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十七人目の冒険者 ― 私への道  作者: 智信
第二部

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第15話 撫でる手

 再会を果たした四人を包む温かさは、まだこの部屋に残っていた。

 小さなお守りが、四つの手のあいだを、ゆっくりと巡っていく。

 誰かが握り、隣へ手渡し、また次の手のひらへ。

 その素朴な毛の感触が、四人を、順に、繋いでいくようだった。


「これ、ずっと持ってたんだ」


 日焼けした活発な女性——シキータが、照れたように笑う。


「今になって、わかった。あの時握ってたのも、これだったんだなって」


 お守りを受け取った、眼鏡をかけた知的な女性——アネッサが、その毛並みを、いとおしむように、なぞった。

 そして、そっと、目元をぬぐう。


「あなたたちは、私を『アオ』と呼んでくれました。……ひとりで、誰とも親しくなろうとしなかった、閉じこもっていた私を、いつも、みんなが、やさしく、手を引いてくれた」


「アオは、ずっとひとりでいたもんね」


 シキータが、くすっと笑う。


「でも、あたしが動物の話をすると、ちゃんと、聞いてくれたよね」


「……覚えて、いるんですね。そんなことまで」


 アネッサの硬い頬が、ほんの少しだけ、ゆるんだ。


 本を抱えた控えめな女性——ミュリエルが、小さく頷く。


「私は、いつも、みんなの隣にいました。……だから、あの時も、ちっとも、寂しくなかったんです」


 その声は小さかったが、ひとことずつ、確かに、やさしかった。


 装飾の多い衣装の、しなやかな女性——サリーシアが、三人を見渡して、目を細めた。


「私が、いちばん年上だったからね。あなたたちのこと、いつも見てた。……怖がってる時は、踊って、笑わせようとしたっけ」


「ああ、それ、覚えてる!」


 シキータが、ぱっと顔を輝かせた。


「アリ姉さんが、変な踊りして。あたしたち、つられて笑ったんだ。怖いの、どっか行っちゃって」


「そうですね。あの変な踊りには、なぜか笑ってしまう力が、ありました」


 アネッサが、笑顔で続いた。


「変な、とは失礼だね」


 サリーシアが、おかしそうに、肩をすくめる。


「でもね。ほんとうは、私だって、怖かったんだよ。だから、あなたたちが笑ってくれると、私のほうこそ、ほっと、できたんだ」


「……そうだったんですか」


 ミュリエルが、目を、丸くする。


「ずっと、平気な顔をしているんだと、思っていました」


「年上は、つらいんだよ。みんなの前では、泣けないからね」


 サリーシアが、おどけて言うと、四人は、また、小さく笑った。


「でも——そう。あの時も、笑えてたんだね。こんな場所でも。みんなが、いてくれたから」


 アネッサが、眼鏡の奥の目を、細めた。


「ふしぎですね。怖かったはずの記憶なのに……思い出すと、あたたかい」


「ねえ、もう一回、やろうよ」


 シキータが、お守りを、輪の真ん中へ、差し出した。


「あの時みたいに。順番に、握って。……だいじょうぶ、って」


 四人の手が、ひとつずつ、その小さなお守りの上に、重ねられた。

 あたたかい手のひらが、重なって、ひとつになる。

 二十年前と、おなじように。


「……うん。だいじょうぶ」


 誰かが、そっと、呟いた。

 もう、誰の声なのかも、わからなかった。

 四人の声が、ひとつに、溶けていたから。


 四人は、それぞれに、まるで違う暮らしを生きてきた。

 遠く離れ、互いの存在さえ忘れたまま、二十年。

 それでも、こうして同じ部屋に集まれば、そして、記憶を取り戻せば、すぐに、あの頃の顔へ戻ってしまう。

 まるで、離れていた時間など、なかったかのように。


 ミュリエルは、何も言わず、ただ、お守りを両手で包んでいた。

 その横顔が、やわらかく、ほどけている。

 四人のあいだに流れる時間は、もう、見知らぬ者どうしのものではなかった。


 四人は、顔を見合わせて、笑った。

 その笑みの端に、涙が滲んでいた。

 誰かが泣けば、誰かが肩を寄せ、誰かが笑えば、つられてまた笑う。

 二十年前、この部屋で身を寄せ合った時間が、そのまま、また戻ってきたかのようだった。


