、大阪、名古屋の3イベントの他にも札幌と福岡のイベントにも参加することにしている。
日本縦断5都市でのイベントである。
マネージメントは島本さんが好意的に代行してくれているので僕としては大変ありがたい。
コスプレして参加する予定なのでコスチュームは必須アイテムであり、新作映画とゲームのメインキャラクターの新コスチュームも新たにデザインされているのである。
よって本日は新コスチュームの衣装合わせである。
午前9時過ぎ夏の日差しの中、僕は島本さんの運転する車で映画などのオーダーメイドの衣装を作成してくれる店に向かっている。
長澤さんは忙しくて来れないそうで謝罪のメールが入っていた。
「久しぶりね……」
「向こうでは上手くやってるの?」
車を運転しながら島本さんが尋ねてくる。
「おかげさまで、何とかやってます」
僕が答えると笑っているような島本さんの口元がルームミラーに写る。
「送迎までしてもらい……」
「手間をかけさせてすいません」
僕が申し訳なさそうに言う。
「いいのよ、長澤からはしっかりとバイト代はもらってるから」
そう言うと島本さんはケラケラと笑う。
そうしていると目的地に到着する。
繁華街の裏通りにある雑居ビルの3階に衣装の制作会社はある。
以前に行ったところと同じ会社である。
車を停めてエレベーターに乗り制作会社の受付けで用件を話すと以前にコスチュームを仕立ててくれた時と同じ人が現れる。
「久しぶりですね……」
「今回も衣装を担当させて頂きます」
顔見知りなので儀礼的な細かい挨拶は抜きである。
衣装スタジオに入ると異なるデザインの衣装がハンガーにかけられているのが僕の目に止まる。
3人の女性スタッフに手伝ってもら衣装を合わせを始める。
女性スタッフも以前と同じ人である。
1着目は和服をモチーフにした衣装である。
浅葱色と言われる新撰組の羽織と同じ色である。
明らかに新撰組を意識した衣装である。
2着目は真っ白な学生服のような感じの衣装である。
これも幕末の奇兵隊をモチーフにした衣装で以前に涼音が和泉家に見学に訪れた際にヒントを得たものである。
3着目はthree-pieceの背広である。
襟と袖口に金色の幾何学模様の刺繍が施された白のカッターシャツにグレーのベストにウエストのしまったスラックス、やや着丈の短いジャケットの組み合わせである。
以前と体型が殆ど変わっていないので手直しは殆どしなくてよいらい。
島本さんはそれぞれの衣装の写真をポーズを変えて何枚も撮っていた。
後で長澤さんと涼音さんに送ってイメージ通りに仕上がっているか確認をするためだそうであるがわざわざ高価そうなデジタルカメラで僕を撮影する島本さんの口元が妙に緩んで見えたのは僕の気の所為なのだと思いたい。
衣装合わせが終わると私服に着替える。
「これで今日の衣装合わせは終わりです」
「手直しの後で後日、最終的な衣装合わせをして終わりです」
「クライアントから修正が入らなけばの話ですけどね……」
そう言うと少し苦しいそうに笑う衣装担当者であった。
帰り道、島本さんの運転する車の後席の窓から外の景色を眺めている。
運転席と助手席の間から見えるコンソールのデジタル時計は12時過ぎをさしている。
「あの、島本さん帰りに何かご馳走しますよ」
「実家の近所に美味い鰻屋さんがあるんです」
僕は島本さんを誘うのだから本当は自分が食べたいだけである。
「……そうね……もう、お昼過ぎてるし……」
「その鰻屋さんに行ってみようかな」
島本さんは僕の誘いに付き合ってくれる。
1時間ほどでいつもの鰻屋さんに到着する。
駐車場は鰻屋から少し離れているが市営の無料観光客用の駐車場がある。
平日なので駐車場は空いていたのだが……
夏の炎天下、何故か鰻屋の前には行列がきていた……。
「なんか……混んでますね……」
20人程の行列を見て僕が呆然と呟く。
僕の経験では今まで行列なんてできた事がない。
「そうね……混んでるわね……」
島本さんも諦めたように呟く。
「どうします、待ちます?」
「別の場所にします?」
僕は島本さんに尋ねる。
「どのぐらいかかるのかしらね」
行列を見て島本さんは迷っているようである。
「どのぐらいか聞いてきましょうか?」
「ここの鰻屋さんは知り合いなので……」
僕がそう言うと島本さんは暫く考えて小さく頷く。
「ここまで来て食べずに帰れないわね……」
「それに、行列には慣れてるから」
「こんな行列、あの行列に比べたら屁みたいものよ」
島本さんは行列を見てニヤリと不敵な笑いを浮かべる。
「まぁ……あの行列に比べたら全然大した事ありませんけど……」
僕もあの地獄の行列を知っている何となく共感してしまう。
とりあえず、店の前の椅子に座って一息つく初めて見る顔の50歳ほどのおばさんがやってきてよく冷えたおしぼりとお冷を出してくれた。
「少しお待ちいただく事になりますがお時間はよろしいですか?」
僕と島本さんが頷く、おばさんは軽く会釈して状況を説明してくれる。
「正確な待ち時間はお答えいたしかねますが……」
「今現在、お客様の前に5組18名様がお待ちになっておられます」
「概ね1時間程度のお時間をいただく事になりますがよろしいでしょうか?」
さっさと同じように僕と島本さんは頷く。
かくして、僕と島本さんは夏の炎天下で約1時間以上待つ事になるのである。
店側も配慮していて椅子と日除のキャンパス製のパラソルが用意されていて無料のミネラルウォーターも自由に飲めるようになっている。
