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十七人目の冒険者 ― 私への道  作者: 智信
第二部

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第23話 強いられた忘却

 部屋には、まだ、温かな余韻が漂っていた。


 アイリーンの劇。サリーシアの口笛。ナリアの舞。モアの、小さな種。

 別々の場所で育った者たちが、ひとつずつ、取り戻した思い出を持ち寄って。

 失われた一日の断片を、繋ぎ合わせてきた。


 誰もが、そのぬくもりに、ひととき、身をゆだねている。


 クイナは、その輪の外で、いつものように、皆を見ていた。

 ——けれど、心のどこかで、別のことを考えていた。


 これだけのことを、思い出したのに。

 いちばん大きな問いは、まだ、手つかずのまま、残っている。


 みんなが、再会を、喜んでいる、いまこの瞬間にも。

 その問いは、部屋の隅で、静かに、答えを待っていた。

 クイナには、それが、見えていた。


 その問いを、最初に、口にしたのは——


「……でも」


 華やかな衣装の女性——エルシェだった。


「私たち、どうして、こんなに大事なことを、忘れていたのかしら」


 その一言で、温かな空気が、すっと静まった。


「これだけ、たくさんの絆を。これだけ、大切な、思い出を。あの一日のことを。……まるごと、忘れていたなんて」


 誰もが、はっと、したように、口をつぐむ。

 思い出した、今だからこそ。

 忘れていたことの、奇妙さが、際立って見えてくる。


「こわい、こと……だよねぇ」


 素朴な声で、リオナが、つぶやいた。


「あんなに、印象に残りそうな、忘れられなさそうな日を。みんなで、いっしょに。きれいに、忘れていたなんて」


「……ありえない、ことよね」


 生真面目そうな女性——アネッサが、低くつぶやいた。


「ひとつや、ふたつの、思い出なら、わかります。でも、これは……あの一日に、起きたこと、すべて。みんなが、そろって、おなじ日のことだけを、すっぽりと、失っていた」


 アネッサの、丁寧な声が、考え込むように、低くなる。


「こんな忘れ方、ふつうじゃ、ありません。まるで……何かが、私たちに、忘れることを、強いていた、みたいに」


 その言葉が、部屋に、冷たく落ちた。


「……強いていた?」


 誰かが、おうむ返しにつぶやく。


「誰が。何のために」


 答えは、誰にも、なかった。


 誰も、その先を口にできなかった。

 もし、ほんとうに、誰かが。

 自分たちに、忘れることを、強いていたのだとしたら。

 ——それは、いったい、どれほどの力を、持った、何者なのか。

 問いは、足もとから、冷たく、這い上がってくるようだった。


 サリーシアが、腕を組んだ。


「私たち、ここで、励まし合って。互いのいろいろなものを、見せ合って。たしかに、絆を、築いていた。……それを、まるごと、奪われていたなんて」


 その声に、かすかな苦さがにじむ。


 クイナは、その議論を、頭の中に、刻みながら、ひとつずつ整理していった。


 ——分かったこと。

 子供の頃、この部屋にいた。

 互いに、繋がっていた。

 そして、何かに、不安を、抱えていた。


 ——まだ、分からないこと。

 なぜ、その記憶を、忘れていたのか。

 なぜ、ここに、集められたのか。

 何のために。


 ひとつ、思い出すたびに。

 謎は、減るどころか、かたちを、変えて、増えていく。


 そして、クイナは、ふと、あることに気づいた。

 ——この忘却は、雑では、ない。

 あの一日に関する、すべての記憶を奪いながら。

 それ以外の、記憶は、傷つけていない。

 まるで、熟練の手が、あの一日を基準に、正確に切り取ったかのように。

 そして、その切り口からは、いつも。

 顔のない、名前のない、声だけの「誰か」が、こぼれ落ちている。

 クイナの中に、積み上がってきた、いくつもの空白。

 ——あれも。この、忘却と。おなじ手による、ものなのだろうか。


 その時、ふと、誰かが、言った。


「……そういえば、さ」


 日焼けした、活発な女性——シキータだった。


