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役柄のない”あなた”へ  作者: 山下絶
11/17

開幕

 トイレで読者をしている。実に優雅な穏やかな時間。そこに突如響き渡る小さな爆発でも起こったかのような爆音。目を丸くして、個室から転がり出る。


「あっははは」


 愉快な笑い声に包まれて、なんだか言いようのない安心感を覚えた。


「お前な」


 明智千鶴は今日もご機嫌である。


「もういっちょ、いっとく?」


 千鶴は得意げに風船を膨らます。膨らんでいく赤い風船を無理やり両手で押さえつける。千鶴に自分の息が逆流し、髪が乱れている。そのまましぼんだ風船をポケットにしまいこむ。いつの日か仕返ししてやろうと思う。


 永田涼奈が入ってくる。その瞬間に緩やかなムードは一気にしらけてしまう。


「なるほど。結構、結構」


 永田涼奈はトイレを出ていこうとする。


「おい、用があるんじゃないのか、デコ女」

「もうすんだよ」


 永田涼奈はその場から立ち去る。


「もうすんだ、ってどういうこと?」


 千鶴に聞かれても答えようが無い。私たちへの仕打ちがってこと?


「さぁ、素直に喜んでもいいんじゃないか?」


 平和な時間は今のうちだけかもしれない。今はそのことに素直に喜べばいい。


 寂れた廊下を歩きながら教室を目指す。いつもと何も変わらないまったく同じとおりに。ただし、時間帯はまるで違う。深夜の校舎内は非常に静まり返っている。自分の歩く足音だけがいやに遠くまで響き渡る。人がいないとこんなにも閑散としたコンクリートの塊に成り下がるのか。


『他人を機械としてみることだって、機械という役柄としてみているようなものじゃない』


 千鶴にそういわれた言葉がずっと心に留まっていた。倉永彩香という役割から解放され私そのものになるということ。私にはこれが全てでそれで満足しきっていた。でも、そうじゃなかった。自分も含め、全ての人間を役割以前のその人としてみること。私にはそれができていなかった。狭い視野で細々と見ていた世界が一気に開けて見えた。目からうろこが落ちる思いだった。

 現に今、人の不在という恐ろしく静寂な活気の無い世界を目の当たりにしている。人が抜けた穴に恐怖と不安が埋まっている。結局どんなに強がってみても、他人のいない世界なんてとても生きてなどいけない。


 教室の扉を開くとそこには千鶴が座っている。いつとも同じ席。私はただ黙って千鶴の背後で立ち尽くしている。千鶴が動くのを今か今かと待ち焦がれている。千鶴が呼び出したのだ。千鶴が次なる目的を与えてくれない限り、私はこんなところにいたってどうすることも出来ないのだ。しかし、一向に動こうとしない千鶴。


「お化けが怖くて失神でもしたの」


 痺れを切らし、話しかけるがそれでもまるで動こうとする気配がない。


「千鶴?」


 不審に思い、目の前に回り込もうとしたとき、後頭部にこつんと何かが当たる感覚。


「動くな」


 わけが分からずとっさに振り返るが、確認が取れるより先に劈くような破裂音と共にそのまま背後に吹っ飛ばされる。地面に強く頭を打つ感覚。しかし、意識はそちらに向かず左肩に集中していた。熱い、とてつもない熱量を帯びている。左肩の内側から何かが突き破ろうとしているような強烈な激痛に思わず歯を食いしばり、うなり声をあげる。


「動くなって言っただろ」


 痛みに耐え、ぎゅっと瞑っている目をかすかに開き、聞き覚えのある声の主を睨みつける。

 永田涼奈。ヘアピンを取り出し、前髪をセンターで分け、いつものポジションで固定する。床に落ちた私のスマートフォンを拾い上げ、


「へぇ、案外新しい機種使ってんだ」


 そんな平凡な感想をボソっとつぶやくと、それを窓から投げ捨てる。


「待ちこがれたよ。機械女」


 白い煙のくゆる銃口を再び私のほうへ向ける。


「痛いか?」

「痛いに決まってるだろっ」

「それが生きてるってことさ」


 月明かりが差し込み、そこでようやく教室の全貌が見て取れた。千鶴は椅子に縄で拘束されている。どおりで動かないわけだ。おまけに口には強力なテープが張られている。

 永田涼奈はどういうわけか拳銃を手にし、私をさげすむような目で見下ろしている。その目には、残忍な色が映っており、明らかな狂気が蔓延している。

 左肩の痛みに震えながら、何とか立ち上がってみせる。もやは体の制御はきかず、何をするにも力が入る。


「お前は間違っているっ」


 そう言われて永田涼奈は懐からもう一丁の拳銃を取り出し。それを私向かって投げつけた。とっさに反応し受け取りはしたものの、ずんっと重い重量に体がのけぞる。想像していたよりもかなり重い。永田涼奈は戸惑う私を見て、低い声で短く笑う。