待ち時間の間、島本さんと近況や世間話をする。
島本さん達のサークルはここ2年程で急速にその規模と知名度が大きくなり今ではあの手のジャンルの新興大手サークルの筆頭と呼ばれるほどだそうである。
「凄いですね……」
島本さんの話を聞いて僕が感心したように呟く。
「半分くらいは和泉君のおかげよ」
島本さんの言葉に僕は首を傾げる。
「えっ?僕は何もしていませんけど……」
僕には島本さんの言葉に思い当たる節がない。
「和泉君ならもう知ってると思うけど……」
「⚪︎△⚪︎⚪︎の原作者の紅更紗さん……」
「……と言うよりも涼音さんと言った方がいいわよね」
「あの人がウチのサークル推しななよ……」
「まぁ……正確には和泉君推しと言った方がいいわよね……」
そう言うと島本さんは大きなため息を吐く。
「原作者のあの人が雑誌のインタビュー記事なんかで……」
「ポロッとウチのサークルと和泉君の事とかを口にしちゃてから大ブレイク……」
「同人誌(薄い本)も爆発的に売れて……」
「コスプレにサークル加入や参加の希望者が殺到してね……」
「コミケより悲惨な……」
島本さんの顔から血の気が引いていくのがわかる。
「……何と言えばいいのか……」
「……その……すいません……大変ご迷惑をおかけして……」
全身から暗いオーラを垂れ流し始める島本さんに僕は思わず謝罪してしまう。
「あっ!和泉君が悪いんじゃないからねっ!」
「誤解しないでよっ!」
「寧ろ、古参のサークルの人は感謝してるぐらいだから」
「特に敦子なんかはね……」
島本さんはそう言うと敦子ちゃんの近況を話してくれる。
「敦子はコスプレ衣装製作が生きがいになってるわ」
「将来はアパレル関係の仕事がしたいそうだし」
「それに……敦子の……」
島本さんは途中で話すのを止める。
敦子ちゃんは未だに"明るい家庭計画"を諦めてはいない事を島本さんは知っているからである。
「和泉君はどうなの?」
島本さんは僕の近況を聞いてくる。
僕は暫く間を置いてから話し始める。
僕が暫く間を置いたのはどの程度まで島本さんに話して良いのかと考えたからである。
僕の頭が弾き出した結論は島本さんには"ある程度"まで話しても"大丈夫"ではないかであった。
「向こうでは何とか学生してますよ……」
「来季から3年になるので専門分野に進む事になります」
「僕は数字を専攻します」
僕が向こうであった事を話を島本さんは唖然とした表情で聞いている。
そして、向こうでのプロジェクトの話題になると……
「"パウル・ペイジ"って……」
「あの大富豪のパウル・ペイジ?」
島本さんは呆気に取られた表情で聞き直してくる。
「そうですが……それがどうかしましたか?」
僕は呆気に取られている島本さんに尋ねる。
「……あの……和泉君……」
「普通の人は"パウル・ペイジ"みたいな人とはお知り合いなんかじゃないのよ……」
島本さんは呆れた表情で僕に話す。
「そうですか?」
「普通の人ですよ、初めて会った時なんて"貧乏プログラマー"にしか見えませんでしたよ」
「実際、僕は彼が"大富豪"の"パウル・ペイジ"だって知ったのは随分と後からですし……」
「あの時は、僕には人を見る目が無いとつくづく思いましたよ」
「カルロスさんも"ただのテキサスの田舎オヤジ"にしか見えませんでしたしね……」
僕は少し自己嫌悪になりながら誤魔化し笑いをする。
「カルロス……って……」
「……もしかして……石油王の"カルロス・ロレンソ"の事っ?」
島本さんは少し蒼ざめた表情で僕に尋ねてくる。
「そうですけど……」
「僕の父とは気が合うみたいで……」
「この前、夫婦でウチに遊び来てましたよ……」
「カルロスさんもここの鰻がお気に入りみたいですよ」
僕は何事もないように答える。
「あは……あはは……そうなの……」
島本さんは力無く笑う。
僕の話を聞いてそれしか出来なかったのである。
"カルロス・ロレンソって言ったら日本の総理大臣も頭が上がらない程の偉い人なのよ……"
"和泉君って……本当に天然なのね……"
"それにしても、この子……"
"見かけによらず、とんでもない子なんじゃないの……"
"何にせよ、この事は長澤には絶対に秘密にしないと……"
"もしも、長澤の耳に入ったら……"
"間違いなくややこしい事になるわね……"
島本さんは心の中で危機感をもって呟く……そして……
「和泉君っ!」
島本さんは突然、鬼気迫るような表情で僕に詰め寄る。
「今、私に話した事は長澤には絶対に秘密っ!」
「いいわねっ!絶対に話しちゃダメだからねっ!!」
「わかったっ!絶対によっ!!!」
島本さんのあまりの迫力に僕は無言で頷く。
「あの……お客様……」
「お席の用意ができましたが……」
いつの間にか僕達の前にさっきのおばさんが困ったような表情で立っている。
「あっ、はい」
島本さんは少し恥ずかしそうに返事をする。
2人で鰻を食べる。
勿論、僕の奢りである。
何故か島本さんは無口であったのだが、鰻は美味しいかったようである。
その後、島本さんは上機嫌で帰って行く。
因みに、その日の夕方に帰宅した島本さんが撮影した僕の写真を長澤さんと涼音さんに送信する。
そして、その日の退社5分前に涼音さんから直筆イラスト入りの赤ペン修正ファクスが何枚も担当者に届くことになり徹夜での修正作業となるのである。
担当者の嫌な予感は見事に的中したのである。
さて、僕はと言えば何も知らずに規則正しい生活を送っているのであった。
〜 日本の夏 ② 〜
終わり




