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十七人目の冒険者 ― 私への道  作者: 智信
第一部

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3/7

第03話 伏せられた依頼

「あの商会は、いつも、クイナだけを、指名し続けていた」

—— いつもの指名依頼

 受付嬢が頬杖をついて、こちらを見ている。

 その視線の先で、クイナは、依頼書を、読み始めた。

 いつもどおりの、そっけない、短さだった。


『ある集まりに参加し、その場で何が話され、何が起きたかを、つぶさに調べて報告されたし』


 クイナは、その要領を得ない依頼書に、眉を寄せた。


「ある集まり?」


 そんなクイナの反応を待っていたように、受付嬢は、続けて封蝋が施された手紙を取り出した。


「詳しい情報は、こちらに書いてあるとのことです」


 受付嬢から手紙を受け取り、その封蝋を、指先で割った。

 中から、二つ折りの書面が、出てくる。

 それと一緒に、薄い紙片が二枚、滑り落ちた。

 クイナは、まず、そちらを拾い上げる。

 乗合馬車の、切符だった。

 目的地まで、道中の馬車をどれでも乗り継いでいける、通しの切符。

 行きに一枚、帰りに一枚。

 乗り継ぎの日付まで、すでに、刷り込まれている。


 切符が同封されているのは、珍しいことだった。

 依頼を受けるかどうかも分からないうちから、移動の手配まで、済ませてある。

 それだけ、急ぎなのか。

 あるいは、確実に来てほしい、ということなのか。


 書面を、開く。

 見慣れた商会の字が、並んでいた。


『来る二十日、正午の鐘が鳴る前に、下記の場所へお越しください』


 依頼の文面は、それだけだった。

 集まりの名も、主催も、目的も、書かれていない。

 あるのは、日時と、場所。


 クイナは、ふと、引っかかりを覚えた。


 この商会から届いた依頼書を、クイナは、すべて、覚えている。

 どれも、用件は、簡潔だった。

 けれど、簡潔なりに、何を調べてほしいかは、はっきり、書かれていた。

 商隊の荷の検分。ある人物の身元の照会。街道で起きた揉め事の経緯。

 依頼の輪郭は、いつも、最初から、見えていた。


 今度のものは、違う。

 「ある集まり」としか、書かれていない。

 何の集まりかも、誰が開くのかも、伏せられている。

 二年で、初めての、依頼だった。


 手紙からは、それ以上の情報は、得られそうになかったので、改めて、依頼書を読み直した。

 そして、報酬の欄で、クイナは、もう一度、目を留めた。

 いつもより、ひと回り、いや、それ以上に高い。


「今回は……報酬が、高すぎます」


 クイナは、書面から顔を上げた。


「……なぜ?」


「でしょう?」


 受付嬢が、窓口から身を乗り出した。


「あそこ、支払いはきっちり、無茶も言わない。それがいつもなのに、今回は切符まで付けて、報酬も上乗せ。何か、よほどの事情でもあるんですかね」


 よほどの、事情。

 それが何なのかは、この紙からは、何も読み取れない。


 あの商会との付き合いは、もう二年になる。


 はじまりは、掲示板の、一枚の貼り紙だった。

 ギルドの壁に並ぶ、いくつもの公募依頼。

 その中から、クイナが自分で選んで受けたのが、あの商会の、仕事だった。

 名指しされたわけでは、ない。

 ただ、依頼の文面の几帳面さが、どこか、性に合う気がした。


 その最初の仕事のことは、よく、覚えている。

 紛失物の、調査だった。

 商会の倉から、帳簿が一冊、消えたという。

 けれど、盗まれたのでは、なかった。

 数え間違いを恐れた若い使用人が、夜中にこっそり持ち出して、ひとりで、検め直していただけだった。

 あのときも、誰も、悪くなかった。


 クイナが報告書にそう書くと、商会からは、丁寧な礼状と、相場より多い謝礼が、届いた。

 そして、しばらくして。

 ギルドの窓口に、クイナを名指しした依頼が、一通、届いた。

 あの商会からだった。

 それからは、折にふれて、指名の依頼が、来るようになった。

 顔を合わせることは、ついぞ、一度もないまま。


 不思議なのは、二年ものあいだ、一度も、依頼人と会っていないことだ。

 やり取りは、すべて、書面。

 商会の主が誰なのかも、クイナは、知らない。

 ただ、自分の腕を買ってくれる相手、とだけ、思っていた。


「……いつものように、お受けになります?」


 受付嬢が、控えを差し出した。


「……ええ」


 一瞬、逡巡したものの、クイナは、ペンを取った。


「いつも通り、受けさせていただきます」


