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十七人目の冒険者 ― 私への道  作者: 智信
第二部

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第16話 ミサンガ

「……ナーねえね」


 ユーニアが、もう一度、その呼び名を、口の中で、転がした。

 なぜ、そう呼んだのか。

 その理由は、まだ、はっきりとは、わからない。

 けれど、リオナを見つめる目には、確かな熱が、宿りはじめていた。


「ユナ、ナル……」


 リオナも、二人を見つめ返して、繰り返す。

 その呼び名の感触が、舌に、馴染んでいる。

 三人のあいだに、何かを、いままさに、掴みかけている空気が、流れていた。

 あと、ひとつ。

 あと、ひとつ、きっかけがあれば——。


 その時。

 ユーニアの手が、また、自分のポケットへ、伸びた。

 さっきから、何度も、無意識に、押さえていた場所。

 その指先が、今度は、ポケットの中のそれを、そっと、取り出す。


「……あ。これ……」


 ユーニアの手のひらの上に、載せられたのは——一本の、古い紐だった。

 細い糸を、編んで作られた、組紐のような、飾り。

 けれど、長い年月に、すっかりすり切れて、両の端は、ほつれて、力なく垂れている。

 元は輪を成していたのだろうが、いまは、その輪も、閉じてはいなかった。


「これ……子供の頃から、ずっと、持ってたんです」


 ユーニアの声が、戸惑っていた。


「最初は、きっと、ミサンガだったんです。でも……覚えている記憶だと、もう、こうして、切れていて。いつ切れたのかも、思い出せない。それなのに、捨てられなくて。こんなに、ぼろぼろになっても。……なぜ、こんな紐を、大事にしているのか。自分でも、わからないんです」


