■第2章 第3節:即席ポーション
シャーロットはしゃがみ込んだまま、手の中の葉を見つめていた。さっき拾ったばかりのものだ。名前も効能も分からない。ただ、感覚的に“使える”と感じただけの素材。
(……これで、どうにかなるかな)
自信はない。むしろ、ほとんど賭けに近い。それでも、何もしないよりはいい。
ポーチから小さな容器を取り出す。底に少量だけ残っている水に、葉をちぎって入れる。指で軽く押し潰し、汁を滲ませる。香りが少しだけ変わる。青臭さの中に、かすかな甘さが混じった。
「……こんな感じでいいかな」
いつも通り、感覚でやる。順番も、量も、正確ではない。それでも、今まではそれでどうにかなってきた。
容器を軽く振る。中で混ざる音が小さく響く。それだけで、少しだけ“まとまった”気がした。
(……うん)
小さく頷く。
完成、と呼べるほどのものではない。だが、今の自分にできることはこれくらいだ。
シャーロットは立ち上がり、黒竜の方へと一歩近づく。距離はすでに十分近い。ここまで近づいて無事でいられること自体が、本来はあり得ないことだった。
それでも黒竜は動かない。
ただ、その金の瞳で静かに見ている。
「……使うね」
小さく声をかける。
返事はない。
だが、止められもしない。
シャーロットは容器を傾け、即席で作った液体を黒竜の傷口に向けて流した。直接触れるように、できるだけ近づける。
液体が鱗の隙間へと入り込む。
その瞬間――
わずかに、空気が変わった。
「……あれ」
シャーロットは小さく目を瞬かせる。
何かが違う。今までのポーションとは、反応が明らかに違う。目に見える変化はほとんどない。それでも、確実に“届いている”感覚があった。
黒竜の呼吸が、ほんのわずかに深くなる。
傷口の周囲に、微細な変化が生まれる。
(……効いてる?)
自分でも信じきれないまま、そう思う。
さっきまで使っていた市販のポーションとは違う。あれは“少しだけ持ち直す”程度だった。だが今のこれは、もっと直接的に作用しているように感じる。
黒竜の瞳が、ゆっくりと細められる。
先ほどよりもはっきりとした反応だった。
「……よかった」
思わずそう呟く。
完全に治るわけではない。それは分かっている。それでも、確実に“前に進んでいる”感覚がある。
シャーロットは容器の中身をすべて使い切り、その場でしばらく様子を見る。
変化は緩やかだ。
だが、止まってはいない。
呼吸が安定していく。
傷の状態も、ほんのわずかだが改善している。
「……もう一回、作ってみようかな」
自然とそう思う。
今のやり方で、少なくとも効果は出ている。なら、繰り返せばもう少し改善するかもしれない。
シャーロットは再びしゃがみ込み、周囲を見渡す。同じ葉が近くにいくつか生えているのが見えた。
(あれ、もう少し使えそう)
手を伸ばし、数枚を摘み取る。今度は少しだけ量を増やす。さっきよりも多めに潰し、同じように容器に入れる。
手順は相変わらず曖昧だ。
それでも、手は迷わない。
「……ちょっと多いかな」
軽く呟きながら、混ぜる量を調整する。なんとなく、“これくらい”という感覚がある。それに従うだけだ。
容器を振る。
中の液体がわずかに濃くなったように見える。
(これで……)
立ち上がり、再び黒竜へと近づく。
距離は変わらない。
それでも、さっきよりも“近く感じる”。
黒竜の視線は、ずっとこちらに向けられている。
逃げることも、攻撃することもない。
ただ、見ている。
「もう一回、いくね」
そう言って、液体を流す。
今度は、さっきよりもはっきりと変化が現れた。
呼吸がさらに安定する。
傷口の周囲に、微細だが確実な修復の兆しが見える。
(……すごい)
思わずそう感じる。
自分でやっていることなのに、どこか他人事のようだった。
理屈は分からない。なぜうまくいっているのかも説明できない。ただ、結果だけがそこにある。
黒竜の瞳が、ゆっくりと瞬く。
それは、初めてのはっきりとした“反応”だった。
「……聞こえてる?」
思わずそう問いかける。
答えはない。
それでも、さっきとは違う。
確かに、意識がある。
「そっか」
小さく頷く。
それだけで十分だった。
シャーロットは少しだけ肩の力を抜く。
完全に助けられるかは分からない。それでも、何もできないわけではないと分かった。
それだけで、やる理由は十分だった。
「……もうちょっと、やるね」
静かにそう言う。
黒竜は動かない。
だが、その瞳は確かにシャーロットを捉えていた。
それは、ただの観察ではなく――
ほんのわずかに、何かを認めるような視線だった。




