深淵
害悪な機械集団どもの喧騒から離れ、波紋の無い静かな水面下を見下ろす。入り口から2番目の便器に座り、一人昼食を取っている。
食事を終えてもやつはまだ現れない。読みかけの本を手にとって開こうとする。タイトルは「ギリシャ神話の概要」。
ドタバタと激しい足音が近づいてくる。ようやくお出まし。勢いよくトイレに入ってきた何者かは入り口の一番近くの個室に駆け込んだかと思うと、胃の中のものを全て吐き出している。
しばらく聞くに堪えない嗚咽が続き、ひと段落したあたりで声をかける。
「開けてしまったのね、パンドラの箱。あらゆる厄介や絶望が飛び出してきた。でも知ってる? 唯一箱の外に出なかった最後のもの。希望だよ」
くくっ、と一人で笑ってみせる。隣から返事は帰ってこない。
「最近は私のほうがお前によくしゃべりかけてる」
聞こえてくるのは、ぜーぜーっと激しい息遣いのみ。
生物の内臓になぜ人は何かしら抵抗を感じるか。理科の時間に先生が言っていた考察。単に形状のことを言うなら表面積がどうだとかの説明があれば事足りる。
そうではない。それらのことを踏まえたうえで、じゃあなぜその形状を含め体内のものに抵抗を感じるのか。そこが問題なのだと。
本当に大事なものは外に出してはならないからだ、と先生は話していた。体の外に簡単にそれらが出てしまわないよう大事に体で包み込む。大事なものが外側へ出てしまっては大変危険なことだ、という意識が生物の内臓に対する抵抗感となるのである。それがもはや存在することを思い出すことすらタブーになるほど深く深く内側へと押し込んでいく。
しかし、それは欺瞞である。大切なものから目を背けさせることだからである。パンドラの箱に残った最後の希望。大事なものを外に出すまいと、かたくなに目を背けていてはその希望を永遠に遠ざけていることに等しいのだ。
そしてその希望でさえも結局はとりあえずの延命装置にしかならない。本当に大事になものは希望のさらに内側まで深く入り込まなくてはお目にかかれない。生きることの本質が深淵の奥底に沈みきった今、そこに人間はたどり着けなくなり、生きる意味を見失った。
人間は今、人生の無目的性の海に投げ込まれ、錆付き、機械と化している。
「誰に言えば助けてくれるの? 誰なら助けてくれるの? 先生? 警察?」
隣の個室から聞こえる弱々しい声。
「そんなことをしても助かるのは明智千鶴だけ。お前は助からない」
「私は明智千鶴だよ」
「役柄に本質を求めるな」
「・・・ねぇ、私はどうしてこんな目にあっているの」
『人間じゃないのはお前のほうだ、機械女っ。それをこれから証明してやる』
ある日を境にあいつは私に牙を向く。今のお前への仕打ちはその延長線上でしかない。
「これ以上の絶望なんてあるの?」
隣から無気力な声が漏れてくる。
「ある。まだ希望があるなら、それ以上の絶望もあるはず」
「今この瞬間は絶望しかないのに」
「真の絶望こそが、大事なものに目を向けさせる。深淵の生の本質へ導いてくれる」
お前はまだ、希望にそそのかされて明智千鶴という役柄に支配されている。大切なものから目を背けさせられている。




