表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/105

■第7章 第2節:はじめての味(中)

昼に近づくにつれて、白花の薬屋の中は昨日とは違うざわめきを帯びていった。

人数が増えたわけではない。だが、目的が増えている。


「さっきの苦くないやつ、あるか?」


入口に立った男が、リナにそう聞く。


リナは一瞬だけ間を置く。


「はい、用意できます」


迷いはあったが、言い切る。


「頼む」


短い返事。


リナは振り返る。


「シャーロット、さっきのやつ」


「うん」


シャーロットは奥で材料を手に取る。


(……さっきと同じ感じで)


だが、完全に同じにはならない。


甘みのある実を少し多めにする。薬草はその分少し減らす。


混ぜる。


感覚だけで。


クロエが横で言う。


「配合比率が変わっています」


「うん、ちょっとだけ」


「再現性はありません」


「でも近いでしょ」


「近似です」


それでいい。


完成したものを渡す。


男はその場で飲む。


「……ああ、これだな」


短く言う。


「さっきのより甘いな」


「ちょっと変えたから」


「でもいい」


それで十分だった。


代金を置いて出ていく。


その様子を見ていた別の女性が言う。


「それ、子供でも飲める?」


「飲めると思う」


シャーロットが答える。


「じゃあお願い」


自然な流れで注文が増える。


リナが対応する。


「少しお待ちください」


ミアが横から小さなカップを持ってくる。


「これ使う?」


「うん、ありがとう」


流れができている。


シャーロットはまた作る。


今度は少しだけ控えめに甘みを入れる。


(……このくらいかな)


クロエが言う。


「甘味成分の影響で吸収速度が変化しています」


「変わるの?」


「はい。体への負担が減少しています」


「へぇ」


シャーロットは軽く返す。


深くは考えない。


女性は飲んで、少しだけ驚く。


「……これ、楽」


「よかった」


シャーロットは答える。


女性はそのまま言う。


「これ、毎日飲んでも大丈夫?」


一瞬、空気が止まる。


シャーロットは少しだけ考える。


(毎日……?)


「たぶん大丈夫」


素直に答える。


クロエが補足する。


「成分上の問題は確認できません」


「じゃあ、お願い」


女性はそう言う。


代金を置いて帰る。


そのやり取りを見て、ミアが言う。


「毎日飲むの?」


「そうみたいだね」


「すごいね」


ミアは少し嬉しそうだ。


リナが少しだけ考え込む。


「……それって、いつでも必要になるってことだよね」


「うん」


シャーロットは頷く。


「だったら、作っておいた方がいいかも」


リナはそう言う。


クロエが反応する。


「在庫化ですか」


「在庫?」


シャーロットが聞く。


「作って置いておくやつ」


「なるほど」


クロエが頷く。


「効率は上がります」


「じゃあやってみようか」


シャーロットはそう言って、いくつかまとめて作り始める。


だが――


(……あれ)


同じものを作ろうとすると、微妙に違う。


色が少し違う。


香りも少し違う。


「ばらつきがあります」


クロエがすぐに言う。


「うん」


「同一品質ではありません」


「でも飲めるでしょ」


「はい。ただし性能に差が出ます」


「どれくらい?」


「軽微です」


「ならいいや」


シャーロットは気にしない。


だが、クロエは記録するように見ている。


リナがその様子を見る。


「……同じにした方がいい?」


「その方が分かりやすいとは思う」


クロエが答える。


「でも今は問題ない」


シャーロットが言う。


「使えるならいいよ」


その言葉で一旦終わる。


そのとき、入口でまた声がする。


「昨日の薬、効いたぞ」


見覚えのある老人だった。


「今日ももらえるか」


「はい」


リナが答える。


老人は続ける。


「ただな」


少しだけ間を置く。


「昨日のより、もう少し軽いのがいい」


シャーロットはその言葉を聞いて考える。


(軽い……)


「分かった」


また作る。


今度はさらに薄める。


だが、ただ薄めるだけではない。


少しだけ調整する。


クロエが言う。


「濃度が下がっています」


「うん」


「しかし、回復反応は維持されています」


「それならいい」


シャーロットはそのまま渡す。


老人は飲む。


「……ああ、これだ」


はっきり言う。


「これなら毎日いける」


その言葉で、店の中の空気が少しだけ変わる。


“毎日”。


その言葉の重み。


リナがそれを受け取る。


「毎日、来られますか?」


「来るさ」


老人は笑う。


「帰りに寄る」


それだけ。


だが、それで十分だった。


シャーロットは小さく呟く。


「……毎日か」


クロエが言う。


「継続需要です」


「そういうことね」


シャーロットは頷く。


ミアが嬉しそうに言う。


「いっぱい来るね!」


「そうだね」


リナも少しだけ笑う。


「忙しくなりそう」


その予感は、すぐに現実になる。


扉が開く。


また一人。


さらに一人。


「苦くないやつ、ある?」


「あるよ」


「じゃあそれ」


流れができる。


味付きポーションが、自然に“選ばれる”ようになる。


誰も特別なものだとは言わない。


ただ、“飲みやすいから”選ぶ。


だが――


クロエだけが違う見方をしている。


「摂取頻度が上がっています」


小さく言う。


シャーロットは首を傾げる。


「いいことじゃない?」


「結果的に、回復量が増加しています」


「そうなんだ」


「通常より効率が高いです」


シャーロットは軽く笑う。


「じゃあいいね」


それで終わる。


だが、それは確実に“普通ではない”状態だった。


店の中は、穏やかに、しかし確実に変わっていく。


そして――


白花の薬屋の“味”は、


ただの工夫ではなく、


新しい“当たり前”として、


広がり始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