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十七人目の冒険者 ― 私への道  作者: 智信
第一部

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第07話 共通点

「ここにいる全員が、孤児院の、出身——?」

—— 孤児院出身

 それから、どれだけの時が、過ぎただろう。


 エルシェの問いは、宙に浮いたまま、誰の手にも、拾われずにいた。

 ——なぜ、共通点のない自分たちが、同じ手紙で、集められたのか。

 ——そして、なぜ、閉じ込められたのか。

 答えは、やはり、誰からも出てこなかった。


 部屋には、重い沈黙が、ふたたび、降りていた。

 膝を抱えて座り込む者。

 壁にもたれて、目を閉じる者。

 時間の感覚は、とうに、あいまいになっていた。

 窓のないこの部屋では、外がいまどうなっているのかさえ、分からない。

 魔道具の灯りだけが、変わらず、白々と、全員を照らしていた。


 ——焦っても、仕方がない。

 こういうときは、手元にある事実を、ひとつずつ、並べていくしかない。

 全員が、同じ手紙で、呼ばれた。

 全員が、ここに、閉じ込められた。

 ならば、自分以外の、この十六人のあいだに、何か、つながりがあるはずだ。

 それが見えれば、「誰が」「なぜ」という問いにも、近づける。


 けれど、いくら見回しても、共通点は、浮かんでこない。

 歌い手、踊り手、占い師、文官、巫女——。

 住む世界も、歩む道も、てんでばらばらの十六人。

 ——いったい、どこに、接点があるというのか。


 その沈黙を、破る声があった。


「あの……」


 声のしたほうへ、全員の視線が集まった。

 落ち着いた色合いの服を着た、整った身なりの女性——ピッパだった。

 少し、ためらうように。

 けれど、意を決したように、口を開いた。


「こんなこと、関係ないのかもしれませんけど……。私、実は、孤児院の出なんです」


 ささやかな、打ち明け話のような口ぶりだった。


 一瞬、間が空いた。

 その間を破ったのは、ひとつの声では、なかった。


「——え」


「……私も、です」


 声を上げたのは、白い装束のナリアと、簡素な装いのコルテ。

 ほとんど、同時だった。


「あたしも!」


 日に焼けたシキータが、勢いよく顔を上げた。


「私も、孤児院で育ったよ」


 山あいの宿の仲居、リオナが、ゆっくりと続いた。


 堰を切ったように、声が、重なっていった。

 あちこちで、顔と顔が、見合わされた。


「あなたも?」


「私も」


「まさか、あなたまで——」


 驚きが、さざ波のように、部屋を巡っていった。


 クイナの胸の奥が、小さく跳ねた。

 ——孤児院。

 それは、自分にも、当てはまる。


「……私も、そうです」


 気づけば、クイナも、そう口にしていた。

 嘘では、ない。

 自分は、地方の小さな町の、孤児院で育った。

 ここで黙っているほうが、かえって、不自然だった。


 エルシェが、両手を軽く打ち合わせた。

 ざわめきを、まとめるように。


「待って。……ということは」


 彼女は、ぐるりと、全員を見回した。


「ここにいる全員が、孤児院の、出身——?」


 誰も、否定しなかった。

 ひとり、また、ひとりと、頷いていった。

 十七人。

 例外は、いなかった。


「全員が、孤児院出身。……これは、大きな共通点ね」


 エルシェの声が、わずかに、上ずっていた。

 ばらばらだと思っていた十七人のあいだに、いま、たしかに、一本の糸が、通されたのだ。


 クイナは、その光景を、静かに見ていた。

 ——最初に口を開いたのは、あの女性だった。

 落ち着いた色合いの服の、整った身なりの女性。

 この部屋に入ったときから、ただ一人、動じずにいた、あの人。


 けれど、と、クイナは思い直した。

 いま彼女が言ったのは、ただの、自分語りだ。

 勇気を出して、最初に打ち明けた——それだけのこと。

 そこに、疑うべきものは、何もない。


 ただ、見たこと、聞いたことは、忘れない。

 あの女性が、最初に口を開いた。

 その事実も、ほかの細かなことと同じように……

 ——いまは、意味を、つけない。

 ただ、覚えておくだけだ。


 共通点が、ひとつ見つかったことで、強張っていた空気が、少しだけ、ほどけた。

 あちこちで、ぽつぽつと、昔の話が、こぼれ始めた。


「私のところは、山のほう。小さな村の、教会に併さった孤児院でねえ」


 リオナが、懐かしむように目を細めた。


