表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/73

■第6章 第5節:重なる日常(下)

夕方の光は、柱と梁の影を長く引き伸ばしていた。昼の間に打ち込まれた板は、半分以上が面として繋がり、外の景色を切り取る枠になっている。完全に閉じてはいないが、風の入り方は変わった。通り抜けるだけだった風が、いったん留まり、やわらかく抜けていく。


シャーロットは店の前に立ち、その変化を静かに見ていた。


「……囲われてきたね」


ぽつりと呟く。


クロエが答える。「外壁、進行中です」


「うん」


それで足りる。


外では、最後の板を合わせる音が続いている。打音は一定で、間が揃っている。誰かが打てば、別の誰かが支え、次の板がすぐに差し出される。流れは途切れない。


老人の声が通る。


「そこ、押さえろ。浮く」

「はい」

「そのまま固定」


短い指示で、動きが揃う。


シャーロットは少し近づく。


「今日、どこまでいきますか」


老人は視線を外さないまま答える。


「外はほぼ囲う。入口残して止める」


「はい」


「明日、内を詰める」


「分かりました」


それで十分。


予定は明確だ。


クロエが横で言う。「工程、維持されています」


「うん」


シャーロットは頷く。


振り返ると、リナが店の入口に立っている。ミアのそばから離れて、外を見ている。顔は落ち着いているが、目は動きを追っている。


「……終わるの?」


小さく聞く。


「今日はね」


シャーロットが答える。


「全部じゃないよ」


リナは少しだけ頷く。


「……でも、変わったね」


「うん」


それは事実だ。


昨日までとは違う。


もう、戻らない形の変化。


シャーロットは一度だけ深く息を吸う。


「……いいね」


クロエが答える。「はい」


それだけ。


店に戻る。


カウンターに手を置く。


外の音はまだ続いているが、少しずつ落ち着いてきている。一区切りに近い音だ。


ミアの様子を見る。


目は閉じている。


呼吸は安定。


だが、さっきよりも深い。


「……大丈夫」


小さく言う。


リナがすぐに近づく。


「……起きてる?」


「寝てる」


シャーロットは答える。


「さっき起きた分、戻ってるだけ」


リナは少しだけ安心したように息を吐く。


「……よかった」


ミアの手を握る。


その手は、昨日より温かい。


外から声が上がる。


「今日はここまでだ」


老人の声。


それで、動きが止まる。


完全にではない。


片付けの動きに変わる。


道具をまとめる。


木を寄せる。


余った板を重ねる。


無駄がない。


シャーロットは外に出る。


「ありがとうございました」


自然と頭が下がる。


木こりの男が笑う。


「まだ終わりじゃねえ」


「明日もだな」


別の声。


軽い。


でも、続く前提。


シャーロットは少しだけ笑う。


「お願いします」


老人が近づく。


「今日は十分だ」


「はい」


「明日、内側詰める」


「分かりました」


短い会話。


でも、確実に進んでいる。


人が少しずつ帰っていく。


何人かは残る。


見張りのように。


自然な流れ。


クロエが言う。「残留人員、確認」


「うん」


シャーロットは頷く。


店の前に立つ。


骨組みと、張られた板。


空間の区切り。


「……見えるね」


ぽつりと呟く。


クロエが答える。「はい」


リナも外に出る。


ミアは中で眠っている。


「……ここが、家になるんだね」


小さく言う。


シャーロットは少しだけ考える。


それから答える。


「なるよ」


短く。


はっきりと。


リナはその言葉を受け取る。


すぐには何も言わない。


ただ、目の前を見る。


それで十分だった。


シャーロットは空を見上げる。


光はやわらかい。


影が長い。


一日の終わり。


「……いい日だったね」


ぽつりと呟く。


クロエが答える。「はい」


リナも小さく言う。


「……うん」


その声は、昨日よりもはっきりしていた。


店に戻る。


カウンターに手を置く。


いつもの位置。


でも、周りは違う。


外は変わった。


中も変わり始めている。


ミアの寝息。


リナの気配。


クロエの静かな動き。


四人分の空気。


「……家だね」


小さく言う。


クロエが答える。「はい」


それだけ。


白花の薬屋は、


ただの店ではなく、


“住む場所”としての形を持ち始めていた。


そして――


その中で過ごす時間も、


少しずつ“日常”になっていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