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十七人目の冒険者 ― 私への道  作者: 智信
第三部

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第30話 面影

 部屋の空気は、もう、さっきまでとは、別のものになっていた。

 クイナひとりへ向いていた疑いは、いつのまにか、ひとつの問いへと、姿を変えている。


 ——もうひとり。

 誰の記憶にも立ちつくす、顔のないその影。


 その正体を、クイナは、知りたかった。

 いや——確かめたかった。

 胸の奥に灯した、ちいさな願いの、ために。


 ——もし、その十七人目が、私なら。


 だから、クイナは、もう一歩、踏み込んだ。


「皆さん。その『もうひとり』のこと。……もう少しだけ、思い出せませんか」


 ——その子の、輪郭を、はっきりさせたい。

 ほんとうは、誰よりも、クイナ自身が、そう願っていた。


「どんな子だったか。声でも、背格好でも。どんなに、小さなことでも、かまいません」


 細部が、見えてくれば。そのどこかに、自分の面影が、見つかるかもしれない。

 皆と同じ、あの日の自分が、立っているかもしれない。

 淡い期待を、胸の奥に隠して、クイナは、皆の言葉を待った。


 その問いかけに、十六人が、それぞれの記憶の底へ、手を伸ばしていった。


 最初に口を開いたのは、フィオラだった。


「……声。声を覚えている、気がする」


 フィオラが、そっと、目を閉じる。


「私のリズムに、重なった、もうひとつのメロディ。あれは、高くて、澄んだ声だった。たぶん、私より、ずっと、小さな子の」


「私も」


 サリーシアが、おっとりと、けれど確かに、続けた。


「私の口笛を、一生懸命、真似ようとした子。……あの子の声も、高くて。とっても無邪気で。聞いているだけで、こちらまで、笑顔になるような、そんな声だった」


「目が、大きかった」


 アイリーンが、ふと、言った。


「きらきら、していて。私のお話に、いちばん、夢中になって。いっしょに、物語の続きを、考えてくれた。……私より、少し、小さな子」


「私の、すぐ隣にも、いた」


 アネッサが、眼鏡の奥の目を、細めた。


「一緒に、碑文を覗き込んでいた子。『これ、なあに?』って。私が、文字を指でなぞると、その子もおなじように、ちいさな指を伸ばして。……なんにでも、興味を持つ。知りたがりの、子だった」