 どんな集まりなのか。

 なぜ、自分が、名指しされたのか。

 書面は、何も、教えてくれない。

 でも、分からないことは、現地で、見ればいい。

 答えは、たいてい、その場に、転がっている。


 署名を終え、手紙を、懐にしまう。

 窓口を離れるとき、受付嬢が、ひとこと、添えた。


「気をつけてね。……なんとなく、だけれど」


 クイナは、振り返らずに、片手だけを上げて応えた。


---


 二日後、クイナは、切符で指定されていた馬車に、乗った。


 王都の門をくぐり、街道を、ひたすら、西へ。

 窓の外を、見慣れた田畑が流れ、やがて、見知らぬ山の影に、変わっていく。

 同じ馬車に乗り合わせた者たちは、途中の町で、一人、また一人と、降りていった。

 荷を抱えた行商人。里帰りらしい娘。子を連れた女。

 みな、行き先のある顔を、していた。


 数日をかけて馬車を乗り継ぎ、目的地へ近づく頃には、車内に残っているのは、クイナだけに、なっていた。

 乗り継ぐほどに、外の景色は、人の気配を、失っていった。

 畑が、雑木林に変わる。

 雑木林が、痩せた斜面に変わる。

 道沿いに点々とあった集落も、いつしか、見えなくなっていた。

 こんな辺鄙な場所に、人が「集まる」というのか。

 窓の外の寂しさと、手の中の文面とが、どうにも、噛み合わなかった。


 クイナは目を閉じ、頭の中で、もう一度、書面を、思い出した。

 何度思い出しても、変わらない。

 ある集まり。その調査。それだけ。


 引っかかりを、ひとつずつ並べていく。

 ひとつ、集まりの中身が、何も書かれていない。

 ふたつ、報酬が、いつもより高い。

 みっつ、移動の切符まで、用意されている。

 よっつ、それでいて、急ぎだとは、ひとことも書いていない。


 どれも、それだけなら、おかしくは、ない。

 けれど、四つを並べると、輪郭のないものが、ぼんやりと、浮かんでくる。

 誰かが、確実に、自分を、その場所へ、行かせたがっている。

 それも、こちらに、断る隙を、与えないように。


 書かれていないことにこそ、意味が、あるのかもしれない。

 依頼人は、集まりの中身を、知っている。

 知っていて、あえて、伏せた。

 先入観を持たずに、ありのままを見てほしい——そういう依頼なら、分かる。

 けれど、それは、裏を返せば。

 自分が何も知らないまま、その場に置かれる、ということでも、あった。


 それに、もうひとつ。

 なぜ、自分なのか。

 この手の調査を引き受ける冒険者は、ほかにも、いる。

 それでも、あの商会は、いつも、クイナだけを、指名し続けていた。

 二年のあいだ、ただの一度も、顔を合わせないまま。

 会わずに、こちらの腕を、どこで、見極めたというのか。

 ——買われている、とだけ思っていた。

 その買われ方が、いまになって、ふと、得体の知れないものに、思えてくる。

 考えても、いまは、答えが出ない。

 出ないものは、出ない。

 クイナは深く閉じていた目を開き、再び、窓の外を、眺めた。


 やがて、馬車が、止まった。

 御者が言うには、馬車が通うのは、ここまでだという。

 この先の道は、人の足でしか、行けない。

 クイナは最後の馬車を降り、残りの道を、自分の足で、歩き出した。


 どれほど、歩いただろう。

 やがて、目指すものが、見えてきた。

 周りには、何も、なかった。

 田も、家も、人の姿も、見当たらない。

 枯れた草が、風に低く、波打っているだけだった。

 その広がりの中に、その建物だけが、ぽつんと、立っている。


 指定された場所——石造りの建物が、目の前に、ゆっくりと、近づいてくる。

 教会のような、それでいて、どこか、様子の違う佇まいだった。

 高い塔が、ひとつ。

 その上に、鐘らしきものの影が、見える。

 けれど、聖印のたぐいは、どこにも、掲げられていない。

 祈りの場のかたちをしながら、祈りの気配だけが、すっぽりと、抜け落ちている。


 クイナは、荷を、背負い直した。

 枯れ草の匂いと、冷たい空気とが、足元から、這い上がってくる。

 一歩、また一歩と、歩みを進めた。

 見上げれば、石の塔が、灰色の空を背にして、黙って、立っていた。

 どこか高いところで、風が、低く、鳴っている。


 ——どんな集まりが、ここで待っているのか。

 今はまだ、何ひとつ、わからない。

初日は4話連続掲載中で、4話目は21時に公開予定となっています。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

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