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十七人目の冒険者 ― 私への道  作者: 智信
第二部

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第14話 お守り

「ひとつの再会が、また、次の再会を呼ぶ」

—— 連鎖する記憶

 フィオラとエルシェの——姉妹の再会の余韻が、まだ部屋に、残っていた。

 繋いだままの二人の手を、誰もが、どこか眩しそうに、見つめている。

 そしてその眼差しの奥で、めいめいが、同じ問いを、胸に転がし始めていた。

 ——私にも、誰か、いるのだろうか。

 自分の記憶の底を、そっと手探りするような、静かな時間が、流れた。


 その静けさを破ったのは、日焼けした活発な女性——シキータだった。


「……あたしにも、あるかも」


 ぽつりとそう言って、ポケットから、何かを取り出した。

 それは、手のひらにのるほどの、小さなお守り。

 毛で編まれた、ふわふわとした、素朴なものだった。


「これ」


 シキータが、それを皆に向けて、そっと掲げる。


「記憶をなくす前から、ずっと持ってた。あたしの、たったひとつの、思い出の品なんだ」


 いつもの勢いを、少しだけ抑えた、低い声だった。


「物心ついた時には、もう、手の中にあった。誰にもらったのかも、わからない。それでも……肌身離さず、大事にしてきたんだ」


 やわらかな毛の束を、シキータの指が、いとおしむように、撫でる。


 ——記憶をなくす前から。

 その言葉に、クイナは、わずかに、眉を寄せた。

 シキータは、お守りを、両手で包み込んだ。

 まるで祈るように、ぎゅっと、握りしめて、目を閉じる。

 失くした何かを、その温もりから、懸命に、手繰り寄せようとしていた。


「……あ」


 閉じた瞼の奥で、ひとつの情景が、像を結んだらしかった。

 シキータの肩が、小さく、跳ねる。


「思い出した……あたし、ここにいた」


 見開いた瞳が、遠い一点を、見つめている。


「この部屋。冷たくて、広い床。……あたしの、すぐ隣に、何人か、いたんだ。あたしと、同じくらいの年の子が」


 言葉が、ひとつずつ、こぼれ落ちていく。


「みんな、不安で、たまらなくて。何かを、待っていて。……でも、ひとりじゃ、なかった。このお守りを握って、『だいじょうぶ、だいじょうぶ』って、小さな声で、励まし合ってた。順番に握らせ合って、勇気を、分けっこするみたいに」


 いつもは全開のはずの明るさが、今は、薄い膜の向こうに、あるようだった。

 シキータの指が、お守りの毛並みを、何度も、何度もなぞる。

 あの日、いくつもの小さな手が、順に触れていった、その名残を、たどるように。


 その頬が、見る間に、紅潮していく。

 記憶の熱が、そのまま、肌に移ったかのように。

 そして——感極まったように、シキータの口から、三つの呼び名が、こぼれ落ちた。


「アオ……ミユ……アリ姉さん……」


 自分でも、気付かぬうちに、唇からすべり出た、子供の頃の呼び方。


 その瞬間だった。

 三人が、同時に、息を呑んだ。


 まず、眼鏡をかけた知的な女性——アネッサが、はっと、顔を上げた。


「アオ……」


 その声が、震えていた。


「その呼び方……知っています。私、『アオ』と、呼ばれていました。思い出しました……」


 すでに一度、子供の頃の自分を取り戻していた彼女の記憶が、その一言で、さらに奥へと、進んだ。


「どうしてそんな呼び方になったのかは、自分でも、思い出せません。でも、確かに、みんな、私をそう呼んでいました。硬くて、生真面目だった私を、その名前で、いつも、和ませてくれて」


