表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
十七人目の冒険者 ― 私への道  作者: 智信
第二部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/37

第19話 指の物語

 クイナの視線の先で、壁ぎわの二人は、まだ、輪の外に立っていた。

 けれど、部屋の中央では、温かなざわめきが、まだ続いていた。


 再会を果たした四人——シエラ、マイラ、リノ、そしてアイリーンは、やっと思い出すことのできた子供の頃の話を、楽しそうに、続けていた。


「マーちゃんったら、いつも、『こういうの、こういうの』って、無茶ばかり言って」


 アイリーンが、口元に手を当てて、くすくすと笑う。


「それを、リノが、ちゃんと、魔法陣にしてくれて。シーちゃんが、横で、見ていてくれて」


「私は、ただ、マーちゃんに言われた通りに描いていただけです」


 リノが、照れたように、目を伏せた。


「ううん。マーちゃんの、めちゃくちゃな注文を、形にできたの、リノだけだったよ」


 マイラが、のんびりと、言い添える。


「……それで、いつも、最後に、アイリが、お話を、つけてくれたんだよねぇ」


 その言葉に、アイリーンの瞳が、きらりと、輝いた。


「そう。そこからが、私の、出番」


 ふいに、アイリーンが、立ち上がる。

 優雅な所作のまま、両手を、胸の前へ、持ち上げた。


「ねえ、覚えてる? 私、こうやって、お話を、披露していたの」


 細い指を、ひらひらと、動かす。

 まるで、その指先に、見えない人形が、宿っているかのように。


「『——むかしむかし、ちいさな魔法使いが、いました』」


 アイリーンの声が、すっと、変わった。

 ひとさし指が、ぴょこんと、おじぎをする。

 中指が、それに、応える。


「『魔法使いは、言いました。さあ、いっしょに、冒険に、でかけましょう』」


 指と指が、語り合う。

 高い声と、低い声を、自在に、使い分けて。

 養い親のもとで磨かれた表現力が、いまは、幼い日の遊びの中へ、まっすぐ戻っていた。


 見ている者たちから、ふっと、笑みがこぼれる。

 この部屋の重さが、つかのま、遠ざかった。


 ——その時だった。

 物語を踊らせていた、アイリーンの指が、ふと、止まった。


「……あれ」


 その声が、小さく、震えた。


「私……これを、ここで、やった、ことが、ある」


 アイリーンが、自分の指を、見つめる。


「ここで……この、広い部屋で。冷たい、石の床に、座って。私、お話を、語ったの」


 言葉が、ひとつずつ、こぼれ落ちていく。


「みんな、不安で、たまらなくて。……だから、せめて、みんなの気を、紛らわせたくて。今と同じように、指を使いながら、お話を、語ったの」


 アイリーンの目に、みるみる、涙が、盛り上がった。


「こわくないよ、って。これから、すごい冒険に、出るんだよ、って」


 アイリーンの指が、宙で、小さく、見えない人形を、動かす。


「私の、お話が、すすむたびに。みんなの、目が、輝いて。……こわばっていた顔が、ひとつ、またひとつ、ほどけて、いったの」


 その頬を、涙が、伝った。

 けれど、口元は、笑っていた。


 その記憶は、もう、四人だけの輪には、収まっていなかった。


「……聞いて、くれた子が、いた。たくさん」


 アイリーンが、顔を上げる。

 部屋を、ぐるりと、見渡した。


「シーちゃんたちだけ、じゃ、ない。もっと、たくさんの子が……私のお話を、聞いて、くれていた」


 その言葉が、部屋に、落ちた瞬間。


「——あ」


 声が、上がった。

 楽器を背負った、旅装の女性——フィオラだった。


「その物語……私、聞いた、覚えが、ある」


 フィオラが、ゆっくりと、目を、見開く。


「知らない世界に、連れて行って、もらったみたいだった。……こわかったのに、お話の間だけは、別の場所に、いるみたいで」


「私も」


 フィオラの隣で、華やかな衣装の女性——エルシェが、胸に手を当てた。


「フィー姉ちゃんの、隣で。私も、あなたのお話を、聞いていた。……胸が、高鳴って。こわいはずなのに、感動で、震えていたの」


「あたしも!」


