■第6章 第5節:重なる日常(上)
朝の光は、骨組みの間をすり抜けて店の中に入ってきた。昨日までは壁に遮られていたはずの光が、今日は柱と梁の隙間からまっすぐに伸びている。床に落ちる影の形が違う。それだけで、場所の空気ははっきりと変わっていた。
シャーロットはカウンターの内側でその光を見たあと、ゆっくりと立ち上がる。
「……明るいね」
ぽつりと呟く。
クロエが横で答える。「遮蔽物が減少しています」
「うん」
分かっている。
でも、それだけじゃない。
“変わっている”と実感できる明るさだった。
ミアの様子を確認する。呼吸は安定。熱はさらに下がっている。顔色も昨日より明るい。
「……いいね」
小さく言う。
クロエが答える。「回復進行中です」
「うん」
リナはすでに起きていた。ミアのそばに座り、静かに手を握っている。だが、昨日までとは違う。ずっと張りつめていた感じが、少しだけ抜けている。
「……起きそう」
リナが言う。
「うん、今日くらいかな」
シャーロットが答える。
リナはミアの顔を見る。
「……起きたら、びっくりするよね」
「するね」
シャーロットは少しだけ笑う。
外の音が少しずつ増えてくる。
人の足音。
木を運ぶ音。
昨日と同じ流れ。
だが、今日はさらに自然だった。
クロエが言う。「作業再開、確認」
「うん」
シャーロットは頷く。
もう特別なことではない。
これが“日常”に入り始めている。
シャーロットは外に出る。
骨組みはそのまま残っている。昨日の終わりで止めた状態から、そのまま続けられる形だ。
すでに何人かが動いている。
木こりの男たちが材を運び、別の者が寸法を確認する。
老人もいる。
変わらない位置。
変わらない視線。
「おはようございます」
シャーロットが声をかける。
老人は短く返す。
「ああ」
それだけ。
だが、それで十分だった。
「今日、壁ですよね」
「そうだ」
老人は答える。
「囲う」
短い言葉。
だが、その意味は大きい。
シャーロットは軽く頷く。
「お願いします」
老人はそれ以上言わない。
すぐに指示を出す。
「板、こっちだ。順番通り入れる」
「はい」
「隙間あけるな」
動きが始まる。
昨日よりも速い。
迷いがない。
クロエが言う。「工程、安定しています」
「うん」
シャーロットは答える。
店に戻る。
カウンターに手を置く。
外の音が中に入る。
昨日とは違う。
もう“特別”ではない。
「……今日も作るか」
クロエが答える。「疲労軽減ポーション、継続ですか」
「うん」
昨日と同じ。
でも、意味が少し違う。
“支える”から、“回す”へ。
シャーロットは薬草を取り出す。
選ぶ。
迷わない。
「……これと、これ」
乳鉢に入れる。
潰す。
リズムは一定。
外の音と自然に重なる。
リナが中に入ってくる。
「……手伝う」
昨日とは違う。
言い方が変わっている。
シャーロットは一瞬だけ手を止める。
それから頷く。
「じゃあ、水」
「うん」
リナはすぐに動く。
容器を持つ。
水を用意する。
動きはまだ少しぎこちない。
でも、止まらない。
クロエが小さく言う。「参加、継続」
「うん」
シャーロットは答える。
ポーションを仕上げる。
カップに移す。
並べる。
「……いく?」
「はい」
クロエが答える。
三人で外へ出る。
カップを持つ。
水を持つ。
外の流れに入る。
「これ」
シャーロットが渡す。
「どうぞ」
リナが水を渡す。
受け取る。
飲む。
戻る。
その流れが自然に繋がる。
木こりの男が笑う。
「昨日より楽だな」
「同じですよ」
シャーロットが答える。
「体が慣れたかもな」
軽い会話。
でも、確かに回っている。
老人のところへ行く。
「これ」
差し出す。
老人は受け取り、飲む。
「……変わらん」
「変えてないです」
シャーロットが答える。
老人は頷く。
「それでいい」
短い評価。
それで十分だった。
外では板が取り付けられ始める。
音が変わる。
軽い打音。
一定のリズム。
壁ができ始める。
「……囲まれるね」
シャーロットが言う。
クロエが答える。「外壁、形成中です」
リナがその様子を見ている。
「……部屋になる」
小さく言う。
「うん」
シャーロットは頷く。
「ちゃんと分かれる」
リナは少しだけ笑う。
ほんのわずか。
でも、確かだった。
店に戻る。
ミアの様子を見る。
呼吸は安定。
まぶたがわずかに動く。
「……起きるね」
シャーロットが言う。
クロエが答える。「覚醒、近いです」
リナがすぐに近づく。
「……ミア」
手を握る。
その手は、昨日よりも力が抜けている。
外の音が続く。
中の空気は静か。
その両方が重なる。
シャーロットはカウンターに戻る。
手を置く。
「……回ってるね」
ぽつりと呟く。
クロエが答える。「はい」
それだけ。
白花の薬屋は、
工事と日常が重なり始めていた。
それはもう、特別なことではなく、
これから続く“形”になっていく。




