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十七人目の冒険者 ― 私への道  作者: 智信
第三部

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第34話 あの子の思い出を

「ひとつの名前が、一斉に、戻ってきた」

—— 名前の復活

 ピッパの告白が、終わっても。

 部屋には、まだ、あの祈りのような声の余韻が、漂っていた。


 ——彼女を、取り戻すために。


 その願いが、ひとつ、またひとつと、十五人の胸の奥で眠っていた、記憶の扉を、叩いていく。

 ピッパが、長い年月をかけて守り抜いた想いが呼び水になって、忘却の枷の下で凍りついていた記憶が、いま静かに、溶けはじめていた。


 最初に、口を開いたのは。

 祈るような佇まいの、コルテ、だった。


「……思い出しました」


 その声は、小さく。けれど、確かだった。


「こわくて、みんなで、手を繋いで、祈った時。私の、となりで。あの子も、ちいさな手を、合わせて。……一緒に、祈って、くれた」


 その、瞬間。

 部屋の中央——古い魔法陣の、そのまんなかに。

 ちいさな、光のかけらが、ひとつ、灯った。


 クイナは。

 その光景を、輪の、すこし外から、見ていた。

 ——自分は、あの日の記憶を、持っていない。

 だから、この輪には、入れない。

 けれど、その目は、まっすぐに、魔法陣のまんなかに灯った光を、見つめていた。

 この奇跡をたぐり寄せたのは、ほかでもない、自分の積み上げた推理だった。

 なのに、その輪の中に、自分の居場所だけが、ない。

 ——それでも、クイナは、目を逸らさなかった。


「私も」


 本を抱えた、ミュリエルが、続く。


「私の、お話を。いちばん前で、目を輝かせて、聞いてくれた。『つづきも、ききたい』って。……あんなに、うれしそうに」


 ふわ、と。

 光のかけらが、もうひとつ、増えた。


「私、タロットカードを、引いてあげたの」


 黒髪のシエラが、目を、細める。


「出たのは——『太陽』。あの子、ぱあっと、顔を輝かせて。何度も、何度も、笑ってた」


「私の、種を、見て」


 モアが、訥々と。


「『ちいさいのに、おおきくなるんだね』って。……ほんとうに、うれしそうに」


 ひとつ、またひとつ。

 語られるたびに。

 まんなかの光は、すこしずつ、数を増し、明るさを、増していく。


「私の、舞を、見たあと」


 ナリアが、そっと。


「そう。あの子、自分から、名前を、教えてくれたの。高い、はずむような声で。『また、踊ってね』って。くるくる、回る真似を、して」


「口笛を、教えたら」


 サリーシアが、おっとりと、笑う。


「一生懸命、真似して。……音が、出なくて。二人で、笑ったわ」


「私の、指人形のお話に」


 アイリーンが、やわらかく。


「いちばん、夢中に、なって。一緒に、物語の続きを、作ってくれた」


「私が、魔法陣の模様を、なぞってたら」


 マイラが、のんびりと、けれど、その目に、涙を浮かべて。


「隣で、いっしょに、おなじ模様を、なぞってた、なぁ」


「私のミサンガ、綺麗だねって、言ってくれた」


 ユーニアが、指先を、見つめる。


「『どうやって編むの?』って。……私が、こうだよって、教えてあげると、一生懸命に、編み方を覚えようとしていて」


「こわがってた、あの子の、頭を」


 リオナが、ゆったりと。


「私、撫でてあげたの。『だいじょうぶ』って。……そしたら、ふにゃって、笑って」


「あたしの、お守りを、見せたら」


 シキータが、唇を、噛んで、笑った。


「『ふわふわ?』って。動物の話で、盛り上がったんだ。……ちっちゃい子、なのに。目が、きらきら、しててさ」


 光は、もう。

 まんなかで、はっきりとした、かたまりに、なっていた。

 やわらかく、脈打つように、ゆれている。


「私の、歌に」


 エルシェが、胸に、手を当てる。


「『うた、きれい』って。一緒に、サビを、口ずさんだ」


「『ひかり』の字を、書いて見せたら」


 リノが、静かに。


「『もじ、おどってる!』って。……あんなに、無邪気に、感心してくれた子は、いなかった」


「私の、リズムに」


 フィオラが、指で、とん、と膝を打った。


「もうひとつの、メロディを、口ずさんで。合わせて、くれた。……指先が、合った、あの瞬間」


 そして。

 最後に。


「私が、碑文を、読んでいたら」