「思い出すきっかけ、大事なものを、握ってた、よね。あたしの、お守りとか。ユーニアの、ミサンガとか。モアの、種とか」


 その言葉に、皆が、顔を見合わせる。


「私たち、ずっと、持っていたんだ。二十年も。……忘れていたのに、捨てられ、なかった」


「忘れて、いたのに。手放す気には、どうしても、なれなかった」


 誰かが、自分の持ち物に、そっと触れる。


「理由も、わからないまま。ただ、大事だと、信じて」


「……つまり」


 アネッサが、考えながら、言葉を継いだ。


「忘れさせられても、なお、手放せなかった、もの。それが、私たちと、あの一日を、繋ぎとめていた、最後の糸だった……ということ、ですね」


 その整理に、皆が、静かに頷く。


「大事なものは……忘れても。心が、ちゃんと、覚えて、いたのかも、しれないわね」


 神秘的な声が、静かに響いた。

 黒髪の、占い師——シエラだった。

 その横顔は、何か、遠いものを見つめているようだった。


「ねえ。それなら……ほかにも。何か、大事なものを、持っている人が、いるかも、しれない」


 その言葉に。

 部屋が、しんと、静まった。


 ——その、静けさの中で。


 シエラが、ゆっくりと、自分の懐に、手を当てた。


「……私も」


 その指が、布の上から、何かを確かめる。


「私も、ずっと。大事に、持っているものが、あるの」


 シエラが、懐から、それを取り出した。


 一組の——古びた、カードの束。

 占いに使う、タロットカードだった。


 占いの、道具。

 けれど、いまは、誰も、それを、ただの道具とは思わなかった。

 また、ひとつ。記憶の扉が、ひらこうとしている。

 その予感に、皆が、息をのんだ。


 その瞬間、クイナの中でも、何かが、ちりっと反応した。


 ——大事なもの。

 皆を、過去と、繋ぎ直してきた、鍵。

 お守り。ミサンガ。種。

 そして、今回は——タロットカード。


 けれど、クイナには。

 握りしめる、大事なものが、ひとつも、なかった。

 二十年、肌身離さず、持ち続けるような、何かが。

 ——そもそも、あの一日の記憶が、自分の中には、ない。

 見たものも、聞いたことも、忘れない。

 そのはずの頭に、あの一日だけが、ぽっかりと空いている。


 その冷たい事実を、クイナは、また、ひとつ、噛みしめた。


 けれど、と、クイナは、思い直す。

 大事なものを、持たない、自分。

 あの一日の、ぬくもりを、知らない、自分。

 ——だからこそ。この部屋で、ただひとり。

 思い出に、流されることなく、冷静に見ていられるのかもしれない。

 みんなが、繋がっていく糸の中で、再会の熱気に、浸っている間に。

 その糸の、編み目そのものを、外から見つめることができる。

 部外者だから、見えるものが、きっと、ある。


 ふと、視線を巡らせると。

 輪の中に、ピッパが、いた。

 皆が、口々に、「なぜ忘れたのか」を語り合う中で。

 あの人だけは、ひとことも、その問いに、触れていなかった。

 ただ、穏やかに微笑んで。

 誰かの言葉に、小さく頷くだけ。


 ——気のせい、だろうか。

 クイナは、その小さな引っかかりを、いつもの空白の隣に、そっと置いた。


 シエラは、手の中のカードを、じっと見つめていた。

 その瞳が、ゆっくりと揺れる。


「……ふしぎ。このタロットカードを、見ていると」


 シエラの声が、夢の底から、たぐり寄せるように、続いた。


「私……誰かに、このタロットカードを、引いて、あげた。そんな、覚えが……ある気が、するの」


 けれど、と、シエラは、小さく、首を、横に振った。


「でも……その『誰か』が、どうしても、思い出せない。こんなに、大事に、思っているのに」


 その声には、占い師の、神秘も、余裕も、なかった。

 ただ、迷子のような、心細さだけがにじんでいた。


 その指先が、いちばん上の、一枚に触れる。


 部屋の、誰もが。

 息を、ひそめて、その手元を見つめていた。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

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