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十七人目の冒険者 ― 私への道  作者: 智信
第一部

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第06話 十七人の名前

「次からは、着いた順に名乗っていくのは、どうかしら」

—— 到着順の自己紹介

 その言葉に、誰からともなく、小さく頷く気配が、広がった。

 名前も知らないままでは、相談ひとつ、できない。

 異を唱える者は、いなかった。


 華やかな衣装の女性は、ひとつ、息を整えると、胸に、手を当てた。


「では、わたしから、名乗らせてもらうわね」


 よく通る声が、円い部屋に、まっすぐ、届いた。


「エルシェ。王都の歌劇団で、プリマドンナをしているの」


 ——あの華やかな装いは、舞台の人のものだったのか。

 通る声も、人前で物怖じしない佇まいも、いまの一言で、すべて、腑に落ちた。


「ねえ、せっかくだから——次からは、着いた順に名乗っていくのは、どうかしら」


 エルシェが、皆を見回した。


「そのほうが、覚えやすいでしょう?」


 その提案に、壁際の女性が、ふっと、口元をほころばせた。

 落ち着いた色合いの服を着た、整った身なりの、女性。

 さっきまで、ただ一人、何も変わらず、静かに立っていた、あの人だ。


「それなら、いちばん最初に着いたのは、私ね」


 穏やかな、大人びた声だった。


「商いを生業にしております、ピッパと申します。……こんなところですが、どうぞよしなに」


 ——最初に、着いていた。

 クイナの裡で、小さな引っかかりが、また一つ、増えた。

 あの不自然な落ち着きと、最初の、到着。

 いまは、意味づけはしない。

 ただ、忘れないように、覚えておく、だけだ。


「次に着いたのは……あなたたちだったかしら」


 ピッパが、近くの二人へ、ゆったりと、視線を向けた。


 装飾の多い、しなやかな身のこなしの女性が、滑るように、身を起こした。


「サリーシア。旅芸人の踊り子で、歌も少々。祭りでも、酒場でも、路の上でも——人のいるところなら、どこでだって踊るわ」


 続いて、眼鏡をかけた、知的な雰囲気の女性が、こくりと、頷いた。

 さっき、あの紋様を「古い書物で見た」と言った人だ。


「あ……アネッサ、です。古い文献や、伝承を……その、調べる仕事を、しています」


 言い終えると、ほっとしたように、肩の力を抜いた。

 好きなことを口にした途端、少しだけ、声に、張りが戻っていた。


 アネッサが名乗り終えると、エルシェが、また引き取った。


「アネッサさんの次に着いたのが、わたし。……ということは、わたしの次は、あなたね」


 エルシェの視線が、白い装束の女性へ、移っていった。


 白い装束を纏った、清らかな気配の女性が、ぴんと、背筋を伸ばした。


「はい。ナリアと申します。旅の巫女として、各地の神殿で、奉納の舞を」


 それから、頬をほんのり染めて、付け加えた。


「いつか、立派な神殿で巫女として、大勢の人の前で舞を奉納するのが……わたしの夢なんです」


 次に名乗ったのは、旅装の、身軽そうな、女性だった。

 真っ先に扉へ駆け寄り、開かないと叫んだ、あの人だ。


「マイラ。気ままな、ひとり旅の冒険者よ。あちこちの神殿を巡って、土地の美味しいものを食べ歩くのが、生きがいでね」


 からりとした、軽い口調だった。


 ——冒険者。

 クイナは、わずかに目をとめた。

 まさか、同じ稼業の者が、この中に、いるとは。


 続いて、日に焼けた、芯のありそうな女性が、訥々と、名乗った。


「モア、です。農家を、してます。いろんな土地の、珍しい作物を……育ててて」


 短い言葉だったが、その一つひとつに、土を相手に生きてきた者の、確かな実感が、こもっていた。


 弦の楽器を背負った、優しい雰囲気の女性が、さばさばと、笑った。


「フィオラ。吟遊詩人をしてる。唄と物語を携えて、旅から旅へ——気ままなものよ」


 清潔な身なりの、生真面目そうな若い女性が、はきはきと、続けた。


「リノと申します! 地方の領主館で、文官を務めております。どうぞ、よろしくお願いいたします!」


 気品ある装いの、優雅な所作の女性が、しとやかに、名乗った。


「アイリーンと申します。さる家に、養女として引き取られて……音楽や、詩を、少しばかり嗜んでおります」


 慎ましやかな、けれど、どこか芯のある声だった。


 日焼けした、活発そうな女性が、勢いよく、手を挙げた。


「あたしはシキータ! 田舎の牧場で、働いてるの。お馬さんの世話が専門! でも、羊も犬も猫も、ぜーんぶ大好き!」


 張りつめた部屋の空気が、その明るさに、ほんの少しだけ、ゆるんだ。


