〜 日本の夏 ① 〜
〜 日本の夏 ① 〜
日本に帰ってきてから2週間……
僕はいつも通りの規則正しい生活を送っている。
朝、6時前に起床して家事をこなしてから午前中に来季のカリキュラムに備えての予習……
昼ごはん食べてから暫く休憩してからシェリル達とのプロジェクトやペイジ氏に依頼されているセキュリティソフトの改良。
5時前から夕食の支度を始めて7時頃から夕食を食べてる。
後片付けをした後で風呂に入り洗濯物を干し終えた頃には9時過ぎである。
11時前にメリッサとのビデオ通話を30分ほどして床に就くのである。
そんな生活を送っていたある日……
僕の携帯電話に1通のメールが届いた。
中野さんからのメールであった。
何気なく中野さんからのメールを開き読む。
「げっ!」
中野さんからのメールを読んだ僕は思わず声を上げる。
拝啓
ご無沙汰しております。
元クラスメイトの中野梨沙です。
以前にお知らせしておりました、短期留学の件ですが大学から詳しい日程が本日届きました。
つきましては和泉様と今後の事を打ち合わせしたくご都合の良い日をお知らせください。
7月下旬(20日)には地元に戻っております。
いろいろとご迷惑をおかけいたしますがよろしくお願いします。
かしこ
メールを読んだ僕は慌てて中野さんに問い合わせのメールを送ると直ぐに返事が返ってきた。
どうやら、2日後に地元に帰るからその時に一度お会いしましょうとの内容である。
何度かのメールのやり取りの後で3日後の昼前に僕が高校の時に使っていた駅前で待ち合わせる事になるのであった。
中野さんからのメールには留学に関する資料も添付されていたので目を通す。
どうやら今年から始まった交換留学•認定留学の制度を利用するようである。
期間は1学期の3か月間。
日本の大学の学費を納めればスタンフォードの授業料が免除され単位の互換も可能と記載されている。
かなり、良い条件での留学であるのだが……
留学の選考条件は在籍大学の学内選考を通過し、高いGPA(優秀な成績)、TOEFL iBTで100点以上が必須とある。
"TOEFL iBTで100点以上か……"
"かなり厳しい条件だな……"
"中野さん、この条件をクリアしたんだ……"
"……ただの腐女子じゃなかったんだな……"
普段から腐女子の中野さんしか見ていない僕は心の中でしみじみと失礼な事を呟くのであった。
それから3日後の昼の12時30分、僕は何故か中野さんの実家の食卓の椅子に座っている。
"何で……こんな事に……"
僕の隣にには中野さんが座っている。
そして、僕の正面に中野さんのお父上、その隣にお母上が鎮座されている。
「……」
耐え難い重苦しい雰囲気に僕はどうすることもできずに辺りの様子を伺っている。
「ところで和泉君……」
「うちの娘の梨沙の留学の件なのだが……」
重苦しい場の空気を斬り裂くように中野さんのお父上が僕に話しかける。
中野さんのお父上は僕の父とは面識があり古くからの知人であることは以前に温泉施設で偶然に会った事からわかっている。
しかし、僕はその事以外には何も知らないのである。
「ちょっとアナタ……」
「まずは自己紹介からでしょう……」
お父上の横に座っていたお母上様が先走り気味のお父上を諌めるように進言する。
「あ、ああ、そうだったな……」
お父上はそう言うと僕に自己紹介してくれる。
中野さんのお父上は名前を中野誠治といい、年齢は47歳である。
県庁の文化財保護課に勤める公務員で、これがきっで僕の父と知り合いになったそうである。
そして、隣に座っているお母上様は名前を中野美代といい、歳は45歳だそうである。
2人の後に僕も自己紹介をする。
互いの自己紹介を終えた所で本題に入る。
当然、中野さんのスタンフォード大学短期留学の事である。
