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十七人目の冒険者 ― 私への道  作者: 智信
第三部

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第32話 左手の嘘

「たったひとつ、嘘をついた、継ぎ目だけを、残して」

—— 綻びた輪


「みんなを、ここへ、集めたのは——私よ」

—— 首謀者の指摘


「——『わたしも、いたよ』」

—— お告げの声

「——ピッパさん」


 クイナの静かな声が、もう一度、その名を呼んだ。

 部屋じゅうの視線が、ふたりへ、集まる。


 ピッパは、ゆっくりと、首をかしげた。

 その唇には、変わらぬ、おだやかな微笑みが、のっている。


「……あら。なあに? クイナさん」


 その声も、変わらず、柔らかかった。

 ——けれど。

 クイナは、その柔らかさには、惑わされなかった。


「ひとつ、気づいたことが、あります」


 クイナは、ゆっくりと、口を開いた。


「皆さんの記憶は、いつも、何かを、きっかけに、蘇りました」


 クイナは、ひとつずつ、辿るように、続けた。


「アネッサさん」


 クイナは、アネッサへ、目を向けた。


「あなたは、壁の碑文に、触れて。『ここに、座っていた』と、思い出した」


 次に、その視線を、フィオラへ。


「フィオラさんは、膝で刻んだ、リズムから」


 さらに、シエラと、ミュリエルへと、移していく。


「シエラさんは、引いたタロットの、『太陽』から。ミュリエルさんは、ずっと抱えていた、絵本から」


 そして、最後に、全員を見渡しながら、言葉を続けた。


「……みんな、何かひとつの、きっかけが、記憶の扉を、叩いたんです」


 クイナは、呼吸を整え、さらに続けた。


「そして、その記憶は、いつも。隣の、誰かを、呼び起こしました。フィオラさんの、刻んだリズムに、エルシェさんの、鼻歌が、重なったように。ひとりが思い出すと、それが、別の誰かの、鍵になる。そうやって——皆さんは、ひとつ、またひとつと、思い出して、いったんです」


 皆が、その言葉に、静かに頷く。


「でも——ピッパさん」


 クイナの目が、まっすぐ、ピッパを、捉えた。


「あなただけは。一度も、自分から、思い出していない」


 室内の空気が、わずかに、揺れた。


「あなたはいつも、誰かが思い出した、そのあとで。『私も』と、寄り添うだけだった。……まるで」


 クイナは、ひと呼吸、置いた。


「最初から、ぜんぶ、知っていた、みたいに」


 ピッパは、答えない。

 ただ、微笑んだまま、クイナを、見ている。


「……待って、ください」


 声を上げたのは、エルシェ、だった。


「ピッパさんは、ずっと、私たちを、支えてくれた。不安になっている子に、誰よりも先に、寄り添って。怖がる子の、背中を、さすって。……その人を、疑えって、言うんですか」


