■第6章 第6節:整える(上)
朝の光は、昨日までとは違う形で差し込んできた。外壁がほぼできたことで、光は隙間から細く入り、床に線のような影を落とす。風も同じだ。通り抜けるだけだった流れが、一度中に留まり、やわらかく抜けていく。
シャーロットはその変化を感じながら、ゆっくりと目を開けた。
「……静かだね」
ぽつりと呟く。
クロエが横で答える。「外部遮断率、上昇しています」
「うん」
昨日までの音の入り方とは違う。外の作業音はある。だが、少しだけ遠い。壁一枚で、こんなに変わる。
ミアの様子を見る。
目は閉じている。
呼吸は安定。
だが、昨日とは違う。
完全に“落ち着いた”呼吸。
「……いいね」
小さく言う。
クロエが答える。「回復、安定段階です」
「うん」
リナはすでに起きていた。ミアのそばに座り、手を握っている。だが、昨日までのような張りつめた感じはない。
「……起きるかな」
小さく言う。
「今日、ちゃんと起きると思う」
シャーロットが答える。
リナは少しだけ頷く。
その表情には、不安よりも期待が混ざっていた。
外から足音が聞こえる。
昨日と同じ流れ。
だが、今日は少し違う。
クロエが言う。「作業再開、確認」
「うん」
シャーロットは立ち上がる。
扉を開ける。
外に出る。
骨組みはそのまま残っている。
外壁はほぼ完成。
入口部分だけが開いている。
昨日の終わりで止めた状態から、そのまま続く。
すでに何人かが動いている。
木こりの男たち。
女性たち。
そして、老人。
変わらない位置。
変わらない視線。
「おはようございます」
シャーロットが声をかける。
「ああ」
短い返事。
それで十分。
「今日は内側ですよね」
「そうだ」
老人は答える。
「詰める」
短い言葉。
だが、意味は明確。
シャーロットは頷く。
「お願いします」
老人はすぐに指示を出す。
「中、区切るぞ。順番決める」
「はい」
「先に骨、軽く入れる」
動きが始まる。
外ではなく、中へ。
人の流れが店の中に入ってくる。
今までは外で広がっていた動きが、内側へと集まる。
「……入ってくるね」
シャーロットが言う。
クロエが答える。「内部作業、開始」
「うん」
リナが少しだけ下がる。
人が入ってくることに、少しだけ戸惑う。
「……ここでやるの?」
「うん」
シャーロットは答える。
「中、分けるから」
リナは少しだけ頷く。
完全には慣れていない。
でも、受け入れている。
老人が中に入る。
柱の位置を見る。
床を見る。
全体を一度だけ確認する。
「……ここから切る」
地面を指す。
「ここ、壁」
「はい」
「こっち、通路残す」
一つ一つ決めていく。
迷いがない。
クロエが言う。「区画決定、開始」
「うん」
シャーロットは少しだけ息を吐く。
いよいよ、内側が変わる。
店に戻る。
カウンターに手を置く。
外と内。
両方の音が重なる。
「……やること変わるね」
クロエが答える。「段階移行です」
「うん」
シャーロットは頷く。
今までは“外”。
これからは“中”。
意味が変わる。
リナが近づく。
「……何する?」
昨日とは違う聞き方。
シャーロットは一瞬だけ考える。
「……一緒に見て」
「……見るだけ?」
「うん」
リナは少しだけ不満そうな顔をする。
でも、頷く。
「……分かった」
それでいい。
今は流れを理解する方が大事だ。
外から板が運ばれる。
中へ入る。
位置を合わせる。
固定する。
音が近い。
距離が近い。
すべてが近い。
「……近いね」
シャーロットが言う。
クロエが答える。「作業距離、縮小」
「うん」
リナがその様子を見ている。
「……ここ、分かれるんだ」
小さく言う。
「うん」
シャーロットが答える。
「ちゃんと分ける」
リナは柱の間を見る。
「……ここが部屋?」
「そうなるね」
曖昧ではなく、確定に近い。
リナは少しだけ笑う。
ほんのわずか。
でも、確かに。
ミアの方を見る。
「……早く見せたい」
小さく言う。
シャーロットはその言葉を聞いて、何も言わない。
ただ、少しだけ目を細める。
クロエが静かに言う。「覚醒、近接」
「うん」
シャーロットは頷く。
そのタイミングも、ちょうどいい。
外ではなく、中で。
変わった状態を見せられる。
それは大きい。
シャーロットはカウンターに戻る。
乳鉢に手を置く。
「……作る?」
クロエが答える。「必要量、低下」
「だよね」
シャーロットは少しだけ笑う。
昨日ほど必要ではない。
流れが安定している。
「少しだけでいい」
「はい」
薬草を取り出す。
量を減らす。
軽く作る。
手の動きは変わらない。
だが、目的は少し違う。
「……回ってるね」
ぽつりと呟く。
クロエが答える。「はい」
それだけ。
外と内が繋がる。
人の流れも、作業も、生活も。
全部が一つになる。
シャーロットは外を見てから、もう一度中を見る。
区切られていく空間。
形になっていく部屋。
「……いいね」
小さく言う。
クロエが答える。「はい」
リナが横に立つ。
「……ここ、私たちの家になるんだね」
少しだけはっきりした声。
シャーロットは短く答える。
「なるよ」
迷いはない。
それで十分だった。
白花の薬屋は、
“店”から“家”へ、
確実に変わり始めていた。




