■第9章 第2節:消耗の蓄積
森を抜ける頃には、日が少し傾き始めていた。予定より遅い。たった一戦でここまで時間を使うことは、以前ならあり得なかった。
「……今日はここまでにするか」
ガルドが低く言う。
レオンが眉をひそめる。
「まだ行けるだろ」
「行けるかどうかじゃねぇ」
短く返す。
「戻る余裕がねぇ」
その言葉で、レオンは少しだけ黙る。周囲を見れば分かる。足取りが重い。呼吸も浅い。普段なら気にもならない程度の消耗が、はっきりと体に残っている。
セリスが後ろで小さく言う。
「……ポーション、減ってる」
ポーチの中を確認しながらの言葉。中身は明らかに少ない。
「どれくらいだ」
ガルドが聞く。
「半分以下」
短い答え。
レオンが舌打ちする。
「使いすぎだろ」
「そっちが被弾してるからでしょ」
セリスが即座に返す。
「はぁ? 前からこんなもんだろ」
「違う」
はっきりと言い切る。
「前は、ここまで減らなかった」
空気が少しだけ止まる。
ガルドは何も言わない。ただ、腕の違和感を確かめるように軽く動かす。さっきの傷はもう塞がっているが、完全には戻っていない。
(……回復が遅い)
ポーション自体は問題ない。だが、使うタイミングが遅れている。そのせいで、余計に消耗している。
「……戻るぞ」
ガルドが言う。
反論は出ない。
三人はそのまま帰路に入る。来た道を戻るだけのはずなのに、足が重い。距離は変わっていないはずなのに、長く感じる。
しばらく無言で歩く。
やがて、レオンが口を開く。
「……なんかおかしくね?」
ガルドは答えない。
「戦闘のテンポ、遅くなってる」
続ける。
「前はもっとサクサク終わってただろ」
セリスが小さく頷く。
「……うん」
その一言で、否定できない空気になる。
「魔物の強さは変わってない」
セリスが言う。
「なのに時間かかってる」
「タイミングがズレてるんだよ」
レオンが言う。
「合わせにくい」
ガルドが足を止める。
振り返る。
「じゃあ合わせろ」
低い声。
レオンが一瞬だけ言葉を詰まらせる。
「……やってる」
「やれてねぇからこうなってんだろ」
短く返す。
セリスが間に入る。
「ちょっと待って」
「今言い合っても意味ない」
「じゃあどうすんだよ」
レオンが苛立ちを隠さず言う。
「このままじゃジリ貧だぞ」
その言葉は正しい。
ポーションは減る。回復は遅れる。被弾が増える。消耗が積み重なる。
悪循環。
ガルドは一度だけ息を吐く。
「……明日から変える」
「何を」
「無駄な被弾減らす」
当たり前のこと。
だが、それができていない。
レオンが言う。
「それ、前からやってるだろ」
「やれてねぇって話だ」
短く言い切る。
セリスが小さく呟く。
「……回復のタイミングも、ズレてる」
「分かってる」
ガルドが返す。
だが、どうすればいいかまでは分からない。
以前は――
また、その思考が浮かぶ。
だが、そこで止まる。
レオンが苛立ったように言う。
「ポーションの使い方も考え直すか」
「無駄に使ってる」
「無駄じゃねぇよ」
「無駄だろ」
セリスが割って入る。
「タイミングが悪いの」
「……どう違うんだよ」
レオンが聞く。
セリスは少しだけ言葉を探す。
「……前は、もう少し早かった」
「誰が?」
その問いに、セリスは答えない。
答えられないわけじゃない。
ただ、言葉にしたくないだけだ。
ガルドがそれを見て、少しだけ視線を逸らす。
(……関係ない)
頭の中で打ち消す。
「たまたまだ」
口に出す。
「今日は噛み合ってなかっただけだ」
レオンが小さく舌打ちする。
「毎回それ言う気か?」
「違うのか?」
強めに返す。
セリスは何も言わない。
ただ、ポーチの中をもう一度確認する。
残りのポーション。
数は明らかに少ない。
(……足りない)
今までは、こんなことはなかった。
余裕があった。
足りなくなる前に終わっていた。
それが今は、足りなくなる前提で動いている。
三人は再び歩き出す。
会話はない。
だが、それぞれが同じことを考えている。
減っていくポーション。
積み重なる消耗。
噛み合わない連携。
そして――
言葉にしない何か。
森の出口が見える頃には、全員の足取りがさらに重くなっていた。
まだ二戦しかしていない。
それなのに、この状態。
「……効率、悪すぎるな」
レオンがぼそりと言う。
ガルドは答えない。
答えられないからだ。
ただ一つだけ、確実に分かることがあった。
以前のやり方では、もう通用しない。
それでも――
何が足りないのかは、まだ誰も口にしない。




