■第6章 第5節:重なる日常(中)
昼前の光は、骨組みの隙間を縫うようにして床へ落ちていた。昨日まで見えなかった角度からの光が入り、店の中の影の形を変えている。柱と梁の間に、板が一枚、また一枚と打ち込まれていくたび、外と内の境界がゆっくりと線を持ち始めた。
シャーロットはカウンターに手を置き、その変化を目で追う。音は昨日より落ち着いている。打音は一定で、間が揃い、無駄がない。誰かが打てば、別の誰かが次を差し出す。言葉は短く、動きは長い。
「……壁、できてきたね」
ぽつりと呟く。
クロエが答える。「外壁、進行中です」
「うん」
それだけで足りる。
リナは入口の少し内側で、水を配っていた。昨日よりも手の動きが安定している。受け取る側の手元を見て、差し出す高さを合わせる。空いた容器を受け取り、戻す。単純な動きだが、止まらない。
「どうぞ」
「助かる」
短い言葉が交わされる。
シャーロットはその流れを一度見てから、乳鉢に視線を戻した。
「……もう一回作る」
クロエが水を差し出す。「はい」
薬草を選ぶ。昨日と同じ組み合わせ。変えない。今は“慣れ”を崩さない方がいい。潰す。混ぜる。調整する。手の中の抵抗が一定になるところで止める。
「……これでいい」
カップに移す。並べる。必要な分だけ。
外へ出ると、板を打つ音が少し近くなっていた。柱の間が埋まり始めている。完全に塞がる前の、半分だけ囲われた状態。風の入り方が変わる。
木こりの男に差し出す。
「これ」
男は手を止め、受け取る。ひと口飲み、軽く肩を回す。
「……効くな」
「軽いやつです」
「分かる」
それだけ言って、すぐに戻る。
次へ。次へ。押しつけない。必要な分だけ。
老人のところへ行く。
「これ」
差し出す。
老人は受け取り、一口だけ飲む。視線は外さない。全体を見ている。
「……進みはいい」
「予定通りですか」
「少し早い」
短い返答。
それで十分だった。
クロエが横で言う。「進捗、前倒しです」
「うん」
シャーロットは頷く。
壁の一面が、ほぼ形になっている。板と板の間に隙間はない。風は入るが、線としては閉じている。
リナがその前で立ち止まる。
「……ここ、閉じるんだ」
小さく言う。
「うん」
シャーロットが答える。
「ちゃんと囲う」
リナは板に触れる。指先でなぞるように。
「……固い」
「木だからね」
当たり前の返し。
でも、リナは少しだけ頷く。
そのまま中へ戻ると、ミアのまぶたがわずかに動いた。呼吸のリズムが少し変わる。浅くなり、戻り、また浅くなる。
「……来るね」
シャーロットが言う。
クロエが応じる。「覚醒、近接」
リナがすぐに近づく。
「……ミア」
手を握る。
ミアの指が、ほんの少しだけ動く。
「……ん」
小さな声。
それだけで空気が変わる。
シャーロットは一歩だけ近づく。
「大丈夫。ここ」
短く言う。
ミアの目がゆっくりと開く。焦点は合わない。光に慣れるように、何度か瞬きをする。
「……ここ」
かすれた声。
「うん」
シャーロットが答える。
「白花の薬屋」
ミアの視線が動く。シャーロット。クロエ。リナ。順番に見る。
「……お姉ちゃん」
「いるよ」
リナがすぐに答える。
ミアは安心したように息を吐き、目を半分閉じる。
「……ねむい」
「寝てていい」
シャーロットが言う。
「今はそれでいい」
ミアは小さく頷き、そのまま再び眠りに落ちる。呼吸は安定している。さっきよりも深い。
クロエが静かに言う。「覚醒確認。問題なし」
「うん」
シャーロットは頷く。
リナはミアの手を握ったまま、しばらく動かない。指先に少しだけ力が戻る。
「……起きた」
小さく言う。
「うん」
シャーロットはそれ以上言わない。
言葉を足す必要がない。
外の音は止まらない。だが、さっきよりも柔らかく聞こえる。板を打つ音が一定の間隔で続く。人の声も、少しだけ低くなる。
シャーロットはカウンターへ戻る。
手を拭く。
「……もう一回、作る?」
クロエが答える。「残量、少」
「じゃあ、もう一回」
同じ工程。手は止めない。外の流れに合わせる。
リナが振り返る。
「……私もやる」
シャーロットは一瞬だけ見る。
それから頷く。
「水、お願い」
「うん」
リナが動く。容器を取り、水を量る。少しだけこぼすが、すぐに直す。
「……これくらい?」
「いいよ」
シャーロットが答える。
そのまま続ける。潰す。混ぜる。リナが水を足す。クロエが量を見て、微調整する。
三人でひとつを作る。
流れが繋がる。
「……できた」
シャーロットが言う。
カップに移す。
「いこう」
外へ出る。
リナが一つ持つ。
クロエが一つ。
シャーロットが一つ。
分けて渡す。
「これ」
「どうぞ」
受け取る。飲む。戻る。
その繰り返し。
老人の声が通る。
「そこ、締めろ。隙間出すな」
「はい」
壁がさらに埋まる。
空間がはっきりする。
「……部屋になってきた」
リナが言う。
「うん」
シャーロットが答える。
「ちゃんと分かれる」
リナは小さく頷く。
ミアは眠っている。
だが、その呼吸は穏やかで、途切れない。
シャーロットはもう一度空を見上げる。光は少し傾き始めている。影が長くなる。
「……いい流れ」
ぽつりと呟く。
クロエが答える。「はい」
それだけ。
白花の薬屋は、
作業と日常が重なりながら、
静かに“家”へと近づいていた。