「あたしのは、田舎の、畑ばっかりのところ。子供より、鶏のほうが多いくらいで」


 シキータが言うと、誰かが、ふっと笑った。


「私は……山奥の、小さな教会でした。子供は、私、一人きりで」


 コルテが、伏し目がちに付け加えた。


 聞きながら、クイナは、内心で、ひとつずつ書き留めていった。

 北の、山あい。

 南の、田舎。

 人里離れた、山奥の教会。

 ——どれも、違う。

 場所も、土地柄も、育った人数も。

 まるで、申し合わせたように、ばらばらだった。


「あなたは?」


 ふいに、エルシェの視線が、クイナに向いた。


「私は……地方の、小さな町の孤児院です。ごく、ありふれた」


 クイナは、短く、答えた。

 ——そう、自分のところは、どこにでもある、ふつうの孤児院だった。

 変わった謂れも、何ひとつ、ない。

 なのに、なぜ、自分が、この中に、混じっているのか。

 その違和感だけが、また、胸の底に、薄く、積もっていく。


 話を振られた者が、ひとり、また、ひとりと、自分の孤児院を、語っていった。

 そのあいだ、ピッパは、ほとんど、口を開かなかった。

 誰かが水を向ければ、「ええ」「そうですね」と、短く応じるだけ。

 最初に打ち明けたときの、あの一歩を、もう、踏み出すことはなかった。

 ただ、皆の話に、穏やかに、耳を傾けていた。

 ——勇気を出したのは、最初の一度きり。

 あとは、ほかの十五人と、同じ。

 不安そうな、被害者の一人。

 そんなふうに、彼女は、そこに、いた。


 ひととおり、話が、巡ったころ。

 眼鏡をかけた女性——アネッサが、考え込むように、口を開いた。


「あの……ひとつ、いいですか」


 ためらいがちな声。

 けれど、その目には、どこか、研究者めいた鋭さが、宿っていた。


「みなさんの孤児院、ぜんぶ、違う場所ですよね。北も、南も、山も……。ひとつとして、同じところが、ない」


「ええ、そうね」


 エルシェが、頷いた。


「それが……かえって、おかしいと思うんです」


 アネッサは、指を、軽く組んだ。


「ただ孤児院の出身者が、たまたま十七人。それだけなら、偶然も、あるかもしれません。でも——これだけ、ばらばらの土地から、孤児院で育った人ばかりを、わざわざ、十七人」


 言葉が、途切れた。

 部屋の空気が、すっと張りつめた。


「それは、もう……偶然じゃ、ないですよね。誰かが、選んだんです。私たちを——『孤児院の出身者』だからって」


 しん、とした。

 何人かが、はっと息を呑んだ。


 ——選んで、集めた。

 その言葉が、ずしりと、落ちてきた。


「でも……なんで?」


 モアが、訥々と呟いた。


「なんで、孤児院の子ばっかり、選んで……こんなところに、集めたりするの」


 誰も、答えられなかった。


「心当たりの、ある人は?」


 エルシェが、見回した。

 誰も、口を開かなかった。

 ただ、首を、横に振る者ばかりだった。

 孤児院で育ったこと、そのほかに、互いをつなぐものは、何ひとつ、思い当たらない。

 なぜ自分が選ばれたのか、見当も、つかない。


「……分からない、わよね」


 エルシェが、小さく息を吐いた。


「選ばれた理由も。集めた人が、誰なのかも。何ひとつ、ね」


 クイナは、目を伏せていた。

 ——あの人の言う通りだ。

 偶然で、片づけられるものではない。

 遠く離れた土地に、ひとつずつ散らばっていた孤児院。

 そこから、孤児院育ちの者だけを、選り抜いて、ここへ。

 そこには、明らかな、選別の意志がある。

 誰かが、何かの基準で、自分たちを、選り分けたのだ。


 そして——と、クイナは、思った。

 自分もまた、その十七人の中に、数えられている。

 孤児院で、育った。

 その一点だけは、たしかに、ほかの皆と、同じだ。


 けれど。

 自分は、手紙ではなく、依頼で、ここへ来た。

 自分の育った場所は、特別なものなど何ひとつない、小さな町の孤児院だった。

 ——では、自分は、本当に、彼らと同じ「選ばれた一人」なのか。

 それとも、まったく別の意図で、この中へ、放り込まれたのか。


 考えれば考えるほど、足元が、あやふやになっていく。

 手元の事実は、ひとつ、また、ひとつと、増えていく。

 なのに、答えは、いっこうに、見えてこない。


 選ばれた、十七人。

 誰が、何のために。

 その問いの答えは——まだ、どこにも、見えなかった。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

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