 ひとつ、またひとつ。

 ばらばらだった記憶の断片が、おなじ方向へ、寄り集まっていく。


「『太陽』を、見たとき」


 シエラが、タロットの束を、そっと撫でた。


「ぱあっと、顔を、輝かせたの。『素敵な絵!』って。何度も、何度も。……あんなに、うれしそうな顔を、私、忘れていたのね」


「種を、見て」


 モアが、訥々と、言葉を継ぐ。


「『ちいさいのに、おおきくなるんだね』って。心から、驚いてくれて。……ほんとうに、うれしそうで。無邪気な、声だった」


「いちばん前で」


 ミュリエルが、絵本を、胸に抱いたまま。


「身を、乗り出して。『つづきも、ききたい』って。……あんなに、まっすぐな目で、聞いてくれた子は、いなかった」


「私の舞を、見てくれたあと」


 ナリアが、おずおずと、口を開いた。


「その子、高い、はずむような、声で。……『また、踊ってね』って。その場で、くるくる、回る真似まで、して。誰とでも、すぐに、仲良くなる、そんな雰囲気の子だった」


 誰かが、ぽつりと、つぶやいた。


「……人懐っこい、子だったのね」


 その一言が、皆の胸に、すとんと、落ちた。


 ——誰にでも、好奇心いっぱいに、話しかけて。

 ——分け隔てなく、みんなの輪に、入ってきて。

 ——高く、澄んだ声で。

 ——きらきらした、大きな目で。

 ——そこにいるだけで、強ばった空気が、ふっと、ほどけるような。

 ——よく笑う、明るい、小さな子。


 ばらばらの記憶の底から、ひとりの子の像が、ゆっくりと、立ちあがってくる。


 クイナは、その像に、食い入るように、見入っていた。

 ——どこかに……どこかに、私の、面影は、ないか。

 立ちのぼる、その子の面影に。幼い日の自分を、何度も、何度も、重ねようとする。


「……そういえば」


 いままで、はっきりとは思い出せずにいた、何人かが。

 はじかれたように、顔を、上げた。


「あの子。私にも、話しかけて、きた」


「私も……何か、やりとりした、気がする」


「『ねえ、ねえ』って。私の手元を、覗き込んで、きて」


「私の、髪を、そっと、触って。『きれい』って、笑った」


「泣いていた私の、となりに、来て。ちいさな手で、よしよし、って。……あの、ぬくもり」


「『元気、出して』って。手を、握ってくれた」


 ひとり、また、ひとり。

 その子と交わした、ひとかけらの記憶を、思い出していく。


 ——仲のいい、決まった子たちと、だけじゃ、ない。

 この部屋の、ほとんど、みんなが。

 その明るい子と、どこかで、ふれあっていた。


 十七人目は。

 あの一日、誰の隣にも、いたのだ。


「……その子。いま、どこに、いるのかしら」


 ふと、誰かが、つぶやいた。

 その声には、会いたい、と願うような、やわらかな響きが、にじんでいた。


「こんなに、みんなと、仲良くしようと、頑張っていた、あの子のことを、どうして、私たち、忘れて、いたんだろう」


 答えられる者は、いない。

 ただ、その問いだけが、温かなさざめきの底に、ひやりとした影を、落とした。


 その温かな、さざめきを。

 クイナは、じっと、見ていた。


 ——けれど。


 その輪の中で、ただひとり。

 ピッパだけが、その子の記憶を、口にしなかった。

 皆の言葉に、静かに、頷きながら。

 ただ、おだやかに、微笑むだけ。


 ——「私も」が、ない。


 あれだけ、誰とでも交わった子なら……ピッパとも、何か、あったはずなのに。

 クイナは、その小さな引っかかりを、口には出さず、胸の隅へ、そっと、置いた。

 ——いまは、まだ、いい。


 代わりに、クイナの胸を占めていたのは、別の、戸惑いだった。


 ——人懐っこくて、誰にでも話しかけて、明るく、よく笑う。


 立ちあがってきた、その子の像を。

 クイナは、自分の、幼い頃に、そっと、重ねてみた。


 ——重ならない。


 クイナの知っている、幼い自分。

 それは、いつも部屋の隅にいる子供。

 物静かで、臆病で。

 誰かに話しかけるより、本の陰から、そっと、人を見ている、そんな子だった。

 遊ぼうと、誘われても、きまって首を横に振った。

 輪の中心は、いつも、まぶしくて……そして、すこし遠かった。

 その遠さの分だけ、クイナは、人をよく見る子になったのだ。


 この、どんな輪にも、まっすぐ入っていける、明るい子。

 それは——どう、思い浮かべても、幼いクイナ自身とは別の、誰かだった。


 ——十七人目は。

 ——私では、ないのかもしれない。


 胸の奥に灯した、ちいさな願いが。

 手の中で、すっと、温度を失っていく。


 ——ほんとうは、私もあの輪の中にいたかった。

 けれど、皆が思い出したその子は、幼いクイナが、いちばんなれなかった子の姿をしていた。


 部屋には、その子の像を結びつつある、静かな高揚が、満ちていた。

 みんなが、もうひとりの、優しい面影を、慈しむように、たぐっている。

 そのなかで、クイナだけが、ひとり、冷たい予感にとらわれていた。


 みんなが、慈しんでいる、その面影。

 それを——誰よりも、自分のものに、したかった。

 けれど。

 手を、伸ばすほどに。

 その面影は、クイナから、するりと、遠ざかっていく。


 ——では。

 その子が、私で、ないのなら。


 あの日、確かに、ここにいて。

 誰の隣にも、いて。

 そして、誰の記憶からも、その顔だけを、消された、もうひとり。


 その像が、はっきりと、結ばれていくほど。

 その子が、誰なのか、という謎だけが、いっそう、濃く、深くなっていく。

 クイナの、知らない、誰か。

 けれど、この部屋のみんなが、覚えている、誰か。


 ——それは、いったい、誰、なのか。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

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