 アネッサが、眼鏡の奥の目を、潤ませた。


「隣に、来て。一緒に、ずっと、眺めてた。……自分の『好き』を、共有してくれた子。それが、私の、——あの子の、記憶」


 その言葉が、落ちた、瞬間。

 まんなかの光が——ぐっと、強さを、増した。

 ばらばらだった、かけらが。ひとつに、寄り集まって。

 ——人の、輪郭を、描きはじめる。


 けれど、まだ。

 その姿は、ぼんやりと、揺らいでいた。

 最後の、ひとかけらが。足りなかった。


 ——その時。


 ずっと、黙って、立っていた、ピッパが。

 静かに、前へ、進み出た。


「……最後は、私ね」


 ピッパは、まんなかの光を、見つめた。

 その目に、長い年月の想いが、にじむ。


「私は、ひとりぼっち、だった。裏庭の、隅っこで。いつも、ひとりで、遊んでた」


 まんなかの光に、語りかけるように、伝えていた。


「そんな私に。あの子は、ある日。『なにしてるの?』って、話しかけてきたの。……なんの、理由も、なく」


 それは、記憶の中の、あの子に語りかけるように。


「それから、私たちは。いつも、二人で、いた。くだらないことで、笑って。……あの子は、私の、たった一人の、幼なじみに、なった」


 ピッパの声が、震える。


「あの日。祭壇で。代償に、選ばれたのは——私、だった」


 振り絞るように。


「こわくて、動けない、私を。あの子は——庇って、前に、出た」


 心の奥からの声で。


「その瞬間。あの子は、私の代わりに。世界から……消えた」


 ピッパの頬を、涙が、つたう。


「あの子を、覚えているのは、世界で、私、ひとり、だけ、だった。……だから、決めたの。何年、かかっても。絶対に、取り戻すって」


 その想いの、ありったけを、込めて。

 ピッパは、まんなかの光へ、両手を、差し伸べた。

 今日までの彼女は、たったこの一言を、言うためだけに、生きてきたのかもしれなかった。


「——おかえり」


 その、瞬間。

 最後の、ひとかけらの光が。

 ピッパの手から、こぼれるように、まんなかへ、加わった。


 光が——人の、形に、なる。

 ちいさな。幼い、女の子の、姿に。


 その姿を、十六人が、見た、瞬間。


 ——かちり、と。

 何か、最後の鍵が、外れる音が、した。


 名前だけは、ずっと、思い出せないままだった。

 顔も、声も、思い出しても……その名前だけは、誰の口にも、のぼらなかった。

 それは、世界から、消されたかのようだった。

 名前を奪われた、顔のない『あの子』。

 それが——いま。


 光の姿を、見つめる、十六人の胸の奥に。

 ひとつの名前が、一斉に、戻ってきた。


 どこか遠くで、鐘の音が——鳴った。


 誰が、言い出すでも、なかった。

 ただ、戻ってきたその名前が、十六の唇から、自然に、こぼれ落ちた。


 そして。

 十六の声が、ひとつに、重なった。


「「「「「「「「「「「「「「「「ルクス」」」」」」」」」」」」」」」」


 その名が、呼ばれた、瞬間。


 まんなかの光が、はじけた。

 不意の閃光に、閉じてしまった瞼をあげると、そこには——ちいさな、女の子が、立っていた。


 きょとんと、した顔で。

 何が、起きたのか、分からない、というように。

 きょろきょろと、まわりを、見回している。


 ちいさな手が。

 ちいさな足が。

 とくとくと脈打つ、いのちが。

 たしかに、そこに、あった。

 二十年前、世界からまるごと消し去られたはずのその子が、いま、誰の目にも見える姿で立って、息をしている。

 ありえない、はずのことだった。

 ——けれど、それは、確かに、起きていた。


 誰も、声を、出せなかった。

 夢を、見ているような。

 その奇跡に、十六人は。ただ、見入っていた。


 ——クイナも。

 輪の、外で。息を、するのも、忘れて、立ち尽くしていた。

 消されたはずの、ひとりが、いま、確かに、そこにいる。


 やがて、その子の、大きな大きな瞳が、ひとりの女性に——ぴたりと、止まった。


 ピッパ、だった。


 こてんと、首を、かしげて。

 それから、にこっと、笑って、言った。


「——あなたは、ルクスの、おさななじみ、ね」


 ピッパの、目から。

 涙が、あふれ、こぼれ落ちた。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

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