 その昂りが、こぼれたのだろうか。

 サリーシアの唇から、ふいに、短い口笛が漏れた。

 ふぃ、ふぃ——と、しなやかな旋律が、ひとふし。

 本人も気付かないような、ささやかな音だった。

 誰も、気に留めなかった。

 それが、この穏やかな時間の、自然な一部であるかのように。


 その光景を、少し離れて見ていた二人がいた。

 学究的な雰囲気の、若い女性——ユーニア。

 そして、白い装束を纏った、清浄な雰囲気の女性——ナリア。

 二人は、さきほどから、ひとことも話していなかった。

 ただ、目の前の再会を、じっと、見つめている。

 誰かの名を呼び、誰かに名を呼ばれる——その光景が、まぶしくて、たまらないというように。

 二人の胸にも、きっと、おなじ思いが、あったのだろう。

 あんなふうに、自分にも、呼び合える誰かが、いたのだろうか、と。

 けれど、いくら記憶を探しても、その相手の顔は、浮かんでこない。

 二人の目に、見る間に、涙が盛り上がっていく。


「……素敵、ですね」


 ユーニアの声が、揺れた。


「皆さんの絆が……あんまり、温かくて」


 言いながら、ユーニアの手が、無意識に、自分のポケットの上を、そっと押さえた。

 何かを、確かめるように。

 けれど、本人は、その仕草に、気づいてもいないようだった。


 ナリアも、こくりと頷く。

 こらえようとして、こらえきれず、二人の頬を、涙が伝った。

 ——自分たちも、どこかで、誰かと繋がっていたのだろうか。

 その淡い期待と、まだ何も思い出せない心細さが、入り混じった涙だった。


 その時だった。

 品のある、落ち着いた装いの女性——リオナが、ごく自然に、二人へ、後ろから手を伸ばした。

 右手で、ユーニアの頭を。

 左手で、ナリアの頭を。

 ゆっくりと、包み込むように、撫でる。


「……大丈夫、大丈夫」


 仲居らしい、柔らかな声だった。

 年長者の、慣れた手つき。

 まるで、何度もそうしてきたかのように。


 その手が——ふと、止まった。


「……あれ」


 リオナが、自分の手のひらを、不思議そうに見つめる。


「私……昔も、こうやって、誰かの頭を、撫でた気がする」


 声が、記憶の底を探るように、低くなっていく。


「怖くて、震えてる、二人を。……このちっちゃな頭を、撫でて。だいじょうぶ、だいじょうぶ、って」


 リオナの目が、潤んでいった。


「広い、部屋だった。冷たい、石の床。何かが始まるのを、待っていて。私も、ほんとうは、怖かった。……でも、私が、いちばん上だったから。この子たちだけは、守らなきゃって」


 その時の、小さな二つのぬくもりが、よみがえる。

 左右から、ぴったりと身を寄せてきた、二人の重み。

 怖い、と口にはしないまま、ただ、私のそばを、離れなかった。

 その小さな重みだけは、二十年の時を越えても、私の左右に、残っていた。

 頭の記憶より先に、この手のひらが、それを覚えていたのだ。

 撫でるたびに、その重みが、すこしずつ、確かに、なっていく。


 その指先は、いまも、二人の髪を、そっと撫でている。

 遠い日の仕草を、なぞり直すように。


「……頭を撫でていると、二人とも、涙を堪えて、ちょっとだけ、笑ってくれた」


 遠い記憶の底から、ひとつ、またひとつと、像が立ちのぼってくる。

 言葉が、ひとつずつ、ほどけていく。


「それにつられて、私も、笑顔になったんだ……」


 そして——その記憶の、いちばん柔らかいところで。

 リオナの口から、二つの呼び名が、こぼれ落ちた。


「……ユナ。ナル」


 自分でも、驚いたように。

 リオナが、もう一度、繰り返す。


「ユナ、ナル。そう、呼んでた。私、この子たちを」


 その瞬間だった。

 ユーニアと、ナリアの肩が、同時に、びくりと震えた。

 二人は弾かれたように振り返り、見開いた目が、まっすぐ、リオナを、捉える。

 そして——どちらからともなく、ほとんど同時に。

 二人の唇から、おなじ呼び名が、こぼれた。


「「……ナーねえね?」」


 その呼び名だけが、三人のあいだに、行き場なく、残された。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

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