明日は何をしますか?お暇ですか?愛してもらってもいいですか?
「TS少女に会いたい。具体的には完全に女の子の気持ちになりきれていない状態の」
『朝一発から頭イカれとるのー』
俺は早朝から宿屋を後にしていた。エンリエッタに会うために起きたのだが、肝心の本人は既に出てしまっていたからだ。
折角起きてしまったので朝食を食べに行こう思ったが、ほんのり口をだらしなく開けて眠るアニェラを起こすのも忍びなかった。枕を抱いて人形代わりにする彼女に若干微笑ましくなりながら、出ていったのだ。
アニェラがベッドが無いと眠れないので最低限付いていて、それでいて安くなる場所を選んだから残念ながら食堂はついていない。
とりあえずまず最初に質屋へと行き、ポッケに入っていた下着(前の世界の王女)を売る。何で入っていたか考えてはいけない。凝った刺繍だからかそれなりに高く売れた。一旦宿屋へと戻り、寝ているアニェラの隣へと昨日の食事代を置く。そうしてまた宿屋を後にした。
ぶらりぶらりと表立って出していない食事処を探してみるのも乙だ。昼食や夜食だったらハズレだと最悪だが、朝食でハズレを出すのも無いだろう。
こうやって道中下らない会話をするというのも結構楽しいもんだ。むしろそれが一番楽しいといっても過言ではない。一番うれしい瞬間は隠れた名店を見つけた瞬間だけどな。
「潤いが欲しいんだ……。もはやただの普通の美少女では我慢が出来ない。すーぱードスケベ錬金術師吸血鬼とか出てきて欲しい。機能停止が決まってるメカ女の子幼馴染とかに追われたりもしたい」
『属性過多すぎるのじゃ! もうそれサンドイッチとかにケーキとか挟んで食べるレベルじゃぞ! 』
「サンドイッチにケーキは比較的普通だぞ」
『濃ゆすぎると言っておるんじゃ! それにそんな美少女が出る訳がないじゃろ! それこそ神様が出したりしないかぎ……。儂、神様じゃった……ッ!? 』
俺はその場に平伏し、虚空へと拝み続ける。
「ははァーッ! 神様仏様ァーッ! さぞかし名を欲しがる神様と見受けたが、何故そこまで荒ぶるのかーッ! 」
『どう考えても名を欲しがってるからじゃろ!? それにそのネタはやめるのじゃ! いかに妾が強いとしてもこの世界以外では無能なのじゃからぁ……! 』
すげえ涙声で言われた。
中身はともかく見てくれはいいので、俺はしょうがなく着いた土埃を払いながら立ち上がる。
「……ああ、俺の事が好きで好きで仕方がない女の子とか出ないもんかね」
あ、言葉にしてから気付いてしまった。余計な話題を振ってしまった。
致命的なミスを犯してしまった。もしもU.K.がスズの事を知っているのなら、当然アイツの事も知っているだろう。
勝手に一人で喋る分にはいいが俺が振ってU.K.が答えてしまったら。
『出て来るも何も、おるではないか。お主が手に持つ聖剣"フェルディナンド"が』
「―――アタシの名を呼んだな」
直後、俺が腰元にさげている聖剣から声が響き渡る。
「ツルギの聖名を、戦の別名を、皆殺しの仇名を」
生きているかのように身を震わせるそれは、鋭利な部分を少しずつさらけ出そうとする。
「負けも勝利も敵も味方も清濁併せてアタシが生み出してやる。嗚呼、この感覚ほんとうに懐かしいぜ! また外に出る時が来たみたいだな! 」
揺れが最高潮へと達する。
「聖剣フェルディナンド! ここに参上だ! 」
鞘から抜き身の剣がむき出しになろうとした所で、俺は一気に鞘へと押し込み戻した。
「呼んでない」
「ふ、ふぎゃァ!? 」
なんだか間抜けな声が聴こえたが、俺は悪態をつきたかった。
「くそったれ。あれだけ俺の武器について自分でも考えないようにしていたのに」
よりにもよって自分から封印を解きに行ってしまうとは。一生の不覚だ。
出来るだけフェルディナンドの名前を呼ばないようにしていたし、連想するような発言もしないようにもしていた。
俺は聖剣フェルディナンドの覚醒を意図的に封印していた。それには理由がある。一つは覚醒する事によって出て来る劔の人格フェルディナンド。通称フェルが苦手だからだ。二つ目はフェルが覚醒する事によって、姉妹剣である聖剣が目覚めてしまうからだ。それはこちらには持ってきていないから大丈夫だとは思うが、何があるかは分からない。
【ゆ、悠斗ぉ……。もうおいたしないから……。許してよぉ……】
U.K.と同じように所有者の脳内へ直接声を掛けて来る。猫撫で声で俺に甘えて来るな! 目覚めてしまった以上は仕方が無いが、黙ってないと可愛すぎて俺がどうにかなっちまいそうだ。
【ふぇ、ふえへへ……。悠斗、アタシの事そんなに気にしてくれるんだな】
うぎゃああああやめてくれええええっ!
