第6章 第4節:形になる(下)
午後の光は、骨組みの影を長く伸ばしていた。午前中に立てた柱に梁が渡り、区切りはさらに明確になる。まだ壁はないのに、そこに“部屋”があると分かる。人の動きも、朝より落ち着いている。急ぐのではなく、合わせる動きへと変わっていた。
シャーロットは店の前に立ち、その変化を静かに見ていた。
「……ここまで来るんだね」
ぽつりと呟く。
クロエが答える。「進捗、良好です」
「うん」
言葉は短い。
でも、意味は十分にある。
リナが横に並ぶ。
「……ここ、私の部屋?」
少しだけ遠慮がちな声。
シャーロットは一瞬だけ考える。
「たぶんね」
曖昧にしない。
「分ける予定」
リナは柱の間を見つめる。
「……一人?」
「うん」
短く答える。
リナは黙る。
そのまま、少しだけ視線を落とす。
「……いいの?」
小さく聞く。
シャーロットはすぐに答える。
「いいよ」
それだけ。
理由は言わない。
必要もない。
リナはしばらく何も言わない。
でも、その顔はさっきより柔らかい。
ミアのところへ戻る。
呼吸は安定。
目は閉じている。
だが、反応はある。
「……もうすぐだね」
シャーロットが言う。
クロエが答える。「覚醒、近いです」
「うん」
焦らない。
このまま進めばいい。
外では、さらに動きが進む。
梁の上に板が渡される。
音が変わる。
低い音から、軽い音へ。
「そこ、固定しろ」
「はい」
「ずれるな」
老人の声が通る。
短く、確実に。
シャーロットは近づく。
「どうですか」
老人は視線を外さないまま答える。
「形は出た」
それだけ。
だが、意味は大きい。
「今日はここまで骨組み」
「はい」
「明日から壁」
「分かりました」
シャーロットは頷く。
クロエが言う。「工程、順調です」
「うん」
それ以上はいらない。
リナが外を見ている。
さっきよりも、視線が動いている。
「……早いね」
小さく言う。
「うん」
シャーロットは答える。
「人がいるから」
リナは頷く。
「……すごい」
その言葉は、昨日よりも少し強い。
実感が入っている。
シャーロットは軽く息を吐く。
「……すごいね」
同じ言葉。
でも、少しだけ意味が違う。
外の人たちが動く。
止まらない。
それぞれが役割を持っている。
その中に、自分たちもいる。
クロエが静かに言う。「環境、変化中です」
「うん」
シャーロットは頷く。
その言葉が一番しっくりくる。
“変化している”
それだけ。
店に戻る。
カウンターに手を置く。
外と内。
両方が見える位置。
「……今日の分、終わりかな」
クロエが答える。「ポーション、残量あり」
「うん」
無理に作らない。
必要な分は回った。
それでいい。
リナが中に入る。
ミアのそばに座る。
手を握る。
「……ねえ」
小さく声をかける。
返事はない。
でも、リナは続ける。
「……ここ、変わるよ」
静かな声。
でも、しっかりしている。
シャーロットはそのやり取りを見て、何も言わない。
言葉を足さない方がいい。
そのまま、任せる。
外の音が少しずつ落ち着く。
完全に止まるわけではない。
だが、一区切りついた動き。
「今日はここまでだ」
老人の声が通る。
それで全員が動きを止める。
道具を片付ける。
木をまとめる。
無駄がない。
シャーロットは外に出る。
「ありがとうございました」
自然と頭を下げる。
木こりの男が笑う。
「まだ終わってねえよ」
別の人も言う。
「明日もだ」
軽い言葉。
でも、続く前提。
シャーロットは少しだけ笑う。
「お願いします」
老人が近づく。
「今日は十分だ」
「はい」
「明日、壁」
「分かりました」
それだけ。
短い会話。
でも、確実に進んでいる。
人が少しずつ帰っていく。
完全にはいなくならない。
何人かは残る。
見張りのように。
自然な流れ。
クロエが言う。「残留人員あり」
「うん」
シャーロットは頷く。
店の前に立つ。
骨組みを見る。
柱。
梁。
区切られた空間。
「……見えるね」
ぽつりと呟く。
クロエが答える。「はい」
リナも外に出る。
ミアは中で眠っている。
「……ここが、家になるんだね」
小さく言う。
シャーロットは少しだけ考える。
それから答える。
「なるよ」
短く。
はっきりと。
リナはその言葉を受け取る。
しばらく何も言わない。
ただ、目の前を見る。
シャーロットは空を見上げる。
光が少し柔らかくなっている。
影が長い。
「……いい日だったね」
ぽつりと呟く。
クロエが答える。「はい」
それだけ。
白花の薬屋は、
確実に“形”を持ち始めていた。
そして――
その中で、
人の流れも、少しずつ定着していく。




