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役柄のない”あなた”へ  作者: 山下絶
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旋律

 もう、いいじゃないか。ようやく認めてもらえたんだ。もうこれ以上犠牲を払う必要はどこにもないだろっ。

 それは違う、倉永彩香は殺さなければいけない。私の生を否定したのだ。死で持って償わせる。あいつの死が私の生を肯定しうるのだ。

 私の中の相反する二つの声に思考が右に左に振り回される。何が正しくて、何が間違っているのか? そもそもそんな基準は誰が決めるの?

 永田涼奈は答えない。代わりに“私”が答える。

 この世に絶対的なものなんてない。分かってるんだろ。もし真偽の線引きを行えるものがいるとすれば、それは私の生きる世界には私しかいない。

 何が正しくて何が間違っているかは私が決めることだ。社会でも、その社会が生み出した役柄でもない。お前は黙っていろ。

 永田涼奈は反論できない。彼女はどんどん遠ざかっていく。思考の中の住人はただ一人私だけになる。


 倉永彩香は殺さなければならない。これは決定事項だ。


 ピクリとも動かないでいた永田涼奈の目の色が変わり、再び狂気の色が灯る。プツッという短い音と共に音質の悪い倉永彩香の声が校内に響き渡る。


「聞こえているか、デコ女。今からお前の間違いを否定してやる」


 はん、しゃらくせぇ。間違っているのはお前のほうだ、機械女。


「こんな静かな校内じゃ戦闘意欲が削がれるだろう。盛り上げさせてもらう」


 校舎内に激しいロックバンドの曲が流れる。人間の凶暴な側面を刺激するデスヴォイス。ギター、ドラム、ベースにキーボードと、各楽器が我先にと音律を主張する。

 粋なことするじゃねぇか。のってきたぜ。


 ひとっ飛びに放送室の前まで駆け出す。周囲を確認するが待ち伏せしている様子は無い。放送室の扉を蹴破るが倉永彩香の姿はない。念のために死角になる隠れられそうなところはひとしきり探したが放送室はもぬけの殻だった。

 やつの射撃スキルのことを考えれば、真っ向から撃ち合うことはまずありえない。ましてや、やつに与えた弾は8発。そのうちに確実に記憶してるだけでも7発の銃声を確認している。残り一発、使うなら待ち伏せがセオリーなはず。だとすれば、校内をやかましいBGMで満たしておけば、音を使って潜伏先を割り出すのは難しくなるだろう。別にそれぐらいのハンデならくれてやっても良かったが、曲の趣向を変えてみようか。

 開けっ放しの放送室用CDケースの中から適当に一枚選び取る。

校内を悲しげなピアノの演奏が流れ始める。ヴォリュームを最小にして、ほとんどかかっているのかどうか分からないレベルにしておく。お膳立てを済ませ、放送室を後にする。

 出てすぐの廊下の床に小さな血痕を発見する。よくみなければ見落としてしまうところだった。詰めが甘いな。それともこれも計算のうちか? なんにしても次で決着をつけるつもりだな。

 くくくっ、喉を鳴らし、かすかな痕跡を頼りに倉永彩香の後を追う。とぎれとぎれではあったが血痕は私をある場所へと導いた。その先に待ち受けるのはトイレだった。念のために周辺はくまなくチェックしたが、ハズレ。あたりはきっとこの中にいる。待ち伏せるなら、個室か、掃除用具を入れるスペースも考えられなくは無い。

 トイレの扉をほんの少し開く。ぎぎぎ。立て付けの悪い戸が不愉快な音を発する。片方のヘアピンをはずし、扉のすきまから中に投げ入れる。


 カラン、カラン、バンッ!


 ヘアピンの転がる音につられて、銃声が後に続く。あたりだっ。

トイレの扉を勢いよく開ける。みると、奥側から二番目の個室の扉とその直線状の壁に穴が開いている。あそこかっ。


「案外、単純な手に引っかかるんだな」


 私はずかずかと倉永彩香のいる個室の前に立ちはだかる。


「廊下の消火器が一本なくなってたんだ。どうしてだろうなっ」


 奇襲が来ることを分かっていたらそんなもの、どうってことはない。たとえ扉から飛び出して消火器を吹き付けてこようたってあたりっこない。かまわず個室に向けて銃弾を浴びせてやる。


「私の勝ちだ。この機械女ぁあっ」

「機械なのはお前のほうだ」


 突如、目の前が真っ暗になる。眼球にはち切れんばかりの痛みが走る。喉元に冷たい風がどっとおしよせ、激しくむせ返す。


 何が起こったのか理解できなかった。


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