第33話 告白
ピッパが、自分こそが、すべてを仕組んだのだと、認めた。
その告白の余韻が、まだ、部屋に、重く、漂っている。
クイナは、静かに、口を開いた。
「あなたが、皆さんを集めた。……それは、分かりました」
けれど、と、クイナは続ける。
「ひとつ、分からないことが、あります。あなたは、さっき、言いましたね。——『私を、選んで、正解だった』と。あれは、どういう、意味ですか」
ピッパは、ゆっくりと目を伏せた。
そして、何かを、心の中で確認したあと、また、その目を上げた。
その瞳には、もう、つくられた柔らかさはなかった。
「……それを、分かってもらうには」
その静かな声が、紡がれる。
「——始まりから、話さないと、いけないわね」
ピッパは、クイナを、そして十五人を、ゆっくりと、見渡した。
「まず——みなさんを、騙すような形で、ここへ集めて。そして、閉じ込めて、しまって。……ほんとうに、申し訳ありませんでした」
ピッパが、深く、頭を下げる。
「でも。これは、どうしても、どうしても必要なことだったの。……どうか、どうか最後まで、聞いてください」
誰も言葉を発しなかった。
ただ、ピッパの、次の言葉を待っている。
「はじまりは。——こことは、違う場所。そこに、私たち、そう私たち十七人が連れてこられたこと」
その数字に、何人かが、息を呑む。
——十七人。
いまこの部屋にいる十六人に、あのもうひとりを足した数。
「いくつもの、孤児院から。私たちは、ある儀式のために、集められて。そして、閉じ込められた」
ピッパが、ひと呼吸、置く。
「その儀式は——聖女召喚の儀式」
「……聖女召喚」
アネッサの唇から、かすれた声が漏れた。
「あの、碑文に……あった、言葉」
ピッパは、小さく頷いた。
「儀式は、滞りなく、進んでいった。……そして、最終段階に、入った時。それは、起きたの」
その声が、わずかに、硬くなる。
「聖女召喚の儀式には。代償として、差し出すものが、あった」
誰かが、息を呑む。
「……碑文の、『等価交換』と、同じ」
誰かが、つぶやく。
——何かを差し出して、その代わりに、何かを得る。
冷たい、決まりごと。
「ええ」
ピッパは、目を閉じた。
「差し出す、代償。——それは。誰か、ひとりの、存在」
部屋が、ざわめいた。
「そして……その代償に。『私』が、選ばれた」
息を呑む音が、いくつも、重なる。
「消えたく、なかった。……こわかった。だから、私は、それを、拒んだ」
ピッパの声が震える。
「そんな、私を。——『彼女』が、庇ったの」
——彼女。
その言葉に。
部屋じゅうの空気が、張り詰めた。
「彼女が、私の、私の前へ出た。その瞬間——代償の対象が。『私』から、『彼女』へ、そう『彼女』へと、変わってしまった」
ピッパの言葉に、全員の呼吸が止まった。
「でも」
ピッパの顔が歪む。
「代償が、すり替わったことで。儀式は……不完全なまま、発動して、しまった。そのひずみが——」
今にも涙が溢れそうな顔になる。
「——そのひずみが、私たちを、ばらばらに、引き裂いた。——残された私たちは、それぞれ、遠い土地へと、飛ばされた。……記憶を忘れるという、『枷』とともに」
——記憶を忘れるという、『枷』。
その言葉に。
何人かが、はっと、胸を、押さえた。
ずっと、分からなかった。
なぜ、あの一日を、忘れていたのか。
その答えが、いま、当人の口から、告げられた。
「そして」
ピッパの声が、いちだんと、低くなる。
「『彼女』だけは——消えた」
しん、と。
部屋が、静まりかえった。
「世界は。彼女の存在を、まるごと、削除したの。その身体だけじゃ、ない。——みんなの、記憶からも」
誰も、動けなかった。
あまりに、重い、その真実に。
ただ、押し潰されそうに、なっていた。
クイナの胸の奥でも。
積み上げてきた、いくつもの違和感が、いま、ひとつの答えへと収束していた。
——もう一人、いた。
誰の記憶にも残らず、それでも、皆の中にいた、あの子。
その子は、忘れられたのでは、なかった。
世界そのものから、消されたのだ。
