■第6章 第6節:整える(中)
昼の光は、壁になりかけの板に反射して、店の中をやわらかく照らしていた。外から差し込む光とは違う、少しだけ落ち着いた明るさ。昨日までの“通り抜けるだけの空間”とは明らかに違う。
音も変わっている。
外で広がっていた作業音が、今は内側に集まっている。木を合わせる音、釘を打つ音、短い確認の声。それらが近い距離で重なりながらも、不思議とぶつからない。
シャーロットはカウンターの内側に立ち、その流れを静かに見ていた。
「……近いね」
ぽつりと呟く。
クロエが答える。「作業距離、最小化されています」
「うん」
外で見るよりも、ずっと実感がある。
ここが変わっている。
そうはっきり分かる距離だった。
リナは少し後ろに立っている。
人が中に入ってくることに、まだ完全には慣れていない。
だが、逃げることもない。
ただ、見ている。
「……速い」
小さく言う。
「うん」
シャーロットは答える。
「もう慣れてるからね」
それぞれが、自分の動きを分かっている。
だから止まらない。
老人の声が通る。
「そこ、柱に当てるな。逃がせ」
「はい」
「隙間見ろ。詰めすぎるな」
短い指示。
それだけで動きが揃う。
クロエが言う。「精度、維持されています」
「だね」
シャーロットは軽く頷く。
一つ一つの動きが無駄なく繋がっている。
しばらくすると、一本の板が固定される。
それで、空間が一つ“区切られる”。
「……できた」
リナが小さく言う。
シャーロットも見る。
そこには、はっきりとした“部屋の境界”があった。
「うん」
短く答える。
ただの板一枚。
でも、それで意味が変わる。
リナはその前まで歩く。
手を伸ばす。
触れる。
「……ここが壁」
確かめるように言う。
「そうだね」
シャーロットが答える。
リナはそのまま少しだけ笑う。
ほんのわずか。
でも、昨日より自然だった。
シャーロットはその様子を見て、何も言わない。
言葉を足さない。
それでいい。
クロエが静かに言う。
「区画、一つ目完了」
「うん」
シャーロットは頷く。
これから増える。
部屋が、区切りが、形が。
外から木材が運ばれてくる。
中へ入る。
位置を合わせる。
固定する。
その繰り返し。
流れは止まらない。
シャーロットは一度だけミアの方を見る。
まだ眠っている。
呼吸は安定。
だが、さっきよりも少しだけ浅い。
「……そろそろかな」
小さく言う。
クロエが答える。「覚醒、近接」
「うん」
タイミングがいい。
変わった状態を見せられる。
リナもそれに気づく。
「……起きる?」
「もう少し」
シャーロットは答える。
リナは頷く。
少しだけ緊張した顔。
でも、逃げない。
そのまま待つ。
外ではなく、中で。
それが大きい。
老人が再び声を出す。
「次、ここだ。部屋分ける」
「はい」
別の位置に板が運ばれる。
新しい区切り。
また一つ、形が増える。
シャーロットはカウンターに戻る。
乳鉢に手を置く。
「……少しだけ作る」
クロエが答える。「必要量、低」
「うん」
軽くでいい。
支えるだけ。
薬草を少量だけ取る。
潰す。
混ぜる。
調整する。
動きは変わらない。
でも、意味は変わる。
「……回ってる」
ぽつりと呟く。
クロエが答える。「はい」
外と内。
作業と生活。
全部が繋がっている。
リナが近づく。
「……私もやる」
シャーロットは一瞬だけ見る。
それから頷く。
「水、お願い」
「うん」
リナが動く。
容器を持つ。
水を量る。
今度はこぼさない。
「……これくらい」
「いいよ」
シャーロットが答える。
そのまま続ける。
二人で一つを作る。
クロエが調整する。
三人で回す。
自然な流れ。
「……できた」
シャーロットが言う。
カップに移す。
外へ出る。
渡す。
受け取る。
飲む。
戻る。
その繰り返し。
木こりの男が言う。
「助かるな、これ」
「軽いやつです」
「それでいい」
短い会話。
でも、確実に繋がる。
老人のところへ行く。
「これ」
差し出す。
老人は受け取り、飲む。
何も言わない。
だが、首を一度回す。
「……いい」
それだけ。
十分だった。
リナがそのやり取りを見ている。
「……すごいね」
小さく言う。
「何が?」
シャーロットが聞く。
「……全部」
曖昧な答え。
でも、本音だ。
シャーロットは少しだけ笑う。
「まだ途中だよ」
「……でも、すごい」
リナはそう言う。
それでいい。
シャーロットはもう一度中を見る。
区切られた空間。
増えていく壁。
「……形になってきた」
ぽつりと呟く。
クロエが答える。「はい」
それだけ。
白花の薬屋は、
確実に“家”へと近づいていた。




