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役柄のない”あなた”へ  作者: 山下絶
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原石

 屋上で拘束されている。

 普通の人なら少し違和感を覚えるかもしれない文面。昼休みには和気藹々と談笑を交えながら昼食にありつくもの、普通ならね。

 でも私は違う。私にはこれこそが普通。抵抗しないとわかると機械たちがアームをはずして私を解放する。


「調子はどうだ、人間になれそうか?」


 前髪をヘアピンでセンターに分けたショートカットの少女が私に対しアクセス認証を行う。うるさい、このデコ女。当然、アクセス拒否。


「まだまだ人間にはなれそうもねぇな、こりゃ」


 人の声に似た雑音が流れているけど多分気のせい。

そこに昨日名乗り出た少女が連れてこられる。なんだか探偵みたいな名前だった。明智なんたら。

 探偵君は言われるがままにカッターナイフを手に持たされ、それを私のほうに向けるように誘導される。彼女がためらう素振りを見せると、とたんに周りの取り巻きたちががなり立てる。デコ女がそれを制し、探偵君に静かに歩み寄る。

 デコ女は探偵君のスカートを大胆に捲り上げ、太ももに手を置く。よくみると探偵君の太ももには切り傷のようなものが確認できる。デコ女は完治していない傷口に強引に人差し指をつき立てて穿り回す。探偵君は大パニック。


「よくきけ転校生。痛いだろう。それが生きてるってことだよ。目の前の機械にも人間の心が宿るように生きてるってことを教えてやりな」


 そんなことで生きてることが実感できるなんてうらやましい限りだ。


 痛みを感じることは生きていることの必要条件であって、十分条件じゃない。つまり、不十分なのだ。


 例えば痛覚を感じるときと同じ電流を脳内に発生させることが出来るのなら、その脳の持ち主にとっては実際に痛覚を伴ったのか、脳内の電気信号のパターンがたまたま一致したのか区別がつかない。機能的に等価なのだ。理論を推し進めれば水槽に浮かんでいる脳も人として生きているのと同じと言う言い分。

 まったくおめでたい。痛覚に限らず、脳が感じるいわゆる五感はすべからくこの世界を正しく反映しているとは言わざるべき。水槽に浮かぶ脳が何者かの電気信号を受け取り、あたかもその感覚を感じているように思わせられているだけなのかもしれないし、さらに神秘主義的な議論の余地があるのなら、人智を越えた神だの悪魔だのに悪い魔術で騙されているだけなのかもしれない。

 なんにしても五感でもって生の実感を得られるだなんて、浅知恵のおろかな勘違い。

 そもそもこいつらデコ女どもはただ人を痛めつけたいだけ。それ以上の行動原理はなく、今の発言も口からでまかせのオマケもいいところ。そんなところに大げさに論理武装して踏み込む必要もないか。

 気づけばもうすぐ目の前に探偵君がいる。その怯えた目に映る無表情な私。刃物を所持する少女は体をこわばらせ、周囲の意思に抗おうとする。

それを取り囲む無機質なオーディエンスども。お膳立てはばっちりだ、さぁ後は高みの見物だとばかりに観戦モード。デコ女がほえる。


「やれ、転校生っ」


 くだらない。何をためらう必要がある。自分以外の人間に刃物をつきたてるのがそんなに難しいことなのか。他人の痛覚は自分の脳に知覚されない。つまり、本当に痛がっているとも痛がっていないとも究極のところ判別できない。いくら、その悲痛な表情、全身に力がこめられている身体表現、あふれ出る血流、それらのものがどれほどのリアリティーを帯びていようと、それが痛みを感じているかは自らの実体験による類推にすぎない。他者が痛がっているか否かは判別が出来ない限り機能的に等価なのだ。どちらでもかわらないのだ。

 その場にくず折れる探偵君。まぁ無理も無い。そうなることはあまりに自然な流れで、それにすら興味を抱けない。しかしその先の展開に私はまどろみからたたき起こされるような衝動を受けた。

 彼女は大声を上げて泣いていた。どうすることもかなわず、それでも必死に抗おうと内側から湧き上がる生命の活力が内部に収まりきらずに流々と外にあふれ出す。力強く迸る生の情動。

 錆びた鎖に囚われ、身動きすることすら忘れていた感覚が呼び覚まされる。

これが生きるということなのか?

 いや、それは違う。それはずいぶんと昔に否定した生き方じゃないか。それでも、目の前の少女の凄惨な叫びに心を振るわされてしまったことは疑いようがない。

 あまりに直球な少女の訴えに周りのオーディエンスたちはどう反応していいか分からずお互い目と目で各自の出方を確認していた。そんな中、大声で泣き喚く彼女に負けないくらいに大声で腹を抱えて笑っていたのがデコ女ともう一人、私だった。

 久々に実感した生の本質的側面。かつて私が乗り越えてきたあまりに大きな障壁。過去への郷愁に取り憑かれ、ふと蘇った感情の残骸を私は笑いとして吐き出していた。

 そんな私に探偵君が泣きじゃくりながらしがみついてくる。


「どうして笑ってるの。私、あなたの希望を奪わないために、」


 彼女が言い終わらないうちに私はその顔面を力いっぱい殴り飛ばしていた。私の希望?

 そんなものは必要ない。必要のないものを押し付けておいて上から目線で何様。

 デコ女は愉快でたまらないらしい。


「なぁみんな、見たか今の。機械が人間になった瞬間だ。ついに自分の感情で動いたぞっ」


 ここは盛り上がる場面だという印象が付けられる。周りからワンテンポ遅れて歓声が上がる。デコ女は床に突っ伏している探偵君の顔を踏みつけ、


「ダイヤの原石を掘り当てちまったようだ」


 そう言っていつも以上に勝ち誇った顔をしながら私のほうを睨みつけていた。


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