 ユーニアは、その紐を、目の高さに、掲げた。

 光に、透かすように。


「……よく見ると。三つの色が、編み込まれているんです」


 近くの者たちが、覗き込む。

 すり切れてなお、確かに、そこには、三色の糸が、撚り合わされていた。

 落ち着いた、淡い赤色。

 深く、澄んだ青色。

 そして、清らかな、白に近い色。


「子供心に……色を選んで。三つを、組み合わせて、編んだ気が、するんです」


 ユーニアの指が、無意識に、その紐を、撫でていた。

 すり切れた糸の、ざらりとした手触り。

 その感触を、指先が、確かめる。


「……あ」


 ユーニアは古い紐を握りながら、見えない糸を組み上げるように指を動かした。

 糸を、すくい。

 かけて、結び。

 ひと目、ひと目、編んでいくような、規則正しい、動き。


「……この、動き。私、知っている」


 その目が、大きく、見開かれる。


「子供の頃。私、この指で、紐を、編んでいた。こうやって、何度も……」


 言葉が、堰を切ったように、あふれ出す。


「教えてくれたのは——ナーねえねだ。『こうやって、すくって、結ぶの』って。優しく、何度も。私の手を、取って」


 ユーニアの視線が、リオナへ、向く。


「そして、私の隣に、ナルがいた。一緒に、編んでた。二人で、どっちが上手か、競って……笑いながら」


 今度は、白い装束のナリアを、見る。

 その瞳から、涙が、こぼれた。


「思い出した。この三つの色は——私たちなんだ」


 ユーニアが、震える指で、ひとつずつ、糸を、指し示す。


「この、落ち着いた赤色は……ナーねえね。深い青色は……私。そして、この白色のが——ナル」


 三色の糸が、ひとつに、撚り合わされた、紐。

 それは、ただの飾りでは、なかった。

 三人で、それぞれの色を持ち寄って、編み上げた——絆の、かたちだった。


「……そうだ」


 リオナが、堪えきれず、口を、開いた。


「私が、二人に、教えたんだ。紐の、編み方を」


 その目から、つうっと、涙が、伝う。


「淡い赤色は、私が、好きだった色。『ナーねえねの色だね』って、ユナが、選んでくれた」


「私の、白色も」


 ナリアが、続けた。

 いつもの、年少らしい、まっすぐな声が、潤んでいる。


「ユナが、『これは、ナルの色』って。……私、嬉しくて。自分の色を、もらえたのが。三人の中に、私の場所が、ちゃんと、あるんだって、思えて」


 ナリアは、その白い糸を、そっと、指でなぞった。


「……あの、広くて、冷たい部屋で。怖くて、たまらない時は、三人で、これを、握っていたの。三人の色を、いっしょに、握っていれば……すこしだけ、怖くなくなったから」


 三人の記憶が、一本の紐のように、撚り合わさり、ひとつになる。

 欠けていた色が、それぞれの手で、埋まっていく。


「ユナ……ナル……」


 リオナが、両手を、広げた。

 二人は、もう、ためらわなかった。

 幼い日に、そうしていたように——その胸へ、飛び込んでいく。


「ナーねえね!」


 二人の声が、重なった。

 三人は、固く、抱き合った。

 二十年の空白を、その温もりで、塗りつぶすように。

 離れていた歳月も、忘れていた名前も、いまは、もう、どうでもよかった。

 ただ、互いの背に回した腕の確かさだけが、すべてだった。


「ずっと、一緒だったね」


 リオナが、二人の髪を、撫でながら、囁く。


「三つの色は、ばらばらに、なってたけど。……ほんとうは、ずっと、ひとつの、紐だったんだ」


 ユーニアが、切れた紐を、宝物のように、握りしめた。

 すり切れて、もう、結び直すことも、できないけれど。

 その三色だけは、二十年を、越えて、ここに、残っていた。


 その光景に、見ている者たちの胸も、温かく、満ちていく。

 部屋の、あちこちで、声が、上がった。


「すごい……また、繋がった」


 シキータが、頬を、紅潮させている。


「これで……三組目、だよね」


 その輪の中で、ピッパも、静かに、頷いている。


「……よかった。ほんとうに、よかったわね」


 誰かの喜びに、後から、そっと、寄り添うように。


 クイナは、いつもの場所から、その一部始終を、記憶に、刻んでいた。

 九人。

 フィオラとエルシェ。

 サリーシアたち、四人。

 そして、リオナと、ユナと、ナル。

 十七人のうち、もう、半分以上が、忘れていた絆を見つけ出した。

 ——あの時の部屋に、あったもの。

 ——あの時の部屋で、していたこと。

 それだけが、消えた記憶への、扉を、開ける鍵になる。


 そんなクイナの耳に、ひとつのつぶやきが届いた。


「ふたりと、よにんと、さんにん。……まるで、誰かが、組分けでも、していたみたい」


 黒髪のシエラが、ひとつ、ひとつ、確かめるようにつぶやいた一言。

 その何気ない一言に、クイナの目が、わずかに、動いた。

 組分け。

 ふと、こぼれた言葉。

 本人は、深く考えずに、言ったのだろう。

 けれど——その言葉は、クイナが、ずっと、抱えていた違和感に、形を、与えるものだった。

 ——誰かが、ばらばらの土地から、何組もの子供を、選んで集めたのではないか。

 その推測へ踏み出すには、十分なひとことだった。


 そして、思い出される記憶は——みんな、同じ場所へ、帰っていく。

 広い部屋。

 冷たい石の床。

 不安な時間。

 別々の入り口から手繰り寄せても、行き着く先は、いつも、たったひとつの、おなじ一日だ。


 クイナは、胸の奥で、二つの問いを、転がした。

 ——なぜ、その一日が、あったのか。

 ばらばらの土地に、ばらばらに、生きてきた子供たちが、たった一度、おなじ部屋に、集められた、その日。

 そして、もうひとつ。

 ——なぜ、その一日の記憶だけが、みんなの中から、消えていたのか。

 偶然、忘れたのでは、ない。

 まるで、誰かの手で、きれいに、拭い去られたかのように。


 答えは、まだ、どこにも、なかった。

 ただ、ひとつの紐が、切れてもなお、捨てられずに、残っていたように。

 消されたはずの一日も、こうして、ひとつ、またひとつと、拾い集められていく。


 そして、いつものように——みんなが取り戻していく、その記憶の中に、まだ、私はいない。


 ふと、クイナは、輪の隅へ、目を、やった。

 誰とも、まだ、繋がっていない者たち。

 壁ぎわで、じっと、自分の手のひらを、見つめている、二人がいた。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

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