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十七人目の冒険者 ― 私への道  作者: 智信
第三部

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第31話 輪郭

「ほんとうに、いたんだ。——もう、ひとり」

—— 十七人目の推理


「——十七人目は、私では、ない」

—— 崩れる希望

 その子が、私で、ないのなら。

 その問いを、クイナは、いったん、胸の奥へ、しまった。

 いま、すべきことは、感傷では、ない。


 ——その子の像を、もっと、確かにする。


 クイナは、ゆっくりと、顔を上げた。


「皆さんの話を、つなぎ合わせると。……その子の輪郭が、はっきりしてきました」


 その声は、静かで。けれど、揺らぎが、なかった。


「ひとつ。皆さんが、口をそろえて言いました。——自分より、少し小さな子だった、と」


 何人かが、こくりと、頷く。


「ふたつ。声が、高くて、無垢で、聞いていると、つられて笑ってしまうような、とも」


「……ああ。確かに、そうだったわ」


 エルシェが、つぶやいた。


「みっつ。その子は——誰の、幼なじみでも、なかった」


 クイナの言葉に、室内が、わずかに、ざわめく。

 モアや、コルテ、ピッパにも、幼なじみはいなかった。

 ——でも。


「皆さんは、この部屋で、それぞれ、昔の仲間を見つけ合いましたね。おなじ場所で、育った人どうし。……でも、その子は、誰の幼なじみでもなかった。なのに、そう、ひとりだけで、ぽつん、としていたわけでもない」


「……そう、いえば」


 フィオラが、ふと、目を、伏せた。


「私たちは、おなじ場所で、育った者どうし、肩を、寄せ合っていた。……でも、あの子は……どの輪にも属さないのに、どの輪にもいた。……ふしぎな子だった」


「よっつ」


 クイナは、ひと呼吸、置いた。


「その子は、誰にでも、好奇心いっぱいに話しかけた。分け隔てなく、みんなの輪に入ってきた」


 四つの欠片が、宙に、並ぶ。


「皆さんが、それぞれ、覚えている『相手』。……それは、ぜんぶ、同じひとりの子、そうなんじゃないですか」


 静寂が、落ちた。


「……同じ、子」


 誰かが、その言葉を、そっと、繰り返す。


「そう、言われると……そう、だ。私の、あの子も。シエラさんの、あの子も」


「背格好も、声も。……ぜんぶ、おなじ」


 ひとり、また、ひとり。

 ばらばらだった、十六の記憶の中の『相手』が。

 いま、ひとりの子の姿へと、ぴたりと、重なっていく。


「……いた」


 アネッサが、眼鏡の奥の目を、見開いた。


「ほんとうに、いたんだ。——もう、ひとり」


「会いたい……」


 ぽつりと、リオナが、こぼした。


「こんなに、よくしてくれた子なのに。私、その子の、名前も、顔も。……ひとつも、出てこない。それが、こんなに、悲しいなんて」


「あたしも」


 シキータが、ぎゅっと、唇を、噛んだ。


「ぜったいに、忘れちゃ、いけない子だった。……そんな気が、するのに。どうして、こんなに、思い出せないの」


 その問いに答えられる者は、いない。

 温かいはずの記憶の底に、説明のつかない冷たさだけが残った。


 それは、もう、誰の思い違いでもなかった。

 皆の記憶が、ひとつの像を、囲んで、『もう一人いた』という事実が——確かな、重みを持って、立ちあがった。


 その、ざわめきを。

 クイナは、静かな顔で見つめていた。

 ——けれど、その胸の内では、まったく別のことが、音もなく起きていた。


 ——皆の記憶に、その子は、いる。

 ひとりひとりの中に、その子と交わした小さなぬくもりが残っている。


 ——では、私は?