俺は往来の道の真ん中で頭を抱えながら蹲っていた。時折通る人が不審者を見ているような表情で過ぎ去っていく。
『す、すごいのじゃ! 儂がスズの話をしてもぜんぜん怯えもしなかったのに。どういうことなのじゃ! 』
U.K.が尊敬の念を込めた声をあげている。
フェルは俺の妹に似てるんだよ。滅茶苦茶な……。
『妹……? 』
俺が生まれ育った世界でいた妹だよ。ちみっこくて後ろばっかりついてきて、それでいて向日葵みたいに笑顔を咲かせてくるんだ。性格が似てるだけならまだしも、姿かたちまでとんと似てやがる。
しかもその際にちょこんと八重歯を見せて来るんだ。くそったれあざとすぎる。
だけど、妹に手を出す兄は兄失敗だ。どんだけ可愛くても、どんだけ愛おしくとも、手を出す訳にはいかない。
『確かフェルディナンドは持ち主の深層を汲み取り、最も与しやすい相手に成りすますと聞く。お主にとってそれが妹じゃった訳か。……ふぅん。そんな妹がおったのじゃな。知らなかったのじゃ』
え。なんで若干不機嫌になったんだ?
『別に』
【……なぁ。妙に悠斗に親し気に話すけどよ。アンタ悠斗のなんなんだ? 】
俺とU.K.が思念で話し合っていると、何故かフェルが割り込んでくる。
えっ、これってそういう力技みたいなの通用するもんなの?
【細かい事は考えちゃいけないぜ悠斗。アタシと悠斗との愛の力だと思ってくれれば】
愛の力かぁ……重いなぁ。
『儂か……? 悠斗の恋人じゃあ! かかかっ』
おい!
どうやら茶化す方向で来たらしい。案の定フェルは真に受けてかたかたと剣を震わせる。
【ほ、本当なのか悠斗……!? アタシと過ごした時間は嘘だったのか……!? 】
お前もお前で誤解を招く発言は止せや!
ていうかいつまでバイブレーション起こしてんだよ! 結構金属音うるさいし地味に痛いんだが!? 戦隊物の斬撃音みたいなチープな音が響きまくって軽い騒音になってるぞ。
【……出る。もう絶対出てやる。一分一秒でも悠斗を見離せない】
抑えていた手を弾き、フェルディナンドが空へと放たれた。
太陽を背にして一つの黒い影が舞い降りて来る。
黄金色の髪が空を掻き斬る。無造作というよりは規律正しく丁寧に研ぎ澄まされた髪は、まるで劔のように一本一本が煌びやかに輝いていた。気の強さが現れているような眉毛は、上へと反り返っている。けれどそれは怒っているというよりは、嬉しさから曲げられているのが分かる。その証拠に八重歯の見える口がにへら。と可愛らしく歪んでおり、細く尖っているようにも見える瞳は喜びを抑えきれないと弧を描いていたからだ。
しかし何故だ。封印する以前はまともな服を着せていたハズなのに。
メイド服になってる……。
白と黒を基調として作られたそれは彼女に嫌な程に似合っていて、袖元が若干足りないのかぶかぶかしている。膝元まで伸びるスカートからは、すらりと健康的な肉付きをした太ももがちらりと見えていて結構視線に困る。空から落ちてきたお蔭で純白のパンツが見えてしまった。鼠径部に可愛らしいリボンがちょこんと結ばれている。……前はお子様パンツだったのに、立派なパンツを穿いて。こんな所で成長を確認したくなかった。
大きく開かれた八重歯の見える口から再会の言葉が紡がれた。
「ただいま! 悠斗! 」
ズゥン。
地面がめり込んだ。地面"に"めり込んだんじゃない。地面"が"めり込んだ。
「………………」
うん、そんな高さから着地したらそうなりますよね。ああもう、……昨日みた憲兵さんが気のせいか走ってきてる。そりゃそうだろう。こんだけ騒がしくしてればそうなるに決まってる。
「逃げよう」
昨日の今日でまた世話になりたくない。俺は咄嗟に彼女の手を袖の上から掴んで走る。
「あっ……。ふふ……」
握られた彼女は、凛とした表情をチョコレートみたいに蕩かせて笑う。
SAN値が削られていくのが分かった。




