■第7章 第1節:白花の薬屋、はじまる(下)
昼を少し過ぎた頃、白花の薬屋の中の空気は、朝とははっきり違っていた。
人の出入りが途切れることはない。絶え間なく、というほどではないが、誰かが帰れば誰かが来る。
「すみません、ちょっといいですか」
入口の木の扉が開く音とともに声がかかる。
「はい、どうされましたか」
リナはすぐに応じる。最初よりも声は落ち着いている。目線もまっすぐで、相手の顔をしっかり見ている。
ミアはその横をすり抜けて、空いたカップを回収する。洗い場に運び、ざっと水で流し、元の場所へ戻す。動きはまだぎこちないが、止まることはない。
シャーロットはカウンターの奥で材料を見ている。
(……減り方、速いな)
朝の時点で揃えていた薬草が、目に見えて少なくなっている。
だが、慌てるほどではない。まだ余裕はある。
クロエが横で言う。
「消費量は想定の範囲内です」
「ほんと?」
「やや上振れていますが、問題はありません」
「じゃあいいや」
細かい数字は分からない。だが、“足りる”という感覚はある。
そのとき、入口で少しだけ声が弾む。
「ここか」
聞き覚えのある声だった。
振り向くと、午前中に来た木こりの男が、もう一人連れて立っている。
「さっき言ってた店って」
隣の男が言う。
「ここだ」
短く答える。
リナが対応する。
「どうされましたか」
「こいつ、腕やったらしくてな」
隣の男が腕を見せる。少し腫れている。無理をしたのが分かる。
シャーロットは近づいて見る。
「強くはないけど、放っておくとよくないね」
「やっぱりか」
男は苦笑する。
「ちょっと待って」
シャーロットはすぐに材料を取る。傷用より少しだけ強め。だが、強すぎないように抑える。
クロエが言う。
「出力を上げています」
「うん、少しだけ」
「それでも通常以上です」
「そう?」
いつも通りのやり取り。
薬を作り、塗る。
男は腕を動かしてみる。
「……ああ、いいな」
短く言う。
「痛みが引いた」
連れてきた木こりが笑う。
「だろ」
「さっきのよりいいな」
「ちょっと強くしたから」
シャーロットが言う。
男は頷く。
「助かる」
代金を置き、二人は店を出ていく。
扉が閉まる。
その直後、別の女性が入ってくる。
「噂聞いて来ました」
はっきりした声。
リナが少しだけ驚くが、すぐに対応する。
「ありがとうございます。どうされましたか」
「最近、体が重くて……」
同じような話が増えてきている。
シャーロットはすぐに疲労用を作る。
今度は少し意識する。
強すぎず、弱すぎず。
“ちょうどいい”ところ。
女性は一口飲み、少し目を見開く。
「……軽い」
それだけ言う。
クロエが小さく言う。
「持続回復の反応が出ています」
シャーロットは首を傾げる。
「持続?」
「時間経過で回復が続く状態です」
「へぇ」
自分ではそこまで考えていない。
女性は何度も礼を言い、帰っていく。
その様子を見ていた別の村人が言う。
「それ、仕事終わりにもいいか?」
「いいと思う」
シャーロットは答える。
「強くないから、ちょうどいいはず」
男は頷く。
「じゃあ、また来る」
それだけで話が繋がる。
クロエが静かに言う。
「用途が分かれてきています」
「そうだね」
シャーロットも頷く。
「強いのと、軽いの」
リナが言う。
「分けた方がいいかも」
「分ける?」
「名前とか」
シャーロットは少し考える。
「……じゃあ」
軽く口に出す。
「軽いのは、普段用」
「普段用」
リナが繰り返す。
「分かりやすい」
ミアが言う。
「毎日飲むやつ?」
「そうだね」
クロエが補足する。
「日常用ポーションとして分類できます」
「また固い」
シャーロットは笑う。
だが、間違ってはいない。
店の中で、少しずつ“商品”が分かれ始めている。
傷用。
熱用。
疲労用。
そして、日常用。
それぞれに役割がある。
それぞれに必要な人がいる。
その流れの中で、リナの動きがさらに変わる。
「次の方、どうぞ」
自然に声が出る。
言葉に迷いがなくなる。
相手の話を聞き、必要なものをシャーロットに伝える。
ミアも慣れてくる。
カップを落とさない。
運ぶ速度を調整する。
洗う手順も覚える。
クロエは変わらない。
ただ見ている。
だが、その視線は常に動いている。
全体を見ている。
シャーロットはその中で、変わらず作る。
誰が来ても、同じように。
ただ少しずつ、合わせている。
その“少し”が違う。
夕方が近づく。
外の光が橙色に変わり始める。
店の中にも、その色が入り込む。
人の流れは、少しだけ緩やかになる。
最後の客が帰ったあと、静けさが戻る。
リナが大きく息を吐く。
「……終わった」
ミアがその場に座り込む。
「つかれたー」
クロエが言う。
「稼働時間としては適切です」
「そういう問題じゃない」
リナが小さく返す。
シャーロットはカウンターに寄りかかる。
「どうだった?」
三人を見る。
リナが答える。
「……できたと思う」
ミアが続く。
「いっぱい運んだ!」
クロエは短く言う。
「機能しています」
シャーロットは少しだけ笑う。
「うん」
それでいい。
リナが箱を見る。
「お金、増えてる」
午前中よりも確実に増えている。
「回ってるね」
シャーロットが言う。
「はい」
クロエが答える。
その言葉は重い。
“回っている”。
それはただの感覚ではない。
実際に、店として成立しているということだ。
シャーロットは少しだけ外を見る。
村の様子は変わらない。
だが、少しだけ違って見える。
人が行き交い、生活している。
その中に、自分たちの場所ができた。
「……ここ、いいね」
ぽつりと呟く。
リナが頷く。
「いいと思う」
ミアも言う。
「ここ好き」
クロエは少しだけ間を置いてから言う。
「安定しています」
それぞれの言葉。
だが、意味は同じだった。
ここでやっていける。
その感覚が、はっきりと形になる。
シャーロットは小さく息を吐く。
「じゃあ、明日もやろう」
「うん」
リナが答える。
「やる!」
ミアが元気よく言う。
「問題ありません」
クロエが続く。
それで決まる。
白花の薬屋は、
一日目を終えた。
静かに始まり、
確かに回り、
そして、
明日へと繋がっていく場所になった。




