■第6章 第5節:重なる日常(下)
夕方の光は、柱と梁の影を長く引き伸ばしていた。昼の間に打ち込まれた板は、半分以上が面として繋がり、外の景色を切り取る枠になっている。完全に閉じてはいないが、風の入り方は変わった。通り抜けるだけだった風が、いったん留まり、やわらかく抜けていく。
シャーロットは店の前に立ち、その変化を静かに見ていた。
「……囲われてきたね」
ぽつりと呟く。
クロエが答える。「外壁、進行中です」
「うん」
それで足りる。
外では、最後の板を合わせる音が続いている。打音は一定で、間が揃っている。誰かが打てば、別の誰かが支え、次の板がすぐに差し出される。流れは途切れない。
老人の声が通る。
「そこ、押さえろ。浮く」
「はい」
「そのまま固定」
短い指示で、動きが揃う。
シャーロットは少し近づく。
「今日、どこまでいきますか」
老人は視線を外さないまま答える。
「外はほぼ囲う。入口残して止める」
「はい」
「明日、内を詰める」
「分かりました」
それで十分。
予定は明確だ。
クロエが横で言う。「工程、維持されています」
「うん」
シャーロットは頷く。
振り返ると、リナが店の入口に立っている。ミアのそばから離れて、外を見ている。顔は落ち着いているが、目は動きを追っている。
「……終わるの?」
小さく聞く。
「今日はね」
シャーロットが答える。
「全部じゃないよ」
リナは少しだけ頷く。
「……でも、変わったね」
「うん」
それは事実だ。
昨日までとは違う。
もう、戻らない形の変化。
シャーロットは一度だけ深く息を吸う。
「……いいね」
クロエが答える。「はい」
それだけ。
店に戻る。
カウンターに手を置く。
外の音はまだ続いているが、少しずつ落ち着いてきている。一区切りに近い音だ。
ミアの様子を見る。
目は閉じている。
呼吸は安定。
だが、さっきよりも深い。
「……大丈夫」
小さく言う。
リナがすぐに近づく。
「……起きてる?」
「寝てる」
シャーロットは答える。
「さっき起きた分、戻ってるだけ」
リナは少しだけ安心したように息を吐く。
「……よかった」
ミアの手を握る。
その手は、昨日より温かい。
外から声が上がる。
「今日はここまでだ」
老人の声。
それで、動きが止まる。
完全にではない。
片付けの動きに変わる。
道具をまとめる。
木を寄せる。
余った板を重ねる。
無駄がない。
シャーロットは外に出る。
「ありがとうございました」
自然と頭が下がる。
木こりの男が笑う。
「まだ終わりじゃねえ」
「明日もだな」
別の声。
軽い。
でも、続く前提。
シャーロットは少しだけ笑う。
「お願いします」
老人が近づく。
「今日は十分だ」
「はい」
「明日、内側詰める」
「分かりました」
短い会話。
でも、確実に進んでいる。
人が少しずつ帰っていく。
何人かは残る。
見張りのように。
自然な流れ。
クロエが言う。「残留人員、確認」
「うん」
シャーロットは頷く。
店の前に立つ。
骨組みと、張られた板。
空間の区切り。
「……見えるね」
ぽつりと呟く。
クロエが答える。「はい」
リナも外に出る。
ミアは中で眠っている。
「……ここが、家になるんだね」
小さく言う。
シャーロットは少しだけ考える。
それから答える。
「なるよ」
短く。
はっきりと。
リナはその言葉を受け取る。
すぐには何も言わない。
ただ、目の前を見る。
それで十分だった。
シャーロットは空を見上げる。
光はやわらかい。
影が長い。
一日の終わり。
「……いい日だったね」
ぽつりと呟く。
クロエが答える。「はい」
リナも小さく言う。
「……うん」
その声は、昨日よりもはっきりしていた。
店に戻る。
カウンターに手を置く。
いつもの位置。
でも、周りは違う。
外は変わった。
中も変わり始めている。
ミアの寝息。
リナの気配。
クロエの静かな動き。
四人分の空気。
「……家だね」
小さく言う。
クロエが答える。「はい」
それだけ。
白花の薬屋は、
ただの店ではなく、
“住む場所”としての形を持ち始めていた。
そして――
その中で過ごす時間も、
少しずつ“日常”になっていく。




