■第9章 第3節:連携崩壊
翌日。森に入った直後から、空気はどこか重かった。昨日の消耗は抜けきっていない。それでも依頼はあるし、止まる理由にもならない。三人は無言のまま進む。足音だけがやけに響く。
最初の接敵は早かった。茂みの奥から二体、間を置いてもう一体。数は多くない。以前なら問題にならない配置だ。
「前、出る」
ガルドが短く言い、踏み込む。盾で一体を受け、体勢を固定する。
「削る!」
レオンが横から入る。だが、踏み込みが浅い。間合いがわずかに足りない。
「もっと入れ!」
ガルドが言う。
「分かってる!」
レオンが一歩詰める。その瞬間、別の一体が横から割り込む。ガルドが受けるが、角度が悪い。衝撃が逃げきらない。
「カバー!」
ガルドが叫ぶ。
レオンが反応する。だが一瞬遅い。剣が届く前に、魔物の爪が盾の縁をかすめる。
「っ……!」
ガルドの足が半歩下がる。
「遅ぇ!」
「今行っただろ!」
声がぶつかる。
後方、セリスが詠唱に入る。
「……もう少しで」
魔力の流れが整う。だが、発動のタイミングで前衛の位置が変わる。魔法は外れ、地面を抉るだけに終わる。
「外すな!」
ガルドが怒鳴る。
「動いたからでしょ!」
セリスが言い返す。
「合わせろって言ってんだ!」
「合わせてる!」
互いに正しい。だから噛み合わない。
三人の動きは、それぞれ成立している。だが、同時に成立していない。ほんの一拍、ほんの半歩、そのズレが全体を崩す。
レオンがもう一度踏み込む。今度は深く入る。だが、ガルドの位置が一瞬手前に寄る。そのせいで剣の軌道が変わる。
「……邪魔だ!」
思わず出る言葉。
ガルドの動きが止まる。
「は?」
低い声。
「今、そこに来るなよ!」
「前が押されてんだろ!」
「押されてねぇ!」
「押されてる!」
言い合いの間にも、魔物は動く。間を縫って一体がセリスに向かう。
「来る!」
セリスが叫ぶ。
カバーは遅れる。レオンが振り向くが間に合わない。セリスは咄嗟に距離を取るが、足場が悪い。体勢を崩す。
「っ……!」
爪がかすめる。浅いが確実に入る。
「回復!」
レオンが叫ぶ。
セリスはポーチに手を入れる。だが取り出しが遅い。瓶を掴み、開け、飲むまでの動作が一つずつ重い。
「遅ぇって!」
ガルドが怒鳴る。
「分かってる!」
セリスも声を荒げる。
その間に、前線はさらに崩れる。ガルドは一体を受けながら、もう一体の動きを追いきれない。レオンは削りに入るが、焦りで精度が落ちる。
「一回引け!」
ガルドが叫ぶ。
「引くな、削り切る!」
レオンが返す。
判断が割れる。
その一瞬で、魔物が距離を詰める。ガルドが受けるが、体勢が崩れている。レオンが斬るが、浅い。セリスは回復に追われている。
連携がない。
それぞれが、それぞれの判断で動いている。
(……噛み合わねぇ)
ガルドは歯を食いしばる。
以前なら、こんなことはなかった。言葉にしなくても、動きで分かっていた。前に出るタイミングも、引くタイミングも、攻める瞬間も。
今は違う。
全部、言葉にしないと伝わらない。
そして、その言葉も間に合わない。
レオンが踏み込む。
「ここだ!」
斬る。ようやく一体が崩れる。
残り二体。だが、まだ噛み合わない。
「次、左!」
ガルドが言う。
「分かってる!」
レオンが返すが、動きは右に寄る。
「左だって言ってんだろ!」
「見えてる方優先だ!」
「勝手に変えるな!」
またぶつかる。
セリスが後ろで呟く。
「……もう、合わせて」
小さな声。だが、誰にも届かない。
二体目が倒れる頃には、全員の呼吸が乱れていた。最後の一体は、ほとんど流れで処理するしかなかった。精度はない。力で押し切るだけ。
ようやく終わる。
静寂。
誰もすぐに動かない。
「……なんだよ、今の」
レオンが吐き捨てるように言う。
「バラバラじゃねぇか」
ガルドは何も言わない。ただ、地面を見る。
セリスはポーチを握りしめている。残りの瓶が少ない。
「連携、取れてない」
セリスが言う。
「分かってる」
ガルドが短く返す。
「ならどうすんだよ」
レオンが苛立つ。
「指示出せよ」
その一言で、空気が止まる。
ガルドの目がわずかに細くなる。
「……前からこんなもんだろ」
低い声。
「違う」
セリスがはっきり言う。
「前は、もっと……」
そこで言葉が止まる。
“もっと何かがあった”
それは分かっている。だが、言葉にできない。
レオンが言う。
「回復のタイミング、ズレてるんだよ」
「分かってる」
セリスが答える。
「でも、見切れない」
「なんでだよ」
「……分かんない」
正直な答え。
ガルドはそのやり取りを聞きながら、視線を逸らす。
(……関係ねぇ)
頭の中で切り捨てる。
「慣れれば戻る」
口に出す。
「今がズレてるだけだ」
レオンが舌打ちする。
「いつまでそれ言うんだよ」
「じゃあどうすんだ」
「知らねぇよ」
答えはない。
三人はそのまま無言になる。
森の中は静かだ。だが、その静けさが逆に重い。
連携が崩れている。
それはもう、はっきりしている。
だが――
何をどう直せばいいのか、誰も分かっていない。
そして、誰もまだ認めていない。
“足りていないもの”の正体を。