 クイナは、自分の心を冷たく探った。

 もし、自分が、その十七人目なら。

 この十六人の、誰かの記憶のどこかに、自分との、ひとかけらのやりとりが、残っているはずだ。


 けれど……誰も、クイナを、覚えていない。

 碑文を、覗き込んだ手も。

 口笛に、重なった声も。

 なにもかも、クイナのものではなかった。

 この部屋の、どの記憶を、めくっても。

 そこに、クイナは、いない。


 ——その子は、みんなに、覚えられている。

 ——私は、誰にも、覚えられていない。


 ふたりは、正反対だった。

 子供だったか、大人だったか、ではない。

 二十年前なら、クイナも、まだ子供だ。

 決め手は、もっと単純で、もっと残酷だった。


 その子は、確かに、ここにいた。

 クイナは——ここにいなかった。


 あれほど、願ったのに。

 ——皆と同じ、あの日の輪に、自分もいた。

 その、たったひとつの可能性は。

 いま、自分自身の組み立てた筋道に、断ち切られた。


 胸の奥で、最後の願いが、音もなく、崩れ落ちた。


 ——十七人目は、私では、ない。


 無実を、晴らしたくて、始めた推理が。

 めぐりめぐって、自分こそが、ほんとうの部外者だと。

 そう、クイナ自身の手で、証明してしまった。


 皮肉な、結末だった。

 けれど、不思議と心は凪いでいた。


 ——私が、誰なのか。

 その問いは、まだ、胸の奥に残っている。

 ——けれど、いまは。それよりも。


 立ちのぼった、その子の面影が。

 クイナの胸を、占めていた。

 誰の隣にも、いて。

 誰からも、慕われて。

 それなのに、誰の記憶からも、その顔を、消された。


 ——この子を、取り戻す。


 その思いだけが、クイナの中で、まっすぐに、灯った。

 誰からも慕われていたのに、世界からただ一人だけ、まるごと拭い去られてしまったようなその子。

 その理不尽を知ってしまった以上、もう見て見ぬふりはできない。

 自分が、何者で、あろうと。

 消されたように、忘れ去られていい記憶なんて、ひとつもない。


 依頼で、来ただけの、部外者。

 その立場は、もう、変えられない。

 ——けれど、だからこそ、できることがある。

 輪の中にいる者には、見えないもの。

 輪の外に、立つ者にだけ、見えるもの。

 クイナは、ひとつ、息を、吸った。

 そして、冷たく澄んでいく頭で、淡々と、筋道を、先へ進めた。


 クイナの目の色が、変わった。

 『自分』へ向いていた視線が、いま、部屋全体へ——皆の記憶の、流れそのものへと、開かれていく。


 クイナは、もう一度。

 頭の奥に刻んだ、これまでのすべてを、最初から、たどり直した。


 ——思い出は、いつも、誰かの、ひとことから、始まった。


 アネッサの、碑文。

 フィオラの、リズム。

 エルシェの、こぼれた鼻歌。

 ひとりが、口火を切る。

 その記憶が、隣の誰かの、鍵を回し。

 また、隣へ。そして、また、隣へ。

 そうやって、十六人の扉は、ひとつずつ、開いてきた。


 ——けれど。


 たどり続ける、記憶の流れの中。

 そう、ひとつだけ。

 奇妙な、よどみが、あった。


 ——ピッパ。


 クイナは、その名を、胸の内で、そっとなぞった。


 ピッパは、いつも誰かが思い出した、そう、そのあとで、「私も」と、やわらかく頷くだけだった。

 自分のほうから、何かを、思い出したことは、そう、ただの、一度も、なかった。


 ——さっきの、あの子を思い出そうとした時も。


 誰もが、われ先にと、その子との記憶を、語りだした、あの時。

 ピッパだけが、ひとつも、新しい記憶を持ち出さなかった。

 ただ、おだやかに、微笑んで……皆の言葉に、寄り添うだけ。


 ——いや、あの時だけじゃ、ない。

 絵本の話を思い出した時も、シエラさんが占いを思い出した時も、ピッパは決まって、いちばんあとに、そっと「私も、いたわ」と続けた。

 すでに思い出した皆の、いちばん外側に、あとから、自分を添えるだけだった。


 みんなが、思い出して、いる。

 ピッパだけが——思い出して、いない。

 いや。

 思い出している"ふり"を、しているだけ、なのではないか。


 冷たいものが、クイナの背を、すうっと、撫でた。


 ——まだ、確かなことは、何も、言えない。

 けれど。

 その引っかかりは、もう、胸の隅には、おさまりきらなかった。


 クイナは、皆へ向けていた顔を。

 ゆっくりと、ひとりの女性のほうへ向けた。


「——ところで。ピッパさん」


 その、静かな呼びかけに。

 和やかだった部屋の空気が。

 ふいに、ぴんと、張り詰めた。


 ピッパが、ゆっくりと、顔を上げる。

 その唇には、まだ、おだやかな微笑みが、のっている。


 ——けれど。

 クイナの目は、もう。

 その微笑みの、ずっと奥を、まっすぐに、見つめていた。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

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