■第7章 第2節:はじめての味(中)
昼に近づくにつれて、白花の薬屋の中は昨日とは違うざわめきを帯びていった。
人数が増えたわけではない。だが、目的が増えている。
「さっきの苦くないやつ、あるか?」
入口に立った男が、リナにそう聞く。
リナは一瞬だけ間を置く。
「はい、用意できます」
迷いはあったが、言い切る。
「頼む」
短い返事。
リナは振り返る。
「シャーロット、さっきのやつ」
「うん」
シャーロットは奥で材料を手に取る。
(……さっきと同じ感じで)
だが、完全に同じにはならない。
甘みのある実を少し多めにする。薬草はその分少し減らす。
混ぜる。
感覚だけで。
クロエが横で言う。
「配合比率が変わっています」
「うん、ちょっとだけ」
「再現性はありません」
「でも近いでしょ」
「近似です」
それでいい。
完成したものを渡す。
男はその場で飲む。
「……ああ、これだな」
短く言う。
「さっきのより甘いな」
「ちょっと変えたから」
「でもいい」
それで十分だった。
代金を置いて出ていく。
その様子を見ていた別の女性が言う。
「それ、子供でも飲める?」
「飲めると思う」
シャーロットが答える。
「じゃあお願い」
自然な流れで注文が増える。
リナが対応する。
「少しお待ちください」
ミアが横から小さなカップを持ってくる。
「これ使う?」
「うん、ありがとう」
流れができている。
シャーロットはまた作る。
今度は少しだけ控えめに甘みを入れる。
(……このくらいかな)
クロエが言う。
「甘味成分の影響で吸収速度が変化しています」
「変わるの?」
「はい。体への負担が減少しています」
「へぇ」
シャーロットは軽く返す。
深くは考えない。
女性は飲んで、少しだけ驚く。
「……これ、楽」
「よかった」
シャーロットは答える。
女性はそのまま言う。
「これ、毎日飲んでも大丈夫?」
一瞬、空気が止まる。
シャーロットは少しだけ考える。
(毎日……?)
「たぶん大丈夫」
素直に答える。
クロエが補足する。
「成分上の問題は確認できません」
「じゃあ、お願い」
女性はそう言う。
代金を置いて帰る。
そのやり取りを見て、ミアが言う。
「毎日飲むの?」
「そうみたいだね」
「すごいね」
ミアは少し嬉しそうだ。
リナが少しだけ考え込む。
「……それって、いつでも必要になるってことだよね」
「うん」
シャーロットは頷く。
「だったら、作っておいた方がいいかも」
リナはそう言う。
クロエが反応する。
「在庫化ですか」
「在庫?」
シャーロットが聞く。
「作って置いておくやつ」
「なるほど」
クロエが頷く。
「効率は上がります」
「じゃあやってみようか」
シャーロットはそう言って、いくつかまとめて作り始める。
だが――
(……あれ)
同じものを作ろうとすると、微妙に違う。
色が少し違う。
香りも少し違う。
「ばらつきがあります」
クロエがすぐに言う。
「うん」
「同一品質ではありません」
「でも飲めるでしょ」
「はい。ただし性能に差が出ます」
「どれくらい?」
「軽微です」
「ならいいや」
シャーロットは気にしない。
だが、クロエは記録するように見ている。
リナがその様子を見る。
「……同じにした方がいい?」
「その方が分かりやすいとは思う」
クロエが答える。
「でも今は問題ない」
シャーロットが言う。
「使えるならいいよ」
その言葉で一旦終わる。
そのとき、入口でまた声がする。
「昨日の薬、効いたぞ」
見覚えのある老人だった。
「今日ももらえるか」
「はい」
リナが答える。
老人は続ける。
「ただな」
少しだけ間を置く。
「昨日のより、もう少し軽いのがいい」
シャーロットはその言葉を聞いて考える。
(軽い……)
「分かった」
また作る。
今度はさらに薄める。
だが、ただ薄めるだけではない。
少しだけ調整する。
クロエが言う。
「濃度が下がっています」
「うん」
「しかし、回復反応は維持されています」
「それならいい」
シャーロットはそのまま渡す。
老人は飲む。
「……ああ、これだ」
はっきり言う。
「これなら毎日いける」
その言葉で、店の中の空気が少しだけ変わる。
“毎日”。
その言葉の重み。
リナがそれを受け取る。
「毎日、来られますか?」
「来るさ」
老人は笑う。
「帰りに寄る」
それだけ。
だが、それで十分だった。
シャーロットは小さく呟く。
「……毎日か」
クロエが言う。
「継続需要です」
「そういうことね」
シャーロットは頷く。
ミアが嬉しそうに言う。
「いっぱい来るね!」
「そうだね」
リナも少しだけ笑う。
「忙しくなりそう」
その予感は、すぐに現実になる。
扉が開く。
また一人。
さらに一人。
「苦くないやつ、ある?」
「あるよ」
「じゃあそれ」
流れができる。
味付きポーションが、自然に“選ばれる”ようになる。
誰も特別なものだとは言わない。
ただ、“飲みやすいから”選ぶ。
だが――
クロエだけが違う見方をしている。
「摂取頻度が上がっています」
小さく言う。
シャーロットは首を傾げる。
「いいことじゃない?」
「結果的に、回復量が増加しています」
「そうなんだ」
「通常より効率が高いです」
シャーロットは軽く笑う。
「じゃあいいね」
それで終わる。
だが、それは確実に“普通ではない”状態だった。
店の中は、穏やかに、しかし確実に変わっていく。
そして――
白花の薬屋の“味”は、
ただの工夫ではなく、
新しい“当たり前”として、
広がり始めていた。




