■第7章 第1節:白花の薬屋、はじまる(中)
午前の光が少し強くなる頃には、白花の薬屋の中に小さな流れができ始めていた。最初の木こりの男が帰ったあと、少し間を置いて別の村人が来た。その次に、畑仕事へ向かう途中の女性が来た。さらに、足を少し引きずった老人が顔を出した。人数としては多くない。けれど、誰かが来て、リナが応対し、シャーロットが作り、ミアが運び、クロエが見ている。その動きが何度か繰り返されるうちに、店の中の空気は少しずつ落ち着いていった。
リナはカウンターの前に立ち、次に入ってきた老人へ向かって軽く頭を下げる。
「どうされましたか」
声はまだ少し硬い。だが、最初よりは震えていない。
老人は膝を軽く叩いた。
「朝からちょっと重くてな。痛いってほどじゃないが、動きが悪い」
リナは少しだけ迷い、シャーロットを見る。
シャーロットは奥から答える。
「軽いやつでいいと思う」
「軽いやつ……ですね」
リナは頷き、老人へ向き直る。
「少しお待ちください」
その言い方に、シャーロットは少しだけ笑った。昨日までのリナなら、もっと早口になっていたかもしれない。今も余裕があるわけではないが、ちゃんと前に立っている。
シャーロットは棚から薬草を取る。強いものではなく、体を軽くする程度のもの。傷を治す薬ではなく、重さを抜くためのものだ。乳鉢に入れ、軽く潰す。
クロエが横から見る。
「濃度は抑えていますね」
「うん。痛いわけじゃないみたいだから」
「妥当です」
「よかった」
水を加え、軽く混ぜる。色は薄い。効き目も強くはしない。けれど、飲んだ後に体が少し楽になるくらいには整える。
「ミア、これお願い」
「うん!」
ミアが小さなカップを両手で持つ。まだ運び方は少し危なっかしいが、本人は真剣だ。ゆっくり歩き、リナの横まで持っていく。
「どうぞ!」
老人は少し驚いたようにミアを見る。
「お、ありがとな」
ミアは嬉しそうに笑う。
老人が一口飲む。少しだけ顔をしかめたが、すぐに膝を曲げ伸ばしした。
「……おお。軽いな」
「無理はしないでください」
リナが言う。
老人は頷く。
「分かってる。だが、これなら畑に出られそうだ」
そう言って代金を置き、店を出ていく。
扉が閉まる。
リナが小さく息を吐いた。
「……できた」
「できてるよ」
シャーロットが言う。
リナは少しだけ目を伏せる。
「まだ、言い方が変かも」
「変じゃないよ」
「……そう?」
「うん」
シャーロットは頷く。
「ちゃんと聞けてた」
リナは少しだけ安心したような顔をする。
ミアが横から言う。
「私もできた!」
「うん、運べてた」
「こぼしてない!」
「それはすごい」
ミアは胸を張る。
クロエが静かに言う。
「移動時の揺れはまだ大きいです」
「えー」
ミアが頬を膨らませる。
シャーロットは少し笑う。
「じゃあ、次はもっとゆっくりね」
「うん!」
そのやり取りの途中で、また扉が開いた。
今度は若い女性だった。腕に布を巻いている。顔色は悪くないが、少し困ったような表情をしている。
「すみません」
リナがすぐに前を向く。
「はい、どうされましたか」
女性は布を少し外す。
「畑で少し切ってしまって……深くはないんですけど」
確かに傷は浅い。だが、土が入ったままだと良くない。
シャーロットはすぐに動く。
「先に洗うね」
「はい」
水を用意し、傷を軽く洗う。女性は少しだけ痛そうにするが、大きく声は上げない。
「これくらいなら、軽く塞げると思う」
薬を作る。さっきの疲労用とは違い、傷用だ。薬草の量は少し多め。だが、強すぎないように調整する。
クロエが言う。
「先ほどより出力が上がっています」
「傷だからね」
「それでも通常より早いです」
「そう?」
「はい」
シャーロットはあまり気にせず、薬を塗る。
女性の腕の痛みが引いたのか、表情がすぐに変わった。
「……あれ?」
「どうしました?」
リナが聞く。
女性は傷を見た。
「痛くないです」
「よかった」
シャーロットは素直に答える。
だが、クロエは少しだけ目を細めている。
「治癒反応が早すぎます」
小さな声。
リナがそれを聞いて、ちらりとシャーロットを見る。
「……これ、早いの?」
「普通じゃない?」
シャーロットが言う。
クロエは即答する。
「普通ではありません」
リナは少しだけ困った顔をした。
「……そうなんだ」
ミアは目を輝かせる。
「シャーロット、すごい!」