「どっちが間違っているかはっきりさせようか」


 永田涼奈は片側の口元を釣り上げ、話を続ける。


「私とお前で命を懸けて」

「ばかばかしい」

「逃げたいのなら好きにすればいい。その代わり、」


 永田涼奈は銃口を動けないでいる千鶴に向ける。


「やめろっ」


 私は右手で銃を構える。もちろん撃つつもりはないが、それでも手がプルプルと振るえまるで狙いが定まらない。


「その態度は、逃げずに決着をつけるってことでいいんだな」

「お前に人の命を好きにしていい権利は無いっ」


 外装ばかりのキレイごと、相手の内側に届くわけが無い。


「それは違う。現に私が指一本動かせばこいつは死ぬ。それを私が望むのなら誰にも止められやしない。永田涼奈なら撃てないかもしれない。社会に飼いならされているからな。でも“私”は違う。私は私の意志のままに行動する。私には自分に出来るあらゆる権利を有している」


 銃声。千鶴の足に複数の風穴が開いていく。虚ろな目がカッと見開かれる。口を塞がれ叫ぶことも叶わず、拘束を受け稼動閾の少ない全身で必死にもがいてみせる。


「永田涼奈っ」


 銃口を向け威嚇を続けるが、永田涼奈はまったくひるむことなくこちらに向き直る。


「ゲームスタートだ。どあほうめ」


 永田涼奈はいきなり仕掛けてきた。激しい銃声と耳元をかすめる風きり音が聞こえる中、最優先で教室のドアに体当たりし、廊下に転げ出る。ふとさっきまで自分のいた位置の床に穴が開いているのを見つける。あと少し動くのが遅かったら・・・。考えるのを後にしてとにかく、階段を駆け下りる。


 廊下を駆け抜け、一階の教室に身を潜める。何から考え始めていいのか分からない。永田涼奈は本気で私を殺すつもりなのか。

今更ながら、ずっしりと質量を持つ拳銃に目が奪われる。もし永田涼奈が本気で私を殺そうとしているなら、私はそれに立ち向かう覚悟があるのか。いや、私に人を殺せるはずが無い。


 いつの日かの私が目の前にやってくる。


「何をためらう必要がある。他人の痛みは知覚されない。機能的に等価だ。どちらでもかまわないのだ。はくしてくれ」


 そんなことできるわけない。しょせんは甘い考えだ。そうだ、人を殺すことなんてできるはずがない。


「永田涼奈は言っていた。それは社会に飼いならされているから。倉永彩香は殺せないかもしれない。でも“私”なら殺せる。そうでしょ?」


 だまれっ。


プツッっと短い雑音が入り、校内放送のスイッチが入れられた。


「聞こえてるか、機械女」


 スピーカーから音質の悪い永田涼奈の声が校内に流れている。


「私とお前どちらかが死ぬまで殺しあう、ただそれだけだ。簡単だろ。試合放棄と考えられるような真似をした場合は間違いなくお友達を殺すからよ、どういう場合がそれに当てはまるのかよく考えることだな。それから、校舎から外に出た場合も同じく戦場からの退場、すなわち試合放棄とみなされるから、そこんとこよろしく」


 プツッと短い雑音が入り、再び当たりに沈黙が流れる。


 いつの日かの私が再び語りかけてくる。


「戦う気がないなら、さっさと逃げれば」


 この状況下において、私は不思議と冷静になっている自分がいることに気がつく。どうして、私は戦うのだろうか。相手はたったの一人。逃げ出そうと思えば簡単に外に逃げられるじゃないか。

 そんなことをすると千鶴が殺される。だから、何だって言うんだ。関係ないじゃないか。


『他人を機械としてみることだって、機械という役柄としてみているようなものじゃない』


千鶴のそんな言葉がよみがえる。ここで千鶴を見殺しにして、それでも私はのうのうと生きていられえるだろうか。いや、そんなことできないことぐらいわかってる。


 私はもう千鶴に教えてもらった。今、この瞬間を生きる、ということは人間を役割としてじゃなく、その人としてみること。私は自分にしかそのことを当てはめなかった。自己完結した独りよがりな情けない考え方。

 私は千鶴をその人としてみる。そこには具体的な役名などない。でも、それを失いたくないという思いだけはけして嘘でも、まやかしでもなかった。

 私を役割としてじゃなく、はじめて私として認めてくれたたった一人の友達だ。そして、私のはじめての機械じゃない、本当の人間の友達。


 倉永彩香なら明智千鶴を見殺しにしていたのだろう。でも私は、“私”は“千鶴”を助けたい。また一緒に学校でくだらないことを言って笑いあっていたい。あの笑顔がもう一度みたいっ。絶対に死なせたりするものかっ!

 たった今、逃げだすという選択肢を完全に捨て去った。気づけば、かつての自分はもうどこにも見えなくなっていた。

どうして、永田涼奈はこんなことを。決着ってなんのことだ? そもそも銃なんかどうやって。

 そのとき、遠くのほうでかすかな足音が聞こえた。全神経が音のしたほうに集約する。

 違う、今考えなきゃいけないのはそんなことじゃない。この心底くだらない勝負を理想の形で終着させること。

 やれるだけのことをやるしかない。覚悟を決め、ぎゅっと唇を噛み締める。


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