ピッパは、ふたたび、口を、開いた。
「転移した先で、私は新しい孤児院に入りました。そこで、縁あって、いまの両親に出会い、そして、養子として引き取られました」
その声は、淡々と。
けれど、その底に、深いものが沈んでいた。
「十五歳のころ。奉仕活動である孤児院を訪れた時。……ふいに、強い既視感に襲われたの。初めて来たはずの場所。なのに、なぜか——懐かしくて」
「心の、赴くまま。私は、裏庭へ向かった。……そうしたら、そこで」
ピッパの瞳が、遠くを見た。
「——ぜんぶ、戻ってきた」
ピッパが、何かを追うように、左手を伸ばした。
「ひとりで、遊んでいた、幼い私に。『なにしてるの?』って、話しかけてきた、あの子。……いつも、一緒だった、たった一人の、幼なじみ。——『彼女』との、記憶が」
何かを掴むように、左手を握った。
「私には、友達なんて、いなかった。いつも、ひとり、ぼっち。……でも、彼女だけは。なんの、理由も、なく。私の、となりに、来てくれたの」
握った左手を、胸に引き寄せた。
「裏庭の、隅っこで。二人で、しゃがんで。くだらない、ことばかり、話して、笑って。……あの時間だけが。幼い私の、ぜんぶ、だった」
左手の上に、右手を添えた。
「私は、すべてを、思い出した。あの日の、儀式のことを。彼女が、世界から、消えてしまった、ことを」
両手を、強く強く抱え込んだ。
「彼女は——私を、庇って、消えた。私の、代わりに。……なのに。私だけが、こうして、生きている」
その声が、掠れた。
「そして。——誰も、彼女を、覚えていない」
その瞳からは、涙が落ちていた。
「この、広い世界で。彼女を、覚えているのは。……私、ひとり、だけ、だった」
絶望にも似た表情だった。
「誰にも、話せない。話したところで、誰にも、通じない。……二十年。私はずっと、その記憶と。たった、二人きり、だった」
しかし、自分に言い聞かせるように、何かを振り切るように、ピッパは言葉を続けた。
「その日から。私は、準備を、はじめたの」
その目には、強い光が宿っていた。
「——『彼女』を。この世界に、取り戻すための、準備を」
ピッパは、あらためて、その場の皆を、見渡した。
「そして。今日。……こうして、みなさんに、集まって、もらった」
長い、沈黙が、落ちた。
「……私たちは」
ぽつりと、アネッサが呟いた。
「生贄、だったの。……あの、儀式の」
アイリーンが、涙を流していた。
「あの一日が。あんな、ことだったなんて」
「……あんなに、こわかったのは。そういう、ことだったのね」
エルシェが、両腕で、自分の身体を、抱いた。
「じゃあ……あの子は」
シキータの声が、震えた。
「あたしたちの、代わりに。……ううん。ピッパさんの、代わりに。——消えた、ってこと?」
その問いに。
ピッパは、ただ、静かに、そして、小さく、頷いた。
それが、何よりの、答えだった。
動揺が、さざ波のように、広がる。
けれど、その中に、怒りは、ほとんど、なかった。
あったのは——ピッパが、たった一人で、背負ってきた、二十年の、その、あまりの重さへの——静かな、痛みだった。
「彼女は……私の、幼なじみ。私を、庇って、消えた。私は、それを。ずっと、ずっと、一人で。抱えて、きた」
その言葉は、二十年、こらえ続けたものだった。
「だから。——あなたたちの、力を、借りたかった。どうか。……彼女を、取り戻すために」
その、祈るような声が。
静かな部屋に、しみこんでいく。
もう、誰も。
すぐには、ピッパを責める言葉を、持てなかった。
——そして。
ピッパの話を、聞くうちに。
十五人の、それぞれの胸の奥で。
ちいさな灯が。
ひとつ、また、ひとつと、ともりはじめていた。
ピッパが二十年ものあいだ、たった一人で守り続けてきたその面影が、いま静かに、十五人の胸へと分かたれていくのを、クイナは黙って見つめていた。
——あの子と、過ごした、ひとかけらの、記憶が。
いま、ゆっくりと。
その扉を、開き、はじめていた。
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