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十七人目の冒険者 ― 私への道  作者: 智信
第三部

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第35話 私の報酬

「——あなたは、ルクスの、おさななじみ、ね」


 その、ちいさな一言が。

 ピッパのこれまでを、やさしく、解き放った。


 ピッパの目から、涙が、とめどなく、あふれ出す。

 こらえることも、忘れて。

 ただ、ぼろぼろと。


「……っ、そう……そう、よ」


 声が、震えて、言葉に、ならない。


「私は……あなたの、あなたの、おさななじみ。……ずっと、ずっと、あなたを、あなたを、迎えに、来たかった」


 ピッパは、くずれるように、膝をついた。

 そして、その両腕で、ちいさなルクスを、強く、抱きしめた。


「——おかえり、ルクス。……おかえり」


 ルクスは、何が、起きているのか、分からない、というように、きょとんと、していた。

 けれど、やがて、その温かさにつられるように……ふにゃ、と、笑った。


「……ただいま?」


 その、無垢な一言に。

 ピッパの涙が、また、あふれた。


 たった一人で、抱えてきた、その重さが。

 いま、腕の中の、ちいさな体温に、すこしずつ、すこしずつほどけていく。

 ピッパは、何度も、何度も、その髪を撫でた。

 ルクスがここにいる。

 そのことを、強く、確かめるように。


 ——気づけば。

 十五人が、ふたりを、囲んでいた。


「ごめんなさい……ずっと思い出してあげることができなくて」


 コルテが、悔しさを振り払うように、笑顔で伝えた。


「あなたの、お名前……今度は、もう、忘れません。ぜったいに」


 リノが、ルクスの手を、両手で、そっと、包んだ。


「ほんとうに……ここに、いるんだ、ねぇ……」


 マイラが、のんびりした声を、涙で、詰まらせた。


「もう……どこにも、行かないで、ね」


 ユーニアが、ルクスの、そばに、ぴたりと、寄り添った。


 誰もが、涙ぐみ、笑い、ルクスへ、手を伸ばす。

 ばらばらの土地で、ばらばらに、生きてきた、十六人が。

 いま、ひとりの、ちいさな子を、まんなかに。

 ひとつの、温かな輪に、なっていた。


 クイナは、その輪を、すこし、外から、見ていた。


 ——よかった。


 心の底から、そう思った。

 自分は、この輪には入れない。

 けれど、それでよかった。

 この光景を、見届けられた。

 ——それだけで、十分だった。


 ふしぎな、気分だった。

 いちばん深く、この部屋で推理したのは、自分なのに。

 その結末の、いちばん幸福な輪のなかに、自分だけがいない。

 ——けれど、それは、不思議と寂しくはなかった。

 欠けていたひとりが、こうして満たされて。

 ばらばらだった円が、ようやく、本当の意味で、閉じていく。

 それを、外から、見届けること。

 それは、たぶん——輪の外に立つ者にだけ、許された、役目であり、特権だった。


 その時。

 ルクスの、おおきな瞳が、ふと、輪の外にいるクイナを捉えた。

 ルクスは、こてんと、首を、かしげる。

 ——知らない、おねえさん。

 その顔は、そう、言っていた。

 当然だった。クイナは、あの日、あの場所に、いなかったのだから。

 それでも、ルクスは、にこ、と笑って、ちいさく手を振った。

 クイナも——ほんの少しだけ口元をゆるめて、小さく振り返した。


 そして、時間が経ち、皆が落ち着いた頃。

 ピッパが、ルクスをそっとシエラたちに預けて、そして——クイナの、ほうへと向き直った。


 その顔は、涙に、濡れていた。

 けれど、そのまなざしは、どこまでも澄んでいた。


「クイナ」


 ピッパが、名を呼ぶ。


「……本当に、ありがとう。私たちを、ここまで、導いてくれて」


 クイナは、静かにピッパを見返した。


「あの時、あなたに言いましたね。——『あなたを、選んで、正解だった』と」


 ずっと、宙に浮いたままだった、問い。

 ピッパは、ゆっくりと答えはじめた。


「この儀式を、もう一度、なぞるには——十七人目が、必要だったの」


 クイナは、その声に、深く耳を傾けた。


「そして、ルクスの存在を、みんなに、思い出してもらうための……先導役が、必要だった」


 懺悔のような口調だった。


「でも、それは、私では、だめだった」


 クイナは、ピッパの瞳を、深く見つめた。


「だって、私は——もう、ぜんぶ、思い出して、しまっている。何も覚えていない、みんなにとって、そんな私は、ただの……異物でしか、ないの」