「すごくないよ。ちゃんと効いただけ」
「それがすごいんだよ!」
ミアはそう言い切る。
女性は何度も礼を言って帰っていった。
店の中に、また少しだけ静けさが戻る。
シャーロットはカウンターに戻り、使った道具を片付ける。リナは代金を小さな箱に入れ、ミアは空いたカップを洗う。クロエはその全部を見ている。
「……なんか、店っぽい」
シャーロットが呟く。
リナが顔を上げる。
「店だよ」
「そうだけど」
「白花の薬屋」
リナが少しだけはっきり言う。
その言葉に、シャーロットは一瞬だけ止まった。
「……うん」
小さく頷く。
「そうだね」
自分で看板を掲げた。家も整った。客も来ている。薬を作り、渡している。なら、これはもう店だ。
その感覚が、少し遅れて胸の中に落ちてくる。
クロエが静かに言う。
「現時点で、基本的な運営は成立しています」
「その言い方だと固いけど、まあそうだね」
シャーロットは軽く笑う。
リナは代金箱を見ながら言う。
「お金、ちゃんと分けた方がいい?」
「分ける?」
「材料のお金と、生活のお金」
シャーロットは少しだけ驚く。
「……リナ、そういうの考えてたの?」
「うん。使いすぎたら困るから」
リナは当たり前のように言う。
シャーロットは少しだけ黙った。
たしかに必要だ。店としてやっていくなら、全部一緒にしてはいけない。
クロエが頷く。
「適切です」
「じゃあ、箱分けようか」
シャーロットが言う。
ミアがすぐに反応する。
「箱、探す!」
「走らないでね」
「走らない!」
そう言いながら、少し早足で奥へ向かう。
リナが小さく息を吐く。
「……走ってる」
「早歩きだね」
シャーロットが言う。
クロエが淡々と答える。
「ほぼ走行です」
シャーロットは笑った。
少しして、ミアが小さな空き箱を二つ持って戻ってきた。
「これ!」
「ありがとう」
シャーロットは箱を受け取る。
一つには材料費。もう一つには生活費。そう決める。
リナが代金を慎重に分ける。
「……こっちが材料」
「うん」
「こっちが生活」
「うん」
ミアが横から覗き込む。
「私のごはんは生活?」
「そうだね」
「じゃあ大事!」
「全部大事だよ」
そんなやり取りをしながらも、店は止まらない。
次に来たのは、昨日の工事を手伝ってくれた木こりの男だった。腕に大きな傷はない。だが、少し疲れた顔をしている。
「今日もやってるな」
「はい」
リナが答える。
男は軽く肩を回す。
「朝から木を運んでてな。少し軽くなるやつ、あるか」
シャーロットは頷く。
「あるよ」
疲労用を作る。まだ“仕事帰り用”として形は決まっていない。だが、この時点で需要は見えていた。
薄めに。
強すぎず。
体が楽になる程度。
「はい」
男は受け取り、一口飲む。
「……これだな」
短く言う。
「これくらいがいい」
シャーロットは首を傾げる。
「濃くしなくていい?」
「いい。仕事前に強すぎると変だ」
「そっか」
確かにそうだ。
クロエが言う。
「日常用として適しています」
「日常用」
シャーロットはその言葉を繰り返す。
まだ商品としてはっきり決めたわけではない。だが、形が少し見えてきた。
男は代金を置いて言う。
「また来る」
「はい」
リナが答える。
男が出ていく。
その背中を見送りながら、シャーロットはぽつりと呟く。
「……軽いやつ、必要なんだね」
クロエが答える。
「需要があります」
リナも頷く。
「毎日使うなら、強すぎない方がいいと思う」
「うん」
ミアが言う。
「毎日飲めるやつ?」
「そうかも」
シャーロットは少しだけ考える。
「じゃあ、そういうのも作ろうかな」
クロエが静かに言う。
「商品分類が必要です」
「また固い言い方」
だが、間違ってはいない。
傷用。
熱用。
疲労用。
軽い日常用。
少しずつ、店の中に種類が生まれ始めている。
それは、ただ薬を作るだけではない。
人に合わせて形を変えることだった。
昼が近づく。
店の流れは少し落ち着き、四人はそれぞれの場所にいる。
リナは前。
ミアは中。
クロエは横。
シャーロットはカウンターの奥。
それぞれの位置が、少しずつ自然になっていく。
シャーロットはカウンターに手を置き、小さく息を吐いた。
「……始まったね」
クロエが答える。
「はい」
リナも小さく頷く。
ミアは明るく言う。
「始まった!」
その声に、シャーロットは少しだけ笑った。
白花の薬屋は、まだ小さい。
でも、確かに回り始めていた。




