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役柄のない”あなた”へ  作者: 山下絶
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絶望

 中庭に足を運んだが、どうやら読書は出来なさそうだ。デコ女がビニール袋を片手にせっせと草むらをかき分けている。透けて見える中身からどうやら昆虫採取にいそしんでいるようだ。


「お前の餌は自給自足なのか」


 デコ女が作業の手が止めて、こちらを振り向く。邪悪な笑みに醜く歪んだ顔は人にもサルにも分類できない凄惨な有様。


「これはお前の友達の餌だよ」

「私に友達はいない」

「感謝してるんだろ? あの哀れな身代わり人形に」

 

 感謝などしていない。私にとって今更平和などなんの意味も教授しない。それを告げることなく踵を返す。


 雑巾のボール、箒のバット、ちりとりのグローブ、男子生徒が簡易野球セットで試合に望んでいる。教室内ではカーリングが催されているようだ。生徒でにぎわう廊下を足早に通り抜ける。相当な激しい場面展開なのだろうが、私の目には全てがゆっくりと映りこむ。スロー再生で舞う雑巾を目で追いかける。音声はミュートしたように、私の脳内には再生されない。同じ空間にいるのに、私の周りだけが世界から切り離されているような感覚。

 今までとなんら違いはないはず。しかし、交じり合うことのない激しい温度差の中を進みながら、私は久々に自分から誰かに声をかけたことに気がついた。意識していなくても今の環境の変化が私に何がしかの影響をもたらしているのかもしれない。

 唯一私の世界にあの哀れな探偵君が干渉している。


 探偵君は名前に似合わず尾行が苦手なよう。滑稽な有様に少し笑みが漏れる。

 下校途中、直接家に帰らず途中で公園に立ち寄る。ブランコに座り、彼女の出方を待つ。彼女は塀の向こう側から出てこない。いや、頭上だけならもう登場しているのだけれど。埒が明かない。


「用事があるならはやくして」


 塀越しでもひどく動揺したのが確認できる。どうするべきかしばらく考えた後に、ようやく観念して姿を現した。


「ごめんなさい」

「謝るな」

「え、でも付回したりして」

「謝るな」


 ピシャリと相手の発言を遮る。私は別に何も気にしていない。謝罪を求めるつもりは毛頭ない。それでも謝罪をするというならそれは自分が許されたいだけの自己満足。

 探偵君は何も言わずにただ黙ってその場に立ち尽くす。退屈になってブランコをこぎ始める。


「倉永さんはありますか、希望」


私は希望が・・・。


「ない」

「生きるための希望」

「そんなものはない」


私は希望が憎いのだ。


 またしばらく沈黙。

 あたりはすっかり暗くなってきている。さきほどまで意気揚々と騒いでいた子供たちはまだ遊び足りなさそうではあるものの、有り余る力を抑えつつそれぞれの家に向かって口惜しそうに解散していった。


「じゃあね、だって」


 私が話しかけても探偵君は口を開かない。普段とは逆の構図になる。


「また明日も会えることが当然のように思ってる。そんな別れのあいさつ」


 投げかけたセリフは虚しい独り言へと変わる。そこから聞こえる音は自分のこぐブランコの金属の軋む音のみとなる。しばらくしてようやく探偵君が、私は希望が欲しい、と訴える。


「へぇ」

「倉永さんも本当はそうなんでしょう」


私は希望が憎いのだ。とてつもなく憎いのだ。


「私にはいらない」

「これ描いたの倉永さんでしょ」


 彼女はくしゃくしゃになった紙を広げる。いつの日か書いていた「積み石の刑」だ。


「同じような絵が机の中に入ってた。この下手くそな絵、倉永さんしかありえない」


 お前に私の絵の何が分かる。


「私には希望がないと生きられないの。この男とは違って」

「希望が生きる意味にはなりえない」


 彼女が求めている答えを私は知っている。以前の私が求めていたもの。

 ブランコをこぐのをやめる。あたりが静寂に飲み込まれる。いくら耳を澄ませど、かすかな摩擦音が時折聞き取れる程度。静まり返った空間で静かに息を吐く。


「必要なのは絶望」


 立ち上がり一気に公園の入り口まで駆け出す。入り口のところで振り返り、大声で別れを告げる。


「さようならっ」


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