アニェなんとかさん
逃げ込むようにして適当な食堂へと入った俺達は、まるで酒場のように円状となったテーブルへと座り込んでいた。
「悠斗ー、悠斗ー。たははーっ。ゆうとー」
「やめろ抱き着くなぺちゃぱいを押し付けるなスリスリするな馬鹿がうつる」
「……へ、へぇ。ふーん」
どうやら押し付けているという事実を改めて言われて恥ずかしくなったらしく、フェルはちょこんとお人形さんのように椅子へと座りなおした。
「あのぉ……、ご注文を頂きたいのですが……」
ウェイターと思わしき人物が困り顔で待っていた。しかしそれは不快というよりは、仕方がないなあと言わんばかりだ。
俺は壁に掛けてあったメニューを一瞥し、頼むことにする。
「ああ。すいません。僕はガラパゴスフィッシュの素揚げサンドで。隣のこの子はミルク煮込みの薬草添え粥を一つ」
「かゆって何だ? 」
「小麦みたいなやつから出来る種子を柔らかく煮込んで味付けたもんだ」
こっちの世界に米があるとは思わなかった。前にいた世界には無かったからこっちにもないのだと思っていたので、久しぶりに食べたくなってしまった。けれど朝からがっつり食べる程の気分ではないので、フェルからちょっとだけ分けてもらうつもりである。
「ふうん。美味しそうだな。………やっぱり悠斗と同じ奴をくれ」
「おい」
「かしこまりました」
何かを察したのか、微笑ましい物を見るような視線で立ち去っていくウェイター。
「何で変えたんだ? 」
軽くでいいから食べてみたかったんだが。
非難めいた視線を送ると、フェルはほんの少しだけ拗ねたような表情をする。
「……たかったからだよ」
「? 」
「……悠斗と同じ奴が食べたかったんだよ」
「そうか」
風船みたいに頬を膨らませて怒るフェル。その後シシシっ、と八重歯を見せながら笑った。
これが妹の姿をとっていなかったら間違いなく俺は手を出していただろう。いや、そうだからこそフェルはこの姿を取ったんだろうな。
「ふんふーんふーん」
フェルは嬉しそうに両頬をついて鼻歌をさえずる。ぱたぱたと交互に足を揺らして遊んでいた。
「そういやフェル。お前眠っている間意識はあったのか? 」
「あったらアタシが眠ったままにしてると思う? 」
思わない。
「じゃあこの世界がお前がいた世界と違うってのは分かるか? 」
「……そうだったのか? アタシは悠斗がいるならどこでもいいから、あんまり気にしてなかった」
こいつはどうして事も無さげに歯の浮くような事をいえるんだろう。その後自分の言った事に気づいて、ぼしゅっと湯気が出んばかりに顔を赤らめやがって。
フェルを見ていると本当に妹を思い出す。働かずいつかは社会に役立つと自分にはとてつもない才能が眠っているんだと信じていた腐った頃を。
本当にそんな才能が眠っていたとは思わなかった。運が良かったといえば聞こえがいいかもしれない。
元気にしているだろうか。今となっては分からないが……。
フェルをなんだかんだ甘やかしてしまったのも、本当に苦手なら連れてこないハズなのに連れてきたのも。そこらへんがあるのかもしれない。
『―――会えるぞ』
……。
『会わせてやるぞ。滅ぼしてくれれば。くひひ』
やけに静かだとは思ったさ。
『くひ、冗談じゃ。まんねりが過ぎたしの。そんな酷い事儂が言う訳ないじゃろ』
どうだかね。むしろ、そっちの方がしっくりくる。
そういえばこの会話はフェルには聞こえていないみたいだな。うきうき気分で待ってやがる。
『顕現しておるからではないかの。どちらでもよいではないか。……それに、料理も来たようじゃしの』
言われて見上げれば両手に皿を乗せたウェイターがいた。
「お待たせいたしました。こちらがガラパゴスフィッシュの素揚げサンド二つで。これは私からの個人的なおまけです」
もう二つ皿をテーブルの上へと置いた。俺とフェルの前にだ。
「わ、わー!! 」
フェルがテーブルへと乗り出す。
何かと思えば、ホットケーキみたいな奴だった。出来立てほやほやの熱そうな湯気が沸きだっている。皿の左右にはナイフとフォークがあり、これで食べろという事だろう。
ホットケーキは皿の上に二枚あり、その頂点には薄く切ったバターが乗っけられやや半透明の液体がまぶされていた。
「なんでも最近召喚された勇者様方が開発したでざーとなるものらしいです。新メニューとして出そうとしていた物ですが、頂いてくださりませんか? 」
「いいんですか? 」
「ええ。調理も私がやっているような物ですから。妹さんと二人でどうか召し上がって下さい」
どうやら兄妹揃ってご飯を食べに来てると思われたらしい。年端もいかない妹の為に、いい思い出作りの一環として出してくれたようだ。
「ありがとうございます。フェル、二つとも食べていいぞ」
「え! いいのか!? 」
俺は軽く笑った後に「いいぞ」と言った。
するとフェルは目をキラキラと輝かせて、待ちきれなかったと言わんばかりにナイフで切れ込みをいれる。そしてそのまま空いてるフォークで口元へと持って行った。
「んんーッ。あまぁい……。やわらかぁい……」
周囲に花が咲いているのではないかと錯覚するほどに、嬉しそうにする。
それを見てウェイターの人は満足気にし、軽くお辞儀をした後に持ち場へと戻っていった。
「ご飯食べてからにしろ」
笑顔全開にしているフェルを止め、ホットケーキっぽいものが乗った皿を遠ざける。
宝物を奪われたかのように絶望の表情を浮かべた。こいつメイド服着ている割にはどっちかっていうと俺が介護してる気分なんだが。
「――――ところで、これはどういう事じゃ? 」
寒気がした。
背後から聞きなれた声がした。
振り向く勇気が無いために意図的に無視しようと口を動かした瞬間。
アニェラがバキッ、とぶっ壊さんといわんばかりの力で空いていた椅子に座った。
「ひぇ」
変な声が出た。
「朝起きれば枕元に金がおいてあったので、怪しげな物に手を出したのかと思って急いで探しに来てみれば。……妾はエンリエッタの手伝いに行くと聞いておったんじゃが、このような幼子を連れて何をやっておるのじゃ? 」
ゆっくりと薄緑だった両目が朱く染まっていく。艶やかな口元はひくひくと動いており、銀の髪と対照的に黒い眉は八の字を描いていた。
説明が後回しになったからと言ってそこまで怒るのか? なんて言える雰囲気ではない。
戦々恐々としている俺を尻目に、フェルは敵意全開に噛みついた。
「だれだ、アンタ」
「お主こそ誰じゃ。妾の悠斗に何をしておる」
「―――ハ! どっかで聞いたと思えばアンタ、さっき悠斗の恋人を名乗ってたやつだな。アタシは聖剣フェルディナンド。悠斗の永遠のぱーと……」
そこまで言った所で、言葉に詰まらせる。
「な、なにが。なにが恋人じゃ!? 妾は夢の中でもそんな事を名乗った覚えはないぞ! 」
紅い瞳が緑へと戻っていく。消えた赤色は顔へと広まったみたいに真っ赤にさせながらアニェラは叫んでいた。
「ゆ、悠斗ぉ……」
今にも泣きそうな表情で俺へと振り向いてきた。
何このカオス。
ブクマで一喜一憂今日この頃です。




