■第6章 第6節:整える(下)
夕方の光は、できかけの壁にやわらかく当たっていた。昼の間に組まれた内側の区切りは、もう“仮”ではなく、はっきりとした形を持っている。柱と柱の間に板が入り、空間が分かれる。通路ができ、部屋の輪郭が見える。
音はまだ続いているが、朝や昼とは違う。急ぐ音ではなく、整える音。叩く回数も少なく、確かめる動きが増えている。
シャーロットは入口の近くに立ち、その流れを見ていた。
「……中、変わったね」
ぽつりと呟く。
クロエが答える。「内部構造、確定段階です」
「うん」
一日でここまで変わるとは思っていなかった。
だが、今はもう違和感がない。
これが“普通”になり始めている。
リナがゆっくりと歩く。
区切られた空間の間を通る。
足取りは慎重だが、止まらない。
「……ここ、通路」
小さく言う。
「うん」
シャーロットが答える。
「そのまま奥が部屋」
リナは頷く。
少し進む。
別の区切りを見る。
「……ここも?」
「そう」
「……分かれるんだ」
その言葉は、確認というより実感だった。
シャーロットはそれを見て、少しだけ目を細める。
クロエが静かに言う。「認識、定着しています」
「うん」
それでいい。
リナはもう一つの区切りの前で止まる。
少しだけ迷う。
それから、ゆっくりと中に入る。
何もない空間。
まだ床も整っていない。
だが――
「……ここ、私の?」
小さく聞く。
シャーロットは一瞬だけ考える。
それから答える。
「そうなるね」
はっきりと。
リナはその言葉を受け取る。
すぐには何も言わない。
ただ、その場に立ったまま、周りを見る。
「……広い」
「うん」
「……一人?」
「うん」
短く答える。
リナは少しだけ息を吐く。
「……変な感じ」
「だよね」
シャーロットは少しだけ笑う。
今までなかったもの。
急にできる。
違和感があるのは当然だ。
リナは少しだけ壁に触れる。
「……でも、いい」
小さく言う。
その言葉は、昨日にはなかったものだった。
シャーロットはそれ以上言わない。
それで十分だった。
外では作業がほぼ終わりに近づいている。
最後の固定。
細かい調整。
音がさらに少なくなる。
老人の声が通る。
「そこ、締めるだけでいい」
「はい」
「今日はここまでだ」
その一言で、流れが変わる。
止まるのではなく、“終わる”動きに。
道具をまとめる。
木を揃える。
無駄がない。
クロエが言う。「本日作業、終了です」
「うん」
シャーロットは頷く。
外に出る。
人が少しずつ離れていく。
だが、昨日と同じように何人かは残る。
自然な流れ。
木こりの男が声をかける。
「明日でだいぶ形になるな」
「そうですね」
シャーロットが答える。
「楽しみだな」
軽く言って、戻っていく。
その言葉は軽いが、確かだった。
老人が近づく。
「中、形は出た」
「はい」
「明日、仕上げ入る」
「分かりました」
短い会話。
だが、もうゴールが見えている。
シャーロットは軽く頭を下げる。
「お願いします」
老人は手を振る。
「任せろ」
それだけ。
だが、それで十分。
リナが外に出てくる。
少しだけ疲れた顔。
でも、表情は落ち着いている。
「……できてきたね」
小さく言う。
「うん」
シャーロットが答える。
「もう少し」
リナは頷く。
それ以上は言わない。
でも、分かっている。
もうすぐ終わる。
店に戻る。
ミアの様子を見る。
目が少し開いている。
「……ミア?」
リナがすぐに近づく。
ミアの視線がゆっくりと動く。
リナを見る。
シャーロットを見る。
クロエを見る。
それから――
周りを見る。
変わった空間。
見慣れない配置。
「……ここ」
かすれた声。
「うん」
シャーロットが答える。
「少し変わった」
ミアはゆっくりと目を動かす。
区切られた空間。
柱。
壁。
理解しきれてはいない。
でも――
「……広い」
小さく言う。
リナが少し笑う。
「そうだよ」
ミアは少しだけ安心したように息を吐く。
それで十分だった。
クロエが静かに言う。「覚醒、安定」
「うん」
シャーロットは頷く。
外の音はほとんど止まっている。
中は静か。
四人分の呼吸だけが残る。
シャーロットはカウンターに戻る。
手を置く。
見える景色が違う。
「……もうすぐだね」
ぽつりと呟く。
クロエが答える。「はい」
リナも小さく言う。
「……うん」
ミアは目を閉じる。
安心したように。
その空気が、店の中に広がる。
白花の薬屋は、
“完成”の直前まで来ていた。
あと少し。
それで――
ちゃんとした“家”になる。