 その声には、はっきりとした反発があった。

 何人かが、戸惑いながら、それでも頷く。

 ——そうだ、ピッパさんは、優しい。

 その優しさが、いま、盾のように、クイナの言葉を押し返そうとしていた。


「疑ってほしい、とは、言いません」


 クイナは、静かに、首を、振った。


「ただ——確かめて、ほしいんです。私の言葉ではなく。皆さんの、その手に、残った感触で」


 ひとつ、呼吸を整え、クイナは続けた。


「もうひとつ。確かめたいことが、あります」


 クイナの視線が、部屋の中央へ——さきほど、皆で作った、あの輪の記憶へと、移った。


「あの輪を、作りはじめた時。ピッパさん、あなたは、こう言いました。『私の右手は……サリーシアさん』。そして、『左手は……リオナさん』と」


 名指しされた、ふたりが、顔を上げる。


「サリーシアさん」


 クイナが、まず、右手側へ、問う。


「あなたは、ほんとうに、ピッパさんと、手を繋いでいましたか?」


 サリーシアが、迷いなく、頷いた。


「ええ。確かに、繋いでいたわ。あの、手の温もりも、横顔の面影も、覚えている」


「では——リオナさん」


 クイナの視線が、左手側へ、移る。


「あなたは、どうですか。ほんとうに、ピッパさんと、繋いでいましたか?」


「私は……」


 リオナは、すぐには、答えなかった。

 ゆったりとした、その顔に、ふと、戸惑いが、差す。


「……あれ?」


 その手が、無意識に、宙を、握る。


「確かに……誰かと、手を、繋いでいた。あったかい、ちいさな手を。……でも」


 リオナの声が、揺れた。


「……違う。ピッパさんじゃ、ない」


 その瞳が、大きく、見開かれる。


「横顔が、とても、無邪気だった。私が、繋いでいたのは。……ピッパさんじゃ、ない。——あの子、だった」


 しん、と。

 部屋が、凍りついた。


 クイナは、静かに、息を、吐いた。


「サリーシアさんの左の手は、ピッパさんの右の手と、繋がっていた。でも、リオナさんの右の手は——ピッパさんじゃ、なく、あの子と、繋がっていた」


 クイナの指が、見えない輪の、ひとつの点を、なぞる。


「つまり、ピッパさんの左の手と、リオナさんの右の手の間に、あの子がいた」


 みんなで、手を繋いだ。

 輪が、閉じた。

 ひとりも、欠けていない——そう、思った。

 でも……ほんとうは、もう一人いて。

 その子を、間に挟んだまま、左右を、嘘で、繋ぎ直したとしたら。

 輪は、何ごとも、なかったように、閉じてしまう。

 ——たったひとつ、嘘をついた、継ぎ目だけを、残して。


「ピッパさん」


 クイナの声が、低く、響いた。


「あなたは、意図的に、自分の左隣にいた、あの子を、輪から外した。……違いますか」


 ピッパは、何も言わない。


「ひとつだけ、教えてください」


 クイナの声に、はじめて、かすかな、熱が、にじんだ。


「あなたは、なぜ、あの子を、外したんですか。——ほんとうに、忘れていた、んですか?」


 その時。

 ためらいがちな声が、ひとつ、上がった。


「……あの」


 祈るような佇まいの、コルテ、だった。


「私……ずっと、言えずに、いたことが、あるんです」


 その手が、胸の前で、そっと、組まれる。


「あの輪に、なった時。……お告げのような、声が、聞こえたんです」


 皆の視線が、コルテへ、集まる。


「とても、小さな声で。——『わたしも、いたよ』って」


 コルテの、睫毛が、震えた。


「でも、誰の声か、分からなくて。怖くて。……だから、ずっと、黙って、いました」


 その、ささやかな告白に。

 部屋の温度が、すっと、下がった。


 ——わたしも、いたよ。


 その、ひとことが。

 誰の胸にも、冷たく、刺さる。

 確かに、いた。

 もう一人、ここに、いたのだ。

 なのに、誰も。その存在を、心に、留めておけなかった。


 その言葉が。

 リオナの「あの子と繋いでいた」という気づきと、ぴたりと、重なった。

 胸の奥に、わだかまっていた違和感が、いま、堰を切ったように、あふれ出す。


 ——もう一人、いた。

 その子は、確かに、あの輪にいたのに。

 ピッパが、いないことにしてしまった。


 全員の視線が、いま。

 ただ、ひとりへ——ピッパへと、集まった。


 ピッパは。

 その視線の渦の、まんなかで。

 まだ、微笑んで、いた。


 やがて。

 ゆっくりと、長く、長く息を吐いた。

 ——それは、ずっと、隠し続けてきた何かを、そっとおろすような。深い、深いため息だった。


「……さすがね、クイナ」


 その声が。

 いままでとは、別のものに、なっていた。

 やわらかさの底に、ずっと、ひそんでいた、静かな芯。

 誰も、聞いたことのない、声だった。

 ついさっきまで、いちばん、やさしかった、その人の。

 まるで、別人のような、響き。


「あなたを、選んで。……正解、だった」


 ピッパは、ゆっくりと、部屋を、見渡した。

 怯えと、混乱に、揺れる、十六の顔を。

 ひとつずつ、慈しむように。


「ええ。——みんなを、ここへ、集めたのは」


 その唇が、はっきりと、紡いだ。


「私よ」


 衝撃が、波のように、部屋を、満たした。

 誰も、声を、出せない。


「ピッパ、さん……?」


 誰かの、かすれた声が。

 すがるように、その名を、呼ぶ。

 けれど、ピッパは。

 ただ、静かに、微笑んだまま。

 その呼びかけを、受け止める、だけだった。


「……長いこと、待っていたの。この時を」


 ピッパの、声は。

 不思議なほど、おだやかで。

 まるで、ずっと前から、この瞬間を、決めていた、かのようだった。


 ただ、クイナだけが。

 予感していた答えを、突きつけられて、なお。

 静かに、ピッパを、見つめ返していた。


 ——なぜ。

 ——あなたは、みんなを集めたの。

 ——そして、あの子に、いったい何をしたの。

 ——なぜ、その謎を、ほかでもない私に解かせたの。


 その問いの、答えは。

 まだ、おだやかな微笑みの、ずっと奥に。

 固く、閉ざされた、ままだった。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

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