■第7章 第1節:白花の薬屋、はじまる(上)
朝の光は、まだ柔らかかった。
新しく整えられた窓から入るそれは、以前の家とは違い、まっすぐ床に落ちるのではなく、壁と棚に沿ってゆるやかに広がっていく。
白花の薬屋は、きちんと“場所”になっていた。
シャーロットはカウンターの内側に立ち、静かに店内を見渡す。
「……なんか、変な感じ」
ぽつりと呟く。
クロエが横で答える。
「環境の変化による違和感です」
「うん、そんな感じ」
短く頷く。
違和感はあるが、不快ではない。
ただ、今までと違うというだけだ。
棚には並べられた容器。
台所には水と簡単な調理器具。
調合用のスペースも分かれている。
全部が“使う前提”で置かれている。
「……使えるね」
「はい」
それだけで十分だった。
入口の方で、リナが落ち着かない様子で立っている。
何度も外を見ては、姿勢を直している。
「……緊張する」
小さく呟く。
シャーロットは軽く笑う。
「大丈夫だよ」
「うん……でも」
言葉は続かない。
ミアはその横をちょこちょこと動き回っている。
棚を見たり、台所を覗いたり、じっとしていない。
「これ全部使っていいの?」
「いいよ」
「ほんとに?」
「うん」
それで満足したのか、また別の場所へ向かう。
クロエが静かに言う。
「役割分担を決めるべきです」
「役割?」
シャーロットが振り返る。
「効率が上がります」
簡潔な説明。
シャーロットは少し考える。
「じゃあ……」
三人を見る。
「リナは前でお願いできる?」
「……前って」
「お客さん来たら対応するやつ」
リナは一瞬迷うが、すぐに頷く。
「やる」
短いが、しっかりしている。
「ミアは中で動く感じかな」
「うん!」
元気な返事。
「運ぶのとかやる」
「お願い」
自然に決まる。
「クロエは……」
少しだけ考える。
「見てて」
「調整役ですね」
「そんな感じ」
クロエは頷く。
「問題ありません」
役割はそれで十分だった。
シャーロットはカウンターに手を置く。
「私は作るだけ」
それが一番しっくりくる。
外の空気が少しだけ変わる。
誰かが近づいてくる気配。
リナがすぐに気づく。
「……来た」
小さく言う。
入口に、一人の村人が立つ。
木こりの男だった。
「……やってるか?」
少し遠慮がちな声。
「やってるよ」
シャーロットが答える。
リナが一歩前に出る。
「どうされましたか」
少し硬いが、ちゃんとした声。
男は腕を軽く見せる。
「ちょっと擦りむいただけだが」
浅い傷。
だが、そのままにしておくと悪化する程度のもの。
シャーロットは頷く。
「ちょっと待って」
棚から材料を取る。
慣れた動きで潰し、水と合わせる。
特別なことはしない。
いつも通り。
クロエが横で言う。
「配合、基準通りです」
「うん」
シャーロットはそれを小さな容器に入れる。
「はい」
リナに渡す。
リナがそれを男に差し出す。
「こちらをどうぞ」
男は受け取り、そのまま傷にかける。
「……お」
一瞬で反応が出る。
「楽だな」
顔が緩む。
傷の痛みがすっと引く。
「これくらいならすぐ効くよ」
シャーロットが言う。
男は少し驚いたように見る。
「早いな」
「そう?」
自覚はない。
クロエが静かに言う。
「効果発現がやや早いです」
「やや?」
「通常よりです」
それだけ。
男は軽く腕を動かす。
「……いいな、これ」
短い感想。
「また来る」
それだけ言って、店を出る。
リナが小さく息を吐く。
「……終わった」
「うん」
シャーロットは軽く頷く。
「大丈夫だったでしょ」
「うん、たぶん」
まだ慣れてはいない。
だが、できている。
ミアが近づいてくる。
「すごいね」
「普通だよ」
シャーロットは答える。
クロエがすぐに言う。
「普通ではありません」
「そう?」
「はい」
はっきりと。
シャーロットは少し考えるが、すぐにやめる。
「まぁいいか」
それで終わる。
外からまた足音が聞こえる。
今度は別の人。
さらにもう一人。
少しずつ増えていく。
リナが動く。
ミアが運ぶ。
シャーロットが作る。
クロエが見る。
流れができ始める。
「……回りそうだね」
シャーロットが呟く。
クロエが答える。
「回ります」
短く。
それで十分だった。
白花の薬屋は、
静かに、だが確実に、
始まっていた。