 品のある、和やかな装いの女性が、ゆったりと、微笑んだ。


「リオナです。山あいの里で、宿屋の仲居を、しております。旅のお方をお迎えするのが、いちばんの楽しみですねえ」


 学究的な雰囲気の、若く知的な女性が、てきぱきと、続けた。


「ユーニアです! 王立学院で、助手をしています。こんなところに閉じ込められても……きっと、何かの学びになりますよ。ね!」


 その前向きさに、誰かが、小さく吹き出した。


 黒髪の、神秘的な雰囲気の女性が、ゆらりと、顔を上げた。


「シエラ。……占いを、生業にしているの。タロットで、人の運命を、視るのよ」


 含みのある声が、ふっと空気に余韻を残した。


 胸に本を抱えた、控えめな女性が、消え入りそうな声で、名乗った。


「ミュリエル、です。地方の図書館で……司書を。本の整理や、子供たちへの、読み聞かせを……」


 言い終えると、また、抱えた本を、ぎゅっと胸に押しつけた。


 簡素な装いの、祈るような雰囲気の女性が、おずおずと、続いた。


「コルテ、です。山奥の、小さな教会で……修道女の見習いを、しております」


 胸の前で、そっと、手を組んでいた。


 そして、視線が、最後にクイナへ巡ってきた。

 十六の顔が、いっせいに、こちらを向いた。

 クイナは、ひとつ、息をついて、口を開いた。


「クイナ、と申します。……冒険者を、しております」


 ほんの一瞬、間が空いた。


「えっ」


 声を上げたのは、マイラだった。


「あなたも、冒険者なの?」


 心底、意外そうな顔だった。


「ええ」


 クイナは、短く頷いただけで、それ以上は、言わなかった。


 ——依頼で来た部外者だと、いま明かす気は、なかった。

 収まったばかりの場を、また波立たせて、十六人の警戒を、自分へ向けることはない。

 冒険者が、得体の知れない手紙ひとつで、見ず知らずの集まりへ、やってくる。

 その不自然さには、あえて、触れずにおいた。


 名乗りが、ひと巡りした。

 十七人の、名前と、生業が、ようやく出そろった。

 けれど、それを並べてみても——


 エルシェが、ふう、と息をついた。


「こうして伺っても……みなさん、てんでばらばらね。重なるところが、ひとつも見当たらないわ」


 歌い手がいて、踊り手がいて、占い師がいた。

 文官がいて、巫女がいて、司書がいた。

 畑を耕す者、馬を世話する者、宿で、旅人を迎える者。

 年の頃こそ近いが、住む世界も、歩む道も、まるで違う、十七人だった。


「それなのに……」


 エルシェの声が、わずかに、翳った。


「どうして、こんなにばらばらな私たちが、同じ手紙で、ここに集められたのかしら。……そして、どうして、閉じ込められているの?」


 同じ手紙。

 その言葉に、クイナは、もう一度引っかかった。

 ——皆の手紙は、同じ文面だという。

 けれど、自分の書面は、それとは違っていた。

 待っている人がいる、とも。

 十七人で集まる、とも。

 私のものには、どちらも、書かれていなかった。


 沈黙が、落ちた。

 やがて、誰からともなく、ぽつり、ぽつりと、声が漏れ始めた。


「……正直、怪しいとは、思ったんです」


 コルテが、伏し目がちに、呟いた。


「差出人の名前もない、おかしな手紙で。行くのを、やめようかとも、思いました。……それなのに」


「わたしも」


 サリーシアが、肩をすくめた。


「なのにね。気づいたら、足が、こっちへ向いていたの。自分でも、よく分からないのよ」


「分かるよ」


 リオナが、ゆっくりと、頷いた。


「行かなきゃいけない気が、してねえ。……なんでだか、ねえ」


 あちこちで、頷きが、広がっていった。

 怪しいと、誰もが思った。

 それなのに、誰一人、来ずには、いられなかった。

 その理由を、言葉にできる者は、一人も、いなかった。


 クイナは、その光景を、静かに見つめた。

 ——おかしい。

 これだけの人数が、揃いも揃って、説明のつかない衝動で、同じ場所へ、集まってくる。

 偶然で片づけるには、あまりに、数が多すぎる。

 何かに導かれている。

 そう考えるほうが、よほど、筋が通った。


 けれど、その何かが、見えなかった。


 共通点のない、十七人。

 同じ手紙で呼び集められ、出口のない部屋に、閉じ込められて。

 ——そして、自分だけが、その「手紙」を、受け取っていない。


 クイナは、頭の中で依頼の内容を、そっと確かめた。

 ほかの誰とも違う。

 この違いが、いったい、何を、意味するのか。

 その答えは、まだ、どこにもなかった。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

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