 次に、本を抱えた控えめな女性——ミュリエルが、細い声を、漏らした。


「私も、思い出しました。ミユ……私のことを、そう呼んだ子が、いました」


 普段は訥々とした口調が、記憶をたぐる時だけ、不思議と、滑らかになる。


「私は、いつも、みんなの隣にいて。静かに、何かを抱えて、座っていました。それでも、寂しくなかった。隣に、みんながいてくれたから」


 そして、装飾の多い衣装の、しなやかな女性——サリーシアが、ゆっくりと、目を細めた。


「アリ姉さん、か。……懐かしいね……なんで忘れていたんだろう」


 余裕のある姉御肌の声が、ほんの少し、潤んでいる。


「サリーシアだから、アリ姉さん。私が、一番、年上だった。だから、この子たちを見ていてあげなきゃって——そう、思っていた気がする」


 四人が、互いの顔を、見合わせた。

 ばらばらに、途切れていた記憶の糸が、四本、寄り集まって、ひとつの結び目を、つくっていく。


「あたしたち……同じ部屋に、いたんだ」


「励まし合って、いたんですね」


「ええ。……きっと、私たちは」


 誰からともなく、その言葉が、口をついて、出た。


「——同じ孤児院の、出身だったのね」


 四人の顔に、じわりと、笑みが広がっていく。

 フィオラとエルシェの再会とは、また、違う温度だった。

 二人ではなく、四人。

 同じ場所で、肩を寄せ合って育った仲間が、二十年の時を越えて、また、ひとつの輪に、戻っていく。


 シキータが、握っていたお守りを、そっと、三人の真ん中へ差し出した。


「これ……みんなも、触ってみて。あの時も、こうやって、回したんだ」


 アネッサが、おそるおそる、その毛並みに、指を触れた。


「……ああ、この感触。指の先が、ちゃんと、覚えています」


 ミュリエルも、そっと、手を伸ばす。


「あたたかい。……あの頃の、手のひらの温度が、よみがえるみたいです」


 最後に、サリーシアが、三人の手を、上からまとめて、包み込んだ。


「……私たち四人、ひとりも欠けずに、また巡り会えたんだね」


 四つの手が、そのお守りの上で、そっと、重なり合う。

 失った二十年を、その温もりで、確かめ合うように。


 その光景に、見ていた者たちの胸も、温かく、満たされていった。


 エルシェが、目元を、そっと押さえる。


「素敵……本当に、素敵」


 シエラが、静かに、頷いた。


「ひとつの再会が、また、次の再会を呼ぶ。……やはり、運命なのね」


 その傍らで、リオナが、そっと、胸に、手を当てた。


「私たちも、もしかして……」


 その目が、ゆっくりと、部屋の中を巡っていく。

 まだ繋がっていない、誰かの面影を、探すように。


 その一方で、輪の和やかさから、そっと身を引いて、壁際に立つ者も、いた。

 芯のある、静かな雰囲気の女性——モアだった。

 名を呼び合える者たちを、まぶしいものでも見るように、ただ、黙って見つめている。

 その横顔に、羨望とも、心細さともつかない、淡い影が、差していた。


 そして——その賑わいの中に、ピッパも、ごく自然に、混じっていた。


「よかった。……ほんとうに、よかったわね」


 誰かが涙ぐめば、同じように目を細め、誰かが笑えば、同じように、微笑んで。

 その場の空気に、過不足なく、寄り添いながら。


 クイナは、いつものように、輪の少し外から、その一部始終を、見つめていた。

 ひとつも、逃すまいと、目に映るすべてを、記憶の底へ、沈めていく。


 ——ふたつ目だ。

 フィオラとエルシェ。

 そして、シキータ、アネッサ、ミュリエル、サリーシア。

 ひとつ目の絆が、二人。

 ふたつ目の絆が、四人。

 どちらも、同じ場所で育った者どうしが、互いの名を呼び合うことで、記憶を、手繰り寄せている。

 ——繋がりには、単位が、あるのだ。

 ばらばらの十七人では、ない。

 いくつかの、小さな組。

 その組が、この部屋の中で、ひとつ、またひとつと、輪郭を取り戻し始めている。

 遠い昔。

 いくつもの違う場所から、子供たちが、この一室へ、集められたのではないか。

 そう考えれば、ばらばらだったはずの者たちが、ここで繋がり直していく不思議にも、ひとつの説明が、つく。


 それに、とクイナは、もう一度、シキータのお守りに、目をやった。

 記憶をなくす前から、持っていた、という言葉。

 ——ならば、あれは。

 失われた「記憶」へ続く、数少ない手がかりの、ひとつかもしれない。


 四人は、お守りを囲んで、なお、語り合っていた。

 失われた歳月を、少しずつ、埋め合わせるように。

 その姿を、ほかの者たちが、羨望と、期待の入り混じった目で、見守っている。

 ——次は、私かもしれない。

 二人が、四人になった。

 ならば、まだ繋がらぬ者たちにも、きっと、それぞれの相手が、どこかに、いる。

 その予感が、出口のない部屋に、ささやかな熱を、灯し始めていた。


 そして、いつものように。

 ——私の手の中には、何もない。

 握りしめるお守りも、呼び合う名前も、肩を寄せる相手も。

 四人が分かち合うその温もりの、どこにも、自分の居場所は、なかった。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

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