■第9章 第4節:責任の押し付け
森の奥へ進むほど、足取りは重くなっていった。消耗は回復しきっていない。連携も戻らない。それでも引く選択肢は、誰も口にしなかった。ここで帰れば、依頼の達成は遠のく。報酬も減る。そんな計算だけは、妙に一致していた。
次の接敵は、少し深い場所だった。三体。数は多くない。だが配置が悪い。正面に二体、横から一体。視界に入る順番がズレている。
「前受ける」
ガルドが出る。盾を構え、正面の一体を固定する。
「横、頼む」
短く言う。
レオンが動く。だが一瞬迷う。正面の削りか、横の処理か。その迷いが、そのまま遅れになる。
「横だろ!」
ガルドが声を張る。
「分かってる!」
レオンが横へ切り替える。だが、その間に正面の一体が踏み込む。盾に衝撃。重い。
「押すな!」
ガルドが体勢を立て直す。
セリスが詠唱に入る。だが距離が足りない。前に出るべきか、後ろに下がるべきか、一瞬判断が遅れる。
「位置、上げろ!」
ガルドが言う。
「今やってる!」
セリスが返す。だが、その一拍で魔法の発動が遅れる。レオンが横の一体に入るが、決めきれない。
「削りが甘い!」
ガルドが怒鳴る。
「お前が押されてるからだろ!」
レオンが言い返す。
「押されてねぇ!」
「押されてる!」
言葉がぶつかる。
その隙に、横から来た一体がガルドの死角へ入る。
「カバー!」
叫ぶ。
レオンが振り向く。だが、また一瞬遅い。剣が届く前に、爪が鎧を叩く。
「っ……!」
鈍い音。衝撃が抜けない。
「遅ぇんだよ!」
ガルドが吐き捨てる。
「そっちが呼ぶの遅い!」
レオンが返す。
セリスが魔法を放つ。今度は当たる。だが威力が足りない。削り切れない。
「威力落ちてる!」
レオンが言う。
「MP足りてないの!」
セリスが言い返す。
「管理しろよ!」
「してる!」
「してねぇだろ!」
またぶつかる。
ガルドが歯を食いしばる。
「黙って合わせろ!」
「無理だって言ってんだろ!」
レオンが怒鳴る。
「全部こっちに回ってくるんだよ!」
「前が受けきれねぇからだ!」
「受けてる!」
「受けきれてねぇ!」
言葉が荒くなる。内容は同じでも、声の温度が上がっていく。
セリスが後ろで言う。
「……二人とも、少し――」
「今それ言ってる場合か!」
ガルドが遮る。
セリスの言葉が止まる。
魔物は待たない。三人のズレをそのまま突いてくる。距離、角度、タイミング。すべてがわずかに合わない。
レオンが踏み込む。
「ここで落とす!」
深く入る。だが、ガルドの位置が半歩ずれる。軌道がかぶる。
「そこどけ!」
「前に出てんだろ!」
剣が僅かに逸れる。決めきれない。
その瞬間、正面の一体が踏み込む。ガルドの盾が遅れる。直撃は避けたが、衝撃が体に残る。
「っ……!」
体勢が崩れる。
「回復!」
レオンが叫ぶ。
セリスがポーションを投げる。だが軌道がズレる。地面に落ちる。
「何やってんだよ!」
レオンが怒鳴る。
「今のは――!」
言い返そうとして、言葉が詰まる。
「いいから回復しろ!」
ガルドが低く言う。
瓶を拾って飲む。遅い。全部遅い。
「……無駄が多すぎる」
ガルドが吐き捨てる。
「お前らのせいだろ」
レオンが即座に返す。
「は?」
「前が安定しねぇから、全部こっちに来る」
「それを捌くのが役割だろうが」
「無理だって言ってんだよ!」
セリスが口を開く。
「……回復のタイミングも――」
「お前も遅ぇ!」
ガルドが遮る。
「全部遅いんだよ!」
空気が凍る。
セリスは言葉を飲み込む。握ったポーチに力が入る。
レオンが吐き捨てるように言う。
「結局、誰も回ってねぇんだろ」
ガルドが睨む。
「お前が回せ」
「できてたならやってる」
「じゃあ何でできねぇ」
「知らねぇよ!」
言い合いのまま、戦闘は続く。精度はない。連携もない。個々の力で押し切るしかない。
やがて、ようやく最後の一体が崩れる。
静寂。
だが、空気はさらに重い。
「……最悪だな」
レオンが言う。
ガルドは答えない。肩で息をしながら、地面を見る。
セリスは視線を落としたまま、何も言わない。
誰も“自分が悪い”とは言わない。
言えない。
代わりに、相手のズレだけが目につく。
「前が弱い」
「削りが足りない」
「回復が遅い」
言葉にはしなくても、頭の中では繰り返されている。
ガルドが低く言う。
「……次はもっと詰める」
「だから詰められねぇって言ってんだろ」
レオンが返す。
「じゃあどうすんだ」
「知らねぇ」
同じやり取り。
同じ結論。
セリスが小さく呟く。
「……前は、こんなじゃなかった」
その言葉に、二人とも反応しない。
聞こえている。
だが、拾わない。
拾ってしまえば、何かを認めることになるからだ。
ガルドは視線を逸らす。
(……関係ない)
頭の中で切り捨てる。
「慣れれば戻る」
もう一度、同じ言葉を口にする。
レオンは何も言わない。ただ、苛立ったように息を吐く。
セリスも黙ったまま、ポーチを握りしめる。
三人はそのまま歩き出す。
誰も何も解決していない。
それでも進むしかない。
ただ一つだけ、はっきりしていることがあった。
――このままでは、続かない。