 ピッパも、クイナの瞳から、目を逸らさなかった。


「私が、どれだけ『ルクスがいた』と、訴えても、きっと、純粋には、受け入れて、もらえない。……心の底からは、信じて、もらえない」


 クイナは、ただ、黙って、聞いていた。


「だから——あなたに、来てもらったの、クイナ」


 ピッパの声に、確かな、熱が、こもる。


「何の、先入観もない、部外者。なのに、誰よりも、鋭い目を、持つ人。……あなたの、その記憶力と、推理に、私は、賭けた」


 あぁ、そうだったのか、とクイナの心の水面が震えた。


「そして——その賭けに、私は、勝った」


 ピッパは、もう一度、深く、頭を、下げた。


「本当に、本当に、ありがとう、クイナ」


 この人と私は同じだ。


「だから、私は……あなたなら、必ず、見つけてくれると、信じられたの」


 頭を、上げて。

 ピッパは、もう一度、クイナの目を見た。


「……あなたも、ずっと、一人で、その目で、世界を、見てきたのね」


 それは、問いでは、なかった。

 ——たった一人、世界の中で、ひとりの少女を、覚えていた。

 ——たった一人、この部屋で、ひとりの少女を、探していた。

 その人にだけ分かる、静かな共感だった。


 クイナは、すぐには、言葉を、返さなかった。

 ただ、その感謝を、静かに胸の奥で受け止めた。

 ——淡々と。

 けれど、確かな手応えが、そこにあった。


「……いいえ」


 ようやく、クイナは、口を、開いた。


「私は、依頼を、受けて、それを、果たした。それだけ、です」


 けれど、その声は。

 いつもより、ほんの少しだけ、やわらかかった。


 ピッパは、その不器用な答えに。ただ、やさしく、微笑んだ。

 その微笑みが、何よりの、ねぎらいだった。


 再会の輪が、ふたたび、笑い声に、包まれていく。

 その光景を、見つめながら。

 クイナは、心の中で、すべてを、ひとつずつ、整理していった。


 ——二十年前に誰の記憶からも、消されていた、ひとりの子。

 その子のことを、たった一人、思い出した人がいた。

 あきらめずに、何年も、何年も、準備を続けた人がいた。

 ……あきらめなかった人がいた。

 ただ消えてしまった幼なじみひとりのために、世界の理不尽そのものへ抗い続けるなど、ほんとうに、気の遠くなるような道のりだったはずだ。


 ——そして、十五人。

 忘れることを強いられ、遠い土地へ引き裂かれてもなお、それぞれの胸の底に消えずに残っていた小さなぬくもり。

 そのぬくもりに眠っていた、ばらばらの記憶のかけらを、ひとつずつ、ひとつずつ、手繰り寄せて。

 そして、ここまで、辿り着いた。


 ——私は。

 誰の記憶にも、いなかった。

 ほんとうの、部外者だった。


 けれど。


 ——部外者だったからこそ。

 みんなが、見落としていた『もう一人』を。

 外から、冷たく、見つめることで、推理で、論理で、証明することができた。


 消された存在を。

 言葉と、筋道だけで、手繰り寄せる。

 その手伝いが——できた。


 ずっと、疎ましいと思っていた、この記憶力。

 ——誰かを、取り戻すために、使われた。


 それは、たぶん。

 クイナが、ずっと、知らないまま、探していた、答えだった。

 ひとつも、忘れられない、この記憶力が、いったい、何のためにあるのか。

 ——誰かが、忘れ去られて、しまわないように。

 誰かが、消されたまま、終わって、しまわないように。

 そのために、あったのだ。

 そう、いま、はじめて思えた。


 クイナは、そっと懐の依頼書に触れた。


 ——私にとって、これは。

 依頼、だった。

 そして、その依頼は。


 ——いま、確かに、果たされた。


 ちいさなルクスが、きゃっきゃと、笑っている。

 その声を、聞きながら。

 ——もう、この子を、誰も、忘れない。

 二十年前に断ち切られた糸が、いま確かに結び直されたのを見届けられたことが、クイナには、何より誇らしかった。


 クイナは、胸の内で、そっと、結んだ。


 ——冒険者は、あきらめなかった、と。

これにて第三部の終了となり、クイナの物語も終演となります。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

次はエピローグになりますので、できればお付き合い、よろしくお願い致します。


今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

評価・ブックマークで応援いただけると嬉しいです。

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