表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
十七人目の冒険者 ― 私への道  作者: 智信
第三部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
29/37

第29話 もうひとり

 クイナは、ゆっくりと顔を上げた。

 十六人の視線が、いまも、自分ひとりに突き刺さっている。


 ——「私は首謀者ではない」。

 そう叫んだところで、無駄だ。

 部外者である自分が、いくら言葉を重ねても、それを裏づける手立てはない。

 ないものを「ない」と示すのは、どこまでいっても、相手の気分次第だからだ。


 だったら。

 クイナは、ひとつ、息を整えた。

 ——守ってばかりでは、いられない。


「……ひとつ。皆さんに、聞きたいことが、あります」


 その声は、さきほどまでの、追い詰められた響きとは、別のものになっていた。


「私を疑うのは、あとにしてください。その前に——皆さんの記憶は、本当に、辻褄が合っていますか?」


 その問いに、十六人が、いっせいに、訝しんだ。


「私が首謀者かどうかより……それよりも、もっと、おかしなことが、あるんです」


 クイナは、まっすぐに、シエラへ目を向けた。


「シエラさん。あなたは、さっき、言いましたね」


 シエラが、びくりと、肩を揺らす。


「昔、この場所で、誰かに、あのタロットカードを引いてあげた。……でも、その相手が、どうしても、思い出せない、と」


「……ええ」


 シエラが、戸惑いながら、頷いた。


「確かに、そう言ったわ」


「では、聞かせてください。シエラさん、この中に、そのタロットカードを引いてあげた相手は、いますか?」


 クイナは、輪の全員を、ゆっくりと見渡した。


「もしくは……この中に。シエラさんに、カードを引いてもらった人は、いますか?」


 沈黙が、落ちた。

 シエラも、誰も、答えない。


「占いを、見ていた。その覚えのある人は、何人もいるはずです。……でも、私が聞いているのは、そうじゃない。引いて『もらった』、その当人です」


 誰の手も、挙がらなかった。

 顔を見合わせ、ためらい、けれど、名乗り出る者は、ひとりも、いない。


「もう、ひとつ」


 クイナは、今度は、フィオラへ向き直った。


「フィオラさん。あなたも、言いました。自分のリズムに、鼻歌を合わせてくれた子の、ほかに。もう一人、別の、綺麗なメロディを口ずさんでいた、誰かがいた、と」


「……言った、わ」


 フィオラの声が、かすれる。


「鼻歌の子は、エルシェだと、分かった。でも——その、もう一人は」


 クイナは、もう一度、輪の全員を、ゆっくりと見渡したあと、再びフィオラへと向き直った。


「その、もう一人は、いま、この中に、いますか?」


 フィオラが、必死に、記憶をたぐる。

 けれど、その表情は、すぐに、行き場をなくした。


「……分から、ない。顔も、名前も……出てこない」


 クイナは、小さく、頷いた。


「シエラさんの『引いてあげた相手』。フィオラさんの『もう一人の声』。——別々の記憶のはずなのに。どちらも、おなじことを、指している。この中にいない、誰か、を」


 ざわめきが、波のように、ひろがった。


「皆さんの思い出は、繋がりがありました」


 クイナは、その動揺を、静かに受け止めながら、続けた。


「誰かの記憶が、別の誰かの記憶と、噛み合って。そう、それは鍵と鍵穴のように。そうやって、ひとつずつ、記憶の扉が開いてきた。……でも」


 そして、告げた。


「シエラさんの鍵にも、フィオラさんの鍵にも。合う鍵穴が、この部屋には、ありません」


 けれど——綻びは、それだけでは、なかった。

 クイナは、そっと、目を閉じた。

 頭の奥に刻んだ、この部屋でのすべてを、もう一度、めくっていく。


「アネッサさんの、すぐ隣で、おなじものを覗き込んでいた、誰か」


 クイナは指を折る。


「アイリーンさんと、いっしょに物語を作っていた子」


 ひとつ、ふたつ。


「サリーシアさんの、口笛を、おなじように真似ようとした子」


 みっつ。


「ナリアさんに、自分の名を教えてくれた、もうひとり」


 よっつ。


「モアさんの、種を見て『おおきくなるね』と笑った子」


 いつつ。


「ミュリエルさんの、お話を、いちばん前で聞いていた子」


 クイナは、目を、開けた。


「皆さんは、おたがいを、見つけ合いました。……それなのに、その結びつきから、ひとりずつ、こぼれ落ちていく影が、ある」


 そして、全員を見渡す。


「どの記憶にも。みんなを結び終えた、そのあとに。まだ、立ちつくしている、もう一人が」


 クイナは、確信を持って、伝えた。