この前に温泉施設で会った時に中野さんの父上は中野さんの留学に反対なのは明白であり、逆にお母上は留学に賛成していると言う事である。
"何だか……面倒な事になりそう……"
僕は心の中で困ったように呟く。
この手の僕の予感はよく的中する、今回も例外ではなかった。
"なるほど……中野さんからのメールの最後にあった"
「いろいろとご迷惑をおかけいたしますがよろしくお願いします。」
"……は、こう言う事だったのか……"
明らかにこれは中野さんが仕組んだ事であると勘付く僕であったのだが今更、気付いた所で時既に遅しなのである。
中野さんの父上の話を聞いていると本当に中野さんの事を心配している事がわかる。
大切な1人娘なのであるから当然である。
その考え方は如何にも公務員的でありよく言えば堅実であるが悪く言えば保守的である。
それに対してお母上は"可愛い子は旅に出せ"と言う考え方である。
夫婦でありながらその思考は正反対でありこれが逆に絶妙なバランスを保ってきたのだと思う。
「お父様の懸念はよく理解できます」
「お父様が言っておられる事は全て事実です」
「事実、僕も銃撃事件に巻き込まれています」
「目の前で若い女性が銃撃に遭い血を流して倒れているのを見ています」
僕の言葉に中野さんの父上は"そうだろう"と言う表情をする。
その隣のお母上は少し曇った表情になり、僕の隣の中野さんからは殺気を感じて背筋がゾクゾクする。
「……ですがお父様、それは日本でも同じです」
「高校の時、僕の仲の良かった友人はコンビニにポテトチップを買いに行った途中で事故に遭って亡くなりました」
「何をするにも必ずリスクは付き纏います」
「実際に僕も留学する時には銃撃事件の事もあり不安でした」
「しかし、留学して直ぐに実際に僕を苦しめたのはホームシックでした」
僕の話し聞いている中野さんのお父さんの表情が険しくなってくるのがわかる。
「お父さんが中野さんの身を案じるのは当然です」
「何かあったら後で後悔しても取り返しがつきません」
僕の言葉を聞いた中野さんのお父さんの表情が和らぐのとは逆に隣のお母上の表情が曇り隣の中野さんから殺意が感じられる。
まさに板挟み状態である。
「今回の中野さんの留学は短期での交換留学•認定留学ですから3ヶ月です」
「それに、留学の条件はかなり厳しく……」
「中野さんはかなり努力して留学の条件をクリアしたと思います」
「中野さんの努力を無駄にしないでください……」
「向こうでは僕が全力で出来うる限りのサポートをお約束いたします」
「どうか、3ヶ月だけ我が儘を聞いてあげていただけないでしょか」
僕の言葉に中野さんのお父さんは暫く考えた後で……
「はぁ〜」
大きなため息を吐く。
「仕方がないな……今回だけだぞ……」
「和泉君、うちの娘のことを頼みます」
中野さんのお父さんが諦めたように呟くと中野さんが歓喜の声を上げる。
頭を抱えるお父さんの横でお母さんが僕の方を見てニッコリと笑うと小さく会釈する……すると……
"ピンポーン"
呼び鈴が鳴る。
中野さんのお母さんが返事をすると玄関へ向かう。
暫くすると寿司桶を持って戻ってくる。
「ちょうどよいぐらいですね」
「お昼にしましょう」
テーブルの上に寿司桶を四つ並べる。
中野さんは急須でお茶を入れている。
中野さん家族と一緒に昼食を食べた後で僕はリュックサックの中からノート型パソコンを取り出す。
ノート型パソコンに入っている僕の大学でのカリキュラムを例に具体的な大学での講義や生活などの事を説明する。
「噂には聞いていたけど……」
「かなりタイトでシビアね……」
中野さんはそう言うとパソコン画面に表示された僕のカリキュラム予定表を覗き込んでいる。
「……でも、環境は凄くいいよ……」
僕は中野さんに大学でも生活環境の事を説明する。
「日本の大学とは随分と違うのね……」
