## ■第7章 第2節:はじめての味(上)
朝は昨日より少し早く始まった。
白花の薬屋の中は、まだ空気が冷たい。
シャーロットはカウンターの奥で、昨日の残りを確認している。
「……思ったより減ってる」
棚の上に並んでいた薬草の量が、はっきりと少なくなっている。
クロエが横で言う。
「消費量は想定よりやや多いです」
「やっぱり?」
「ただし問題はありません」
「じゃあ大丈夫」
シャーロットは軽く頷く。
細かい計算はしていないが、“回っている”感覚はある。
リナは入口の前に立っている。昨日よりも姿勢が整っている。
「……今日はもう少しうまくできると思う」
小さく言う。
「できてたよ」
シャーロットが答える。
「うん、でももっと」
リナはそう言って、外を見る。
ミアはすでに動いている。カップを並べ直し、水を入れ替え、台を拭く。
「今日は落とさない!」
「昨日も落としてないよ」
「でもギリギリだった!」
真剣な顔。
シャーロットは少しだけ笑う。
クロエが静かに言う。
「準備は整っています」
「うん」
それで十分だった。
しばらくすると、扉が開く。
昨日も来ていた女性が、子供の手を引いて入ってくる。
「おはようございます」
リナが声をかける。
「おはようございます」
女性も返す。
子供は少しだけ不機嫌そうな顔をしている。
「……どうしました?」
リナが聞く。
女性が少し困ったように言う。
「昨日の薬はすごく効いたんですけど……」
「はい」
「この子が、どうしても飲みたがらなくて」
子供が顔をしかめる。
「にがいのやだ……」
小さく言う。
シャーロットはその声を聞いて、少しだけ手を止める。
(……そっか)
昨日は効き目を優先した。
飲みやすさまでは考えていなかった。
「ちょっと見せて」
子供に近づく。
しゃがんで目線を合わせる。
「苦いの嫌?」
「うん……」
はっきりした答え。
「どれくらい?」
「ぜんぶやだ」
少し考える。
(飲まないと意味ないよね)
効くかどうか以前の問題だ。
シャーロットは立ち上がる。
「ちょっと待ってて」
奥に入る。
クロエがついてくる。
「新規調合ですか」
「うん」
棚の前で立ち止まる。
いつも使っている薬草を見る。
それから、別の場所に目を向ける。
乾かした実と葉。
「……これ」
手に取る。
甘みのあるもの。
薬ではないが、使えないわけではない。
「組み合わせますか」
クロエが言う。
「うん、ちょっとだけ」
乳鉢に薬草と一緒に入れる。
軽く潰す。
香りが変わる。
「……悪くないかも」
水を加える。
いつもより少しだけ丁寧に混ぜる。
感覚でやる。
理屈はない。
クロエが観察する。
「配合比率が不明です」
「いつも通り」
「再現性はありません」
「たぶん」
それでいい。
出来上がったものは、昨日とは少し違う色をしていた。
「これでいけるかな」
「不明です」
「だよね」
シャーロットは小さく笑う。
カップに移して戻る。
「はい、これ」
子供に差し出す。
「にがくない?」
「たぶん」
昨日と同じやり取り。
子供は少しだけ警戒しながら、一口飲む。
「……あ」
止まる。
そのまま、もう一口。
「……おいしい」
ぽつりと言う。
女性が驚く。
「え?」
子供は顔を上げる。
「これならいい」
はっきり言う。
シャーロットは少しだけ息を吐く。
「よかった」
クロエが横で言う。
「嗜好性が大幅に向上しています」
「飲めるならいいでしょ」
「はい。ただし――」
少し間。
「通常の薬としては異常です」
シャーロットは首を傾げる。
「そう?」
「味覚調整が過剰です」
「でも飲まないよりいいよね」
「否定はしません」
女性は何度も頭を下げる。
「本当に助かります……」
子供はカップをしっかり持っている。
「これ、またほしい」
小さく言う。
その言葉を聞いて、リナが少しだけ笑う。
「用意できます」
自然に答えている。
シャーロットはそのやり取りを見て、少し考える。
(これ、必要かも)
クロエが言う。
「需要があります」
「だね」
シャーロットは頷く。
「苦いの無理な人、多いし」
リナも言う。
「子供だけじゃないと思う」
「うん」
ミアが近づいてくる。
「それ、私も飲める?」
「飲めるよ」
「ほんと?」
「たぶん」
ミアは嬉しそうに笑う。
クロエが静かに言う。
「商品として成立します」
「またそれ」
シャーロットは軽く返す。
だが、意味は分かる。
これはただの一回の調合ではない。
“使われるもの”になる可能性がある。
女性と子供が帰っていく。
「ありがとうございました!」
子供が元気に言う。
扉が閉まる。
少しの静けさ。
そのあと、別の村人がぽつりと聞く。
「今の、苦くないのか?」
シャーロットが振り返る。
「うん、たぶん」
「じゃあそれ頼む」
自然な流れ。
リナが対応する。
「はい」
シャーロットはまた奥に戻る。
同じものを作ろうとする。
だが――
(……あれ?)
さっきと同じ感覚にならない。
少しだけ違う。
クロエが言う。
「再現できていません」
「うん」
「ばらつきがあります」
「まぁいいか」
シャーロットはそのまま作る。
多少違っても、飲める形にはなる。
カップに入れて渡す。
村人は飲む。
「……ああ、これならいいな」
問題はない。
だが、クロエの視線は変わらない。
「やはり不安定です」
小さく言う。
シャーロットは肩をすくめる。
「飲めるならいいよ」
「現時点では問題ありません」
クロエはそれ以上は言わない。
店の中に、また人の流れが戻る。
そして――
白花の薬屋に、
新しい種類のポーションが、
自然に加わった。