「そして——その影は、いつも、おなじ輪郭を、しているんです」


 今度こそ、部屋が、大きく、揺れた。


「……言われてみれば」


「私の、『その子』も。……ここにいる、誰でもない、気がする」


「あたしの、覚えてる、あの子も……」


 ひとり、また、ひとりと。

 自分の記憶の奥を、覗き込むような、顔になっていく。

 誰の胸にも、ひとり分の、空白があった。

 ばらばらだったはずのその空白が、いま、いっせいに、ひとつの像へと、重なりはじめている。


「思い出して、ください」


 クイナの声が、その、ざわめきを、まっすぐに貫いた。


「皆さんが受け取った、あの手紙。あそこには、なんと、書いてありましたか」


 エルシェが、はっと、息を呑んだ。


「……『十七人で、集まっていただきます』」


「そう、十七人です」


 クイナは、ふたたび、輪を見渡す。


「でも——手紙を受け取って、ここに集まったのは。皆さん、十六人。私は、手紙ではなく、依頼で来た。この十七人には、数えられません」


 それは、自らを、輪の外へ、置く言葉だった。

 けれど、いまは、それでいい。


「では——手紙が告げた、十七人目は?」


 誰も、答えられない。


「皆さんの記憶の中の、その子。もしも、その子が、もし、ぜんぶ、おなじ、ひとりだとしたら」


 クイナは、ひと呼吸、置いた。


「あの日。この部屋には、十六人の輪の、外に。——もう一人。十七人目が、いたのでは、ないですか?」


 しん、と。

 部屋が、静まりかえった。


「……でも」


 ためらいがちに、声を上げたのは、サリーシアだった。


「私たちみんなの、ただの、覚え違いかも、しれない。……思い出したばかりの記憶で、しかも、二十年も、前のことなのよ」


 もっともな、ためらいだった。

 何人かが、すがるように、頷く。

 ——覚え違いで、あってほしい。

 その顔は、そう言っていた。


 クイナは、静かに、首を横に振った。


「ひとりの覚え違いなら、私もそう思います。……でも、覚え違いは、ひとりじゃない」


「シエラさん、フィオラさん、アイリーンさんに、サリーシアさん。……何人もの、別々の記憶に、あの日の記憶に、ここにいないひとりがいる。そんな覚え違いが……こんなにも、きれいに、重なりますか?」


 サリーシアが、そっと、口をつぐんだ。

 その沈黙が、答えの代わりだった。


 その言葉が、落ちた瞬間。

 部屋じゅうの空気が、ひとつの方向へ、ぐっと、傾いた。


 ——もし、十七人目が、いたのなら。


 クイナの胸の奥で、声にならない問いが、ひとつ灯った。


 ——その十七人目は、私かもしれない。

 もしかしたら、私だけで、あの日の記憶を取り戻せていないのかもしれない。

 私は、ただの部外者じゃないのかもしれない。

 ほんとうは、皆と同じ、そう、あの日、あの場所にいた、ひとりなのかもしれない。


 それは、確かめようのない、ただの願いだった。

 依頼書を握って来た自分には、本当は、似合わない望みだ。

 ——けれど。

 その願いが、冷えきっていたクイナの背を、まっすぐに、起こした。


「だから。——私に、整理させて、ください」


 クイナは、もう、追い詰められた部外者の顔を、していなかった。


「その十七人目が、誰なのか。それさえ分かれば、皆さんの記憶の食い違いも、ぜんぶ、答えがみつかるはずです」


 いつのまにか、クイナひとりへ向いていた疑いの矢が、その向きを変えはじめていた。

 十六人の関心は、もう、「この部外者は誰か」ではなく。

 「思い出せない、もう一人は、誰か」へと、移っている。


「……教えて。あなたは、何から、整理したいの」


 エルシェの答えに、何人かが、頷いた。

 さっきまで、クイナを責めていた、その同じ口が。

 いまは、答えを、求めていた。


 不思議な、ことだった。

 部外者だと、責められていたはずの自分に、いま、十六人が、頼ろうとしている。

 ——輪に入れない場所からしか、見えないものがある。

 クイナは、胸の内で、そっと、そう繰り返した。


 しかし、その輪の中で、ただひとり、ピッパだけが、何も言わず、静かにクイナを見つめていた。

 その瞳に、ほんの一瞬。

 ——感心とも、用心とも、つかない、何かが、よぎる。

 けれど、それは、誰にも気づかれないまま、すぐに、おだやかな表情の下へ、沈んでいった。


 十七人目とは、誰なのか。

 そして——それは、本当に、クイナ、なのか。


 答えを求めて。

 クイナの推理が、いま、静かに、動きはじめた。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

評価・ブックマークで応援いただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