 日焼けした活発な女性——シキータが、勢いよく、身を乗り出す。


「思い出した! あんたが、指の人形で、お話、作ってたんだ。あたし、それ見て、なんだか、元気が、湧いてきて。勇気、もらったんだよ!」


「……私も、です」


 本を抱えた、控えめな女性——ミュリエルが、小さな声で、続いた。


「いちばん、後ろで、聞いて、いました。……あの時、わくわくして。不安が、すうっと、消えて、いったんです」


 四つの声が、別々の場所から、アイリーンへと、伸びていく。


 アイリーンは、しばらく、言葉を、失っていた。

 その四人を、ひとり、ひとり、見つめる。


「……みんな。私の、お話を、聞いて、くれていたのね」


 声が、潤んでいた。


「おなじ、お部屋に、いたけど。別々の、場所から、来たのに。……それでも、おなじ、お話で、いっしょに、わくわく、してくれていた」


 四人と、アイリーンの間に、新しい糸が、結ばれていく。

 今度の糸は——これまでとは、形が、違っていた。


 その光景に、部屋の空気が、ざわめいた。


「ほんとうに……ここに、みんな、いたの?」


「あの時、私たち……ここで、もう、互いを、知って、いたのかも、しれない」


 誰かが、つぶやく。

 驚きと、期待の、入り混じった声だった。


 その輪の中に、ピッパも、いた。


「……すごいわね。私たちも、この場所に、いたことがあるだなんて」


 誰かの感嘆の、すぐ後ろへ、そっと、声を、重ねて。


 クイナは、いつものように、輪の外から、その一部始終を、見つめていた。


 ——連鎖の形が、変わった。

 これまでの再会は、すべて、おなじ場所で育った者どうしだった。

 子供の頃を、ひとつ屋根の下で過ごした、ひと組の仲間だった。

 けれど、いま、アイリーンに応えた四人は——違う。

 別々の場所で、別々の屋根の下で育ち、ここへ、連れて来られた者たちだ。


 その四人が、ひとつの思い出を通じて、繋がっていた。


 ——あの一日、ここにいた子供たちは。

 育った場所の、壁を、越えて。

 互いに、知り合って、いたのだ。

 ひとりの少女の紡ぐ物語が、その壁を、静かに、溶かしていた。


 ——だとすれば。

 この子たちを、ここへ集めた者は。

 わざわざ、ばらばらの土地から、幼い子供を、選んで、連れてきたことになる。

 そして、その全員から、おなじ一日の記憶を、まるごと、奪った。

 いったい、どうして?

 答えの出ない問いが、また、ひとつ、クイナの中に、積み上がっていく。


 ふと、クイナは、もうひとつのことに、引っかかった。

 アイリーンは、さっき、こう言った。

 「聞いてくれた子が、たくさん」と。


 クイナは、応えた四人の顔を、頭の中に、並べてみる。

 フィオラ。エルシェ。シキータ。ミュリエル。

 四人。

 ——けれど。


「……もうひとり、いた、気が、するの」


 アイリーンが、ぽつりと、言った。

 まるで、クイナの内心を、なぞるように。


「私の、お話に、いちばん、夢中に、なってくれた子。いっしょに、お話を、作った子が……いた、はずなの。でも」


 アイリーンが、こめかみに、指を、当てる。


「……その子の、顔が。どうしても、思い出せない」


 応えた四人の、誰の顔とも、それは、重ならなかった。

 また、ひとり。

 名前も、顔も、ない、誰か。

 クイナは、その空白を、そっと、記憶に、刻んだ。


 ——それでも、たしかなことが、ひとつ、増えた。

 この十七人は、ばらばらに、生きてきたのではない。

 子供の頃、おなじ部屋で。

 育った場所さえ、越えて。

 互いに、笑い合って、いた。


 その温もりの輪は、また、ひとつ、大きくなった。


 けれど、その輪に、まだ、加われない者が、いる。

 壁ぎわに立つ、二人。

 そして、クイナ自身。


 歓声の高まる部屋の中で、その三人だけが、奇妙に、静かだった。

 呼ぶ名前も、呼ばれる名も、持たないまま。

 クイナは、その静けさの中で、次の声を、待った。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

評価・ブックマークで応援いただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