「シェアハウスみたいな感じなんだ……」
中野さんは今の大学生活環境とは違いに少し驚いているようだが……
「和泉君、これは男女が同じ一つ屋根の下で生活を共にすると言う事なのかね?」
中野さんのお父さんは心配そうに僕に尋ねてくる。
「そうですね、向こうではこれが当たり前ですよ」
「お父さんが危惧されているような事は無いとは言えませんが……」
「他にも生徒が住んでいるので返って安全ですよ」
僕がそう言うと中野さんのお父さんは少し訝しげな表情をしながらも納得したようだ。
「和泉君、炊事洗濯なんかはどうしているの?」
今度は中野さんのお母さんが尋ねてくる。
「基本的に自炊ですね」
「食事は学食がありますが……」
「まぁ、その……ジャンクフードみたいなのが多いです」
僕が答えると中野さんのお母さんは少し心配そうな表情になる。
「和泉君はどうしているの?」
中野さんかのお母さんが僕に尋ねてくる。
「僕は基本的に学食ですが、休日には自炊しています」
「寮にはキッチンも調理器具も一通り揃っていますから」
「それに、今は日本の食材は大概何でも簡単に通販サイトで手に入りますから」
僕が答えると中野さんのお母さんは感心したような表情になる。
「自炊ね……梨沙には無理ね……」
中野さんのお母さんはポツリと呟くと諦めたようなため息を吐く。
「ちょっと、お母さんっ!」
「私だって自炊ぐらいしようと思えばできるわよっ!」
中野さんは女としてのプライドが傷ついたようである。
「あら、そう?」
「私は梨沙が台所でカップラーメンにお湯を注いでいるところ以外見た事ないわよ」
中野さんのお母さんがそう言うとお父さんも納得したように小さく頷いている。
「うっ……」
どうやら中野さんのお母さんの言っている事は事実のようである。
「和泉君……もしも、梨沙の食事が偏っていたら……」
「その時はよろしくお願いします」
中野さんのお母さんはそう言うと深々と頭を下げる。
「ちょっとお母さんっ!」
「やめてよっ!」
流石の中野さんも少し恥ずかしいようである。
時間も頃合いになったので僕はお暇する事にする。
「ありがとう和泉君……」
「駅まで付き合うわ……」
中野さんはよ最寄り駅まで僕に付き合ってくれる。
夏の日差しの中、駅まで五分ぐらいの距離を歩いていると……
「ありがとう和泉君……」
「あの頑固な父を説得できたのは和泉君のおかげよ……」
「向こうでもよろしくお願いします」
そう言うと中野さんはペコリと頭を下げてニッコリと笑う。
その笑顔は今まで見た中野さんの最高の笑顔であった。
駅の改札で中野さんと別れて僕は電車で、中野さんは来た道を戻り始める。
家に帰った中野さんがリビングに入るとお母さんが出前の寿司桶を洗っている。
「あら、梨沙もう帰ってきたの?」
「和泉君とお茶でもしてくればよかったのに……」
お母さんはそう言うと洗った寿司桶を布巾で拭いている。
「この辺りに喫茶店なんて無いじゃないのよ……」
中野さんは不機嫌そうに答える。
「一緒に電車で街の方に行ったらいいじゃないのよ……」
お母さんの言葉に中野さんは少し戸惑っている。
「和泉君には彼の父の和泉刀匠を通じてお礼をしておく」
「和泉君は必ず梨沙の頼りなるだろう」
中野さんのお父さんはそう言うとお茶を飲んでいる。
拭き終えた寿司桶を四つ重ねて持った中野さんのお母さんがすれ違いざまに中野さんの耳元で囁くように呟く。
"本当にいい子ね"
"さっきお父さんもそう言ってたわよ"
中野さんのお母さんはそう言うと寿司桶を持って玄関の方に行く。
「……」
中野さんは何も言わずに黙り込んでしまうのであった。
それから3日後、和泉家では上等な牛肉ですき焼きを食べているのであった。
大半の牛肉は絵梨香の胃袋に入った事は言うまでもない。
〜 日本の夏 ① 〜
終わり




