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十七人目の冒険者 ― 私への道  作者: 智信
第二部

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第22話 小さな種

 モアが、何かに、囚われたように、立ち尽くしていた。

 視線は、自分の、首もとに落ちている。

 そのモアの様子に、ひとり、またひとりと気がつき、皆の目が、モアへと、そして、その首もとへと、集まっていった。


 皆の目に促されるように、モアの手が、首から、巾着を外した。

 古びた紐を、ゆっくりとほどいていく。

 中から、出てきたのは——


 ひとつぶの、小さな種だった。


 モアが、それを、手のひらに、そっと乗せる。

 硬くて、茶色い、なんの変哲もない、種。

 手のひらの上で、それは、ことりとも、音を立てない。

 けれど、たしかな、重みがあった。

 そして、その手のひらは、かすかに震えていた。


「……この種ね」


 モアが、訥々と語りはじめる。


「ずっと、埋めることができなかった。育てることも、できなかった」


 その目が、手のひらの種を、見つめる。


「どうしてだか、分からない。ただ、大事なものだって気がして。だから、ずっと、肌身離さず持っていたの」


 モアが、首を横に振る。


「私、畑で、たくさんの種を育ててきた。いろんな種を、畑に埋めて、こころを込めて育てる。そうすると、ちゃんと芽を出す。……それが、私の仕事だから」


 その指が、手のひらの種を、そっとなぞる。


「でも、この種だけは、どうしても埋められなかった。育て方が、想像つかないわけじゃないのに。畑に、土に、埋めようとすると、胸が……そう、胸が、ぎゅっと痛むの」


 部屋が、静まり返る。

 誰もが、モアの、訥々とした声に、耳を傾けていた。


「でも、今……この景色を見て。思い出したの」


 モアの声が、少しずつ、熱を帯びていく。


「ここで。私、この種を、みんなに見せた。宝物だって」


 モアの目に、涙が、盛り上がる。


「そうしたら、みんな、『すごい、すごい』って。褒めてくれた」


 その涙が、ひとつぶ、種の上に、落ちた。


「……でも。どうして、こんな大事なこと、忘れていたんだろう」


 小さな種を、起点にして、記憶が、よみがえっていく。

 手のひらに伝わる、その硬い感触が、二十年前の、あの広い部屋へと、モアを、まっすぐに連れ戻していく。


 モアが、種を、握りしめる。


「思い出した……あの時、私」


 モアの声が、震えた。


「ひとりで、不安で。この種を、ぎゅっと握って、気を紛らわせていた。畑の、土の匂いを思い出しながら」


 モアが、顔を上げる。


「そうしたら、誰かが、『それ、なに?』って。だから、見せたの。これは、種。埋めると、花や野菜になるんだよ、って」


 モアの声が、少しずつ、ほどけていく。


「そのうち、ほかの子も、集まってきて。それぞれ、自分の宝物を出して、見せ合ったの。お守りとか、紐とか……ちいさな、たからものを。みんな、不安を忘れたみたいに、笑って」


 その記憶を、たどるように。


「はじめて、だった。誰かに、私の宝物を見てもらえたの。……ひとりきりの私には、それが、どんなに嬉しかったか」


 その言葉に——


「……あ」


 声を上げたのは、生真面目そうな女性——アネッサだった。


「私……モアさんの、種のこと、聞いていた記憶が、あります」


 アネッサの、丁寧な声が、だんだん、早口になっていく。


「あなたが、種を見せてくれて。私は、植物の、知識を語ったんです。『この種は、何だろう』って、二人で考えて」


 アネッサが、こめかみを、押さえる。


「……それで。誰かが、言ったんです。『すごい、ちいさいのに、おおきくなるんだね』って。あの、無邪気な声を……私、覚えている」


 その横顔には、研究者らしい探究の色と、幼い日の温もりが、入り混じっていた。


「私も」


 のんびりとした声が、続いた。

 マイペースな女性——マイラだった。


「私も、モアちゃんの種、見た覚えが、あるよ。思いっきり覗き込んじゃってたよね」


 マイラが、ふわりと笑う。


「『すごい!』って、素直に、言った気がするなぁ」


 ナリアと、コルテが、顔を見合わせて、微笑んだ。

 ついさっき、輪に、迎え入れられたばかりの、二人。

 その二人が、今度は、モアの、新しい繋がりを、誰よりも、嬉しそうに見守っている。


 モアの周りに、新しい糸が、結ばれていく。

 ナリア。コルテ。そして、アネッサと、マイラ。

 ひとりきりだった、モアの宝物が——たしかに、誰かと分かち合われていた。


 モアが、アネッサと、マイラを、見つめる。


「……思い出してくれたんだ。私の、たった、ひとつの、宝物を」


 その目から、大粒の涙が、ぽろぽろと、こぼれ落ちた。


「……埋められなかった、わけが分かった」


 モアが、種を、見つめたまま、ぽつりと言った。


「この種を、埋めてしまったら。なんだか、忘れちゃいけない、大事なことまで、土の中に消えてしまう気が、していたのね。……ずっと」


 モアの頬を、また、涙が伝う。

 けれど、その顔は、晴れやかだった。


「忘れていても。心は、ちゃんと覚えていた。この種が、私と、あの一日を繋いでいてくれたんだ」


 モアが、種を握った手を、胸に当てる。


「埋められなくても。芽を出させてあげられなくても。……あきらめずに、持っていてよかった」


 その言葉は、誰に、言うともなかった。

 けれど、なぜか、部屋の、隅々まで、静かに染みわたっていく。


 部屋に、温かな、ざわめきが広がる。


「小さい頃の宝物が……あの一日、私たちを繋いでくれたのね」


「モアさんも、ちゃんと、ここに、いたんだ」


 誰もが、モアがひとりではなかったことを、自分のことのように、喜んでいた。


 その輪の中に、ピッパも、いた。

 うんうん、と頷きながら。

 誰よりも、深く、感じ入ったような顔をして。


 クイナは、その光景を、輪の外から、見つめていた。


 ——モアも、繋がった。


 ナリアの拍手で、名前を。

 そして、この種で、宝物を。

 二重に、輪の、内側へ。


 クイナは、これまでの連鎖を、もう一度、頭の中でたどってみる。

 名前を、呼び合うことで。宝物を、見せ合うことで。

 いちばん、ひとりだった者ほど、二つ、三つと、ていねいに糸を結び直されていた。

 ——まるで、誰ひとり、こぼさないように、と。

 誰かが、はじめから、そう願っていたかのように。

 ばらばらに、ほどけていた糸の端を、ひとつずつ拾い上げては、もとの結び目へ返していく。

 そんな、ていねいな手つきが、この部屋には、たしかにあった。


 ひとりきりだった者さえ、こうして、糸を取り戻していく。

 輪に、加われずにいる者は、もう——


 クイナは、そこで、思考を止めた。

 胸の奥に、いつもの、冷たい線が引かれていく。

 この、温かな部屋で。繋がる相手を、持たないのは。

 ——やはり、自分、だけ。


 ふと、クイナの中で、ひとつの言葉が、引っかかった。

 アネッサの言った、あの声。

 『ちいさいのに、おおきくなるんだね』

 ——あれは、いったい、誰の声だったのだろう。


 クイナは、応えた者たちの顔を、頭の中に、並べてみる。

 モア。アネッサ。マイラ。

 けれど、その無邪気な感嘆を、口にした子は。

 その三人の、誰とも重ならなかった。


 また、ひとり。

 声だけを、残して、消えた、誰か。

 クイナは、その声なき空白を、これまでの空白の隣に、そっと重ねた。


 モアが、種を、巾着に戻した。

 古びた紐を、結び直し、ふたたび、首にかける。


「……大事な、記憶、だったんだね。この小さな種は」


 モアが、巾着の上から、その小さな膨らみを、手のひらで包む。

 まるで、二十年ぶんの、孤独を抱きしめるように。

 ——そして、その孤独に、そっと別れを告げるように。


 その横顔は、もう、輪の外にはいなかった。

 クイナは、ただ、ひとり。

 温かな部屋の、いちばん端で、その光景を、静かに見届けていた。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

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