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十七人目の冒険者 ― 私への道  作者: 智信
第二部

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第24話 太陽のカード

「その子が、誰だったか。どうしても、思い出せない」

—— 宙に浮く面影

 シエラの手の中で、古びたタロットカードの束が、静かに息づいていた。

 誰もが、その手元を見つめている。


「これね」


 シエラが、ゆったりと、口を開いた。


「私が、いつも、持ち歩いている、タロットカード」


 その指が、カードの、すり切れた縁をなぞる。


「でも……ほんとうは、これ、新しいほうなの」


 シエラの声が、静かに、続く。


「本物は、家に、大事に、しまってある。子供の頃から、持っていたタロットカード。……もう、ぼろぼろで、占いには使えないくらい」


「捨てれば、いいのに——とは、思わなかったの?」


 誰かが、そっと、尋ねる。

 シエラは、首を、横に、振った。


「どうしても、捨てられなかった。だから、おなじ絵柄の束を、わざわざ、探して。ずっと、肌身離さず、持ち歩いているの」


 シエラが、ふっと苦笑する。


「この絵柄じゃないと、どうしても、しっくり、こなくて」


 その瞳が、手の中のカードに落ちる。


「変な、こだわりよね。自分でも、そう思う。……でも、やめられなかったの。二十年、ずっと」


 その指が、優しくカードを撫でる。


「……でも。なぜ、そこまでして。おなじ絵柄を、そばに、置いておきたいのか。自分でも、わからない」


 シエラが、何かを確かめるように、目を閉じた。


「こんなに、大事に、思っているのに。……肝心のことが、何も、思い出せないの」


 部屋の空気が、しんと、静まり、神秘的な色を帯びていく。


 ——その時。

 何かに、導かれるように、シエラの指が、カードの束を切り、混ぜはじめた。


「ふしぎね。こうしていると……手が、ひとりでに、動くの」


 その手つきは、迷いがなく、流れるようだった。

 そして、切り、混ぜ終わったタロットカードの束の中から、一枚を抜き出す。

 ゆっくりと、表を返した。


 ——一枚の、カード。

 明るい光を、放つ、円い、意匠。

 『太陽』の、カードだった。


 その絵を、見た瞬間。


「……あ」


 シエラの、唇から、小さな声が漏れた。


「太陽……このカード……知っている」


 その目が、大きく見開かれる。


「思い出した。私……昔、このタロットカードを、ここで、引いてあげた」


 シエラの声が、震えた。


「私……ひとりの子に。今みたいに、このタロットカードを、引いてあげたの。その時も『太陽』のカード、だった」


 シエラは、『太陽』のカードを宝物のように見つめる。


「その子が……すごく、喜んで。『素敵な絵! 太陽!』って。きらきらした目で、笑って、いた」


 シエラの記憶が、二十年前の、あの部屋へと繋がっていく。


「その子、まだ、ちいさくて。私の手元を、覗き込んで。カードが、めくれる、その瞬間を。息を、止めて、待って、いた」


 シエラの声が、遠い情景をなぞっていく。


「『太陽』が、出たとき。その子、ぱあっと、顔を、輝かせて。何度も、何度も、『すごい』って、笑ったの」


 その横顔が、やわらかくほころぶ。

 けれど、すぐに、その表情に、戸惑いが差した。


「でも……その子が、誰だったか。どうしても、思い出せない」


 その言葉に——


「……あ、それ」


 声を上げたのは、リノだった。


「私、覚えています。シエラさんが、占いを、している姿。子供の頃、すごい、すごいって、驚きながら、見ていました」


「私も、だよ」


 素朴な声で、リオナが、続く。


「シエラさんの、占い。不思議だなあって。すごいなあって、見ていたよ」


「カードを、切る手つき」


 ユーニアが、目を輝かせる。


「すごく、綺麗で。私、つい、見入っちゃって、いました」


「あたしも!」


 日焼けした、シキータが、勢いよく頷いた。


「シエラの占い、すごい!って。素直に、驚いた、覚えが、ある」


 四人の声が、口々に、シエラへと向けられる。


 ——けれど。

 その四人の言葉を、聞きながら。

 シエラの表情が、だんだん曇っていった。


「……ありがとう。でも……ちがう、の」


 シエラが、ゆっくりと、首を振る。


「みんなは、私の占いを、見て、いてくれた。それも、嬉しかった。……でも、私が、カードを、引いて、あげた『その子』は。きっと、みんなとは、別の、誰か、なの」


 その言葉に。

 場が、ふっとざわめいた。


「……どういう、こと?」


「シエラさんが、タロットを、引いてあげた相手を。誰も、覚えていない……?」


「でも、たしかに。『その子』は、いた、のよね」


 誰かが、おそるおそる口にする。


「……もしかして。もう、ひとり、いたの、かしら」


 その問いは、宙に、浮いたまま。

 誰も、答えを、持っていなかった。


 その『もう、ひとり』が、誰なのか。

 いくら、顔を、思い浮かべても。

 ここにいる、十七人の、どの顔とも、それは、重ならない。

 不安げな、沈黙が、つかのま、部屋に降りた。


 ——その、ざわめきの中で。


「私も、見ていた、覚えが、ありますよ」


 穏やかな声で、ピッパが、言った。


「シエラさんの、占い。すごいなあって、隣で、驚いて。……ねえ?」


 その言葉は、四人の記憶と、ぴったり、重なった。

 誰の目にも、ピッパは、ただの、もうひとりの観客に見えた。


 ——けれど。

 クイナだけは。

 その光景を、いつもとは、違う目で、見ていた。


 これまで。

 いくつもの連鎖は、いつも、きれいに噛み合っていた。

 誰かが、思い出のきっかけを、握り。

 その相手が、おなじ思い出を、握り返す。

 鍵と、鍵穴のように。ふたつで、ひとつ。


 アネッサの場所。フィオラのリズム。リノの文字。シキータのお守り。

 どのきっかけも、相手と、寸分たがわず、対に、なっていた。

 だからこそ、連鎖は、迷いなく、ここまで進んできたのだ。


 ——けれど、今度は、ちがう。


 シエラの握った鍵は、「誰かに、カードを、引いてあげた」という、記憶。

 なのに、応えた五人が返したのは、「占いを、見ていた」という、別の、かたちの鍵。

 噛み合って、いない。

 シエラが、カードを引いてあげた、その相手。

 ——その鍵穴だけが、この部屋の、どこにも見当たらなかった。


 クイナの中で。

 小さな、けれど、たしかな、違和感が。

 ことり、と、音を立てた。


 ——もしかして。

 ほんとうに、もう、ひとり。

 この十七人の、ほかに。

 あの一日に、いた、「誰か」が、いたのではないか。


 これまで、積み上げてきた、いくつもの空白。

 声だけの、誰か。顔のない、誰か。名前のない、誰か。

 もし、それらが、ぜんぶ——

 おなじ、ひとりの、ものだと、したら。


 その考えが、ふいに、形を持ちかけて。

 けれど、クイナには、まだ、それを、確かめる術が、なかった。

 たしかな、証拠は、何ひとつ、ない。

 ただ、違和感だけが、胸の奥で、静かに息づいている。


 ——観察を、続けよう。

 クイナは、その小さな手がかりを、記憶のいちばん上に、そっと重ねた。

 その束は、いつのまにか、見過ごせない、厚みになりはじめていた。

 ひとつひとつは頼りない違和感でも、積み重なれば、無視できない重さになる。


 シエラは、まだ、『太陽』のカードを見つめていた。


「この絵が……好きだったの。だから、おなじものを、探してまで、そばに、置いていた」


 その指が、カードを、そっと撫でる。


「でも……思い出せない。私、いったい、誰に。このカードを、引いて、あげたんだろう」


 その問いは、これまでの、どの再会とも、違っていた。

 いつもなら、誰かが、すぐに、「それ、私!」と、応えてくれたのに。

 今度ばかりは——応える声が、どこからも上がらなかった。


 その沈黙こそが、いつもの再会には、なかったもの。

 行き場を失った問いだけが、ぽつんと、宙に残されていた。


 『太陽』のカードだけが。

 二十年前の光を、いまも、静かに放っていた